第4話
「みんな、聞いてくれ。この先が魔城の中心部だ。気を引きしめていこう」
レイド全体を率いるアゴの割れたごつい男が、手に持っている地図を確認しながら呼びかけてきた。頑丈そうな鎧や剣から戦士だとわかる。アゴ割れ戦士と命名しよう。
それにしても戦士っていうのは、どうしてあぁ仕切りたがりが多いんだろう? 腕力がある=カリスマ性じゃない。そこらへんを履き違えないでほしい。かといって魔術師みたいなインテリが仕切ってたら、それはそれで気に食わない。なんにしてもハリスは誰かに指図されるのが大嫌いだ。んだよこいつ偉そうに、って反感を抱いてしまう。そりゃあパーティ組めないよね。
先頭に立つアゴ割れ戦士に続くように、ぞろぞろと多くのパーティが前進していく。みんなの緊張感が高まっている。シルフィアは息を飲み。キヨミは杖をぎゅっと握りしめる。あれだけ騒いでいたカイトも口をつぐんでいた。
城や洞窟なんかの重要地点には、得てして強力な魔物が棲みついている。いわゆるボスだ。道中で倒してきた魔物がカスに思えるくらい、戦闘能力が桁外れに強かったりする。順調だったレイドがボス戦で一気に全滅なんてのも珍しい話ではない。
そして冒険者たちが、目的地である魔城の中心部に足を踏み入れた。ハリスも足音を殺して入り口付近に忍び寄る。いつでも逃げられる準備をしながら、こっそりとなかを覗きこむ。
壁際に螺旋階段が一つだけある空虚な広間だ。四方にひらけた部屋には、ボスどころかアンデッドの影すら見当たらない。
「どうやらボスはいないみたいだな」
アゴ割れ戦士がつぶやくと、張りつめていた空気が弛緩する。冒険者たちは視線を交わすと、苦笑したり、拍子抜けしたように溜息をついたりと、十人十色の反応を見せる。
ハリスとしても残念な結果だ。この一団がボスを倒して戦利品が山分けになったら、レイドに参加していたかのように装い、さりげなく報酬だけもらうつもりだったのに。そうやすやすと甘い汁は吸えないらしい。
「ボスはいないが、隠されたお宝があるかもしれない。みんなで手分けして探そう。うっかりトラップを発動させないように注意してくれよ」
アゴ割れ戦士が冗談まじりに探索を命じる。みんな穏やかな面持ちになって、広間の調査にとりかかった。
まだ宝がある可能性は捨てきれない。宝が見つかって山分けになったら、ハリスもさりげなくもらいにいこう。その腐った性根は人としてどうかと思うが、盗賊って物を盗む人のことだからね。職業的には間違っていない。
「ったく、変に緊張させやがってよ」
カイトは弓の構えをといて胸をなでおろす。キヨミも脱力していた。
「ま、仮にボスがいたとしても問題なかったわね。わたし達には、シルフィアがついているんだから」
「そうだな」
「はい、シル先輩がいるかぎり、わたし達は無敵です」
得意げにセシリーは微笑む。追従するようにエヴァンスが同意した。キヨミはシルフィアの話題になると活き活きとする。
「えっと……みんなわたしを過大評価しすぎだよ。わたしは、みんなが言うほど強くないから」
シルフィアは両手をわたわたと振って、微妙な笑顔を浮かべる。
……なんだ? ハリスは違和感を覚える。さっきほめられたときも、シルフィアは同じような笑みを浮かべていた。あれは決して照れ笑いなどではない。だとしたら……一体なんなんだ?
「おいおい、おまえら。シルフィアよりも頼りになる最強の男がここにいるだろ? 俺にも期待してくれていいんだぜ?」
「……最低の男の間違いでは?」
「んだと! 体中をなめまわしたるぞゴラッ! キヨミンのへぼい幼児体形のつるぺったんでも俺は手加減しねぇ! 脇の間からケツの穴までベロベロしてやりゃあ!」
「クズ先輩は最低なだけじゃなくて、変態だったんですね」
「へっ、それがどうしたよ! ほめ言葉にしか聞こえねぇな!」
カイトは意気揚々と胸を張る。キヨミの目は、もはや人を見る目ではなかった。ゴミだ。ゴミを見る目だ。よくあんな冷たい眼差しに耐えられる。カイトのメンタルの強さは半端ない。そして他のメンバーも、カイトの言動には引いていた。
「とりあえず、俺達も広間を探索すべきだな」
眼鏡の位置を指でなおして、エヴァンスが提言する。
「そうね。他のパーティにばかり任せてちゃ悪いもの。わたし達もやるわよ」
セシリーが指示を出すと、みんな怪しいところはないかと探索を開始した。
ご苦労なことだ。入り口付近に潜伏しているハリスは高みの見物を決めこむ。探索は盗賊の得意分野だが、レイドには他の盗賊も参加してるし、ここで下手に出ていって尾行していたことがばれたらシャレにならない。なのでお宝が見つかるまで、のんびり休憩する。そのつもりだった。
城内がわずかに震える。ぱらぱらと天井から細かな埃がこぼれ落ちてきた。広間を探索する冒険者たちの動きが止まった。
「誰か……なにか触ったか?」
アゴ割れ戦士がトラップの発動を危惧して尋ねる。しかし返事はない。水を打ったように広間は静まりかえっている。
仮に誰かがトラップを作動させたとしても、わざわざ名乗り出たりはしないだろう。名乗れば糾弾はまぬがれないからだ。でも、今回は誰もそれらしきものに触れてはいない。ハリスは広間全体をくまなく観察していたからわかる。
次の瞬間、それは起きた。
冒険者たちの足もと、靴底をつけた地面に光のラインが駆けめぐる。巨大な魔法陣が描かれていった。氷が砕けるような騒音が反響すると、魔法陣から大量の魔力が放出される。
冒険者たちはそそけ立ち、一斉に武器を手にする。
「やはりボスが潜んでいたか!」
アゴ割れ戦士が剣を握りしめて声を荒げる。
……ボス? いや、これはそれよりも危険だ。ただの魔物じゃない。生き残りたければすぐに逃げろ。本能がそう叫んでいる。実際ハリスは逃げ出そうとした。逃げ出そうとしたが、魔法陣から出てきたものを目にしたら、動けなくなった。
魔法陣の中心に、一人の少女が顕現する。銀色の髪に、とがった耳。唇は青紫に染まり、肌は褐色だ。漆黒のローブを羽織っていて、長い爪の生えた右手には毒々しい紫色の杖を握っている。
「……クッ」
少女の唇がゆがむ。
クックックックックックッと喉を鳴らして笑っている。笑い声は徐々に音量を増していき、やがて広間全域に響きわたる哄笑となった。少女は背中をのけぞらせて、狂ったように笑いまくる。まるで壊れた楽器の演奏だ。聞いているだけで脳味噌が揺さぶられて、おかしくなる。
呼吸をあえぎながら笑い終えると、褐色の少女はぎろりと鋭い双眸で冒険者たちをねめまわす。
「ついに、ついにこのときが……憎き人間どもに報復するときが訪れた」
呪詛を唱えるような少女の底冷えする声音。この場に居合わせた全員がゾッとする。
「魔物……なのか? しかし姿形は人間と変わらない……」
アゴ割れ戦士が怪訝な目で少女を注視する。その視線を嘲笑うかのように少女は鼻を鳴らした。
「わたしはネミア。貴様らが魔族と呼ぶ存在だ」
褐色の少女の言葉に、みんな呆気にとられる。
魔族というのは、外見は人間に酷似しているが、決して人間ではない闇に属する者のことだ。高度な魔術を使い、他の魔物を従えたりする。二十年前に倒された魔王も魔族だ。その魔王に仕えていたのは、大半が魔族だったという。
まさかこのネミアという少女は、魔王軍の残党か……。
「――冥界の魂よ、生死の境を破りて現世へ舞い戻れ」
ハッとする。いつの間にか、ネミアは魔術の準備を進めていた。いや、魔法陣から出てきた時点で準備していた。冒険者たちはみんな唖然として気がつかなかった。
アゴ割れ戦士を初め、各パーティの戦士や盗賊がネミアを止めようと走り出す。だが間にあわない。
「ネクロマンシー」
手が生えた。ネミアの魔術発動と同時に地面から手が生えた。それも一本じゃない。手、手、手、手、手、無数の腐った手が広場の地面からのびて冒険者たちの足首をつかむ。何人かの冒険者はバランスを崩して転倒する。
そこらじゅうの地面が盛り上がると、地中からアンデッドがとび出してきた。冒険者たちに牙をむき、血潮が噴き出す。一人死んだ。レイドから死者が出てしまった。一人死ねば、あとは二人、三人、四人と立て続けだ。均衡は崩れていき、負の連鎖がはじまる。
「くっ、この!」
アゴ割れ戦士は剣を振るい、足首にからみついたアンデッドの手を叩き斬る。
「落ち着け、みんな! 相手はしょせんただのアンデッドだ。ここまでの道中と同じように、パーティで連携して対処すれば倒せる!」
力強い鼓舞に、みんな冷静さをとりもどす。不意打ちによって騒然となっていたが、士気がもどりかける。そのとき、アゴ割れ戦士の背後の地面が盛り上がった。
泥のなかから現れたのは、二メートルを超える巨体。ガイコツの頭部に、漆黒の全身鎧を装着した戦士だ。右手には肉厚な大剣を握っている。
「残念だな、人間ども。そいつはカオスナイト。ただのアンデッドよりも手強いぞ」
ネミアは悪辣な笑みをたたえる。
アゴ割れ戦士は慌てて剣を振るおうとしたが、カオスナイトのほうが速い。無造作に振り下ろされた大剣が直撃。アゴ割れ戦士の頭は粉砕され、鎧を装着した肉体ごとひっしゃげた。
誰かが金切り声をあげる。アゴ割れ戦士のパーティの女性だ。リーダーが一瞬で血と肉になってしまったことに狼狽する。その女性も別のアンデッドにうなじをかじられて絶命した。
恐怖が伝播していく。高まりかけていたレイドの士気が地に落ちる。まだ何人かの冒険者はパーティで連携を組み、戦況を立て直そう試みているが、もうダメだ。完全に手遅れだ。戦場は混沌に呑み込まれている。レイドを率いていたアゴ割れ戦士があっさりと殺されたのは致命的だ。取り返しがつかない。もはや戦場を支配しているのはネミアだ。
そこらじゅうで惨たらしい悲鳴が木霊する。生者が肉塊となりはてて、血の湖が湧きだす。回復術師の魔術でも、死者を蘇らせることはできない。仮に蘇ったらアンデッドになってしまう。みんなを殺している連中の仲間入りだ。
完全に狩られる側となった冒険者たちは、仲間を守ろうとして死ぬ者、仲間を見捨てて逃げだそうとして死ぬ者、なにもできずに泣いて死ぬ者。さまざまな結末を迎える。死があふれかえっていた。
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