第3話





 明かり取りから入ってくるほのかな外光によって、城内の見通しはよかった。床に降り積もった埃には、先行した冒険者たちの足跡がくっきりと印されている。これをたどっていけば、彼らが討ちそこねた魔物のもとまで案内してもらえる。ついでにトラップも回避できる。つまり先行するレイドはハリスが安全な道を通って金を稼ぐための当て馬だ。我ながらなんて卑怯だろうか。最悪だなこいつ。自分だけどさ。


 だがいまは良心の呵責よりも金だ。


 外よりも魔物のレベルは高いようで、鎧や剣を装備したアンデッドが倒れている。戦利品も結構まともだ。


 かろうじて動いてるアンデッドを発見したら、ダガーで頭部をつらぬく。剣や鎧は、さすがに重い。移動の邪魔になるので持ち運べないが、装飾品の銀のメダルやアクセサリー類は使えそうなので皮袋に入れて回収する。


 そんなことをやっていたら、先行する冒険者たちに追いついた。気配を察知されないように身を潜める。ぎりぎりの距離を保ちつつ追跡しよう。ばれたときは、あたかも最初からレイドに参加していたふりをすればいい。それで誤魔化せるだろう。自分で自分が恐くなるほどの姑息さだ。


 前方にいる冒険者たちは交戦中だ。アンデッドどもに剣や魔術をぶちこんでいる。


 今夜のレイドはかなり順調のようだ。まだ犠牲者が一人も出ていない。個々のパーティが連携をとれているのと、怪我をしても回復術師が適宜に治療しているからだ。ちなみにハリスが怪我をしても、誰も回復してくれない。自分で気休め程度の傷薬をぬるしかできない。クソが! とつい世の中の何もかにもに腹が立った。


 にしても相変わらずシルフィアは目覚しい活躍を見せている。素早くバスタードソードを振るっては、次々とアンデッドを屠っていく。あのなかでも頭一つ抜けていた。


 あらかた敵を片づけると、シルフィアは肩で息をする。さすがに連戦で疲れたらしい。鎧の上から何発かダメージをもらっていたから、打ち身ができているはずだ。


「――安らかな光よ、傷を癒したまえ。キュア」


 キヨミが単体の傷を治す回復魔術をシルフィアにかけた。


「助かったよ、キヨミ。これでだいぶ体が楽になった」


「いえ、シル先輩の傷を癒すことがわたしの生き甲斐ですから」


 うっとりとした目で見つめられると、シルフィアは困惑気味に苦笑する。傷を癒すのが生き甲斐とか、どんだけシルフィアに心酔してるんだか。


「あっ、キヨミン。俺もちょっと体を痛めたから回復してくれよ」


「……ちっ」


「いま舌打ちしやがったなテメェ! ばっちり聞こえたぞゴラッ!」


「しましたけど、なにか?」


「ぬっぐ……堂々と開き直るとは、なんたる性格の悪さ」


 二人のやりとりを見ていたセシリーが、やれやれとかぶりを振るう。


「キヨミ。カイトだって一応はパーティの仲間よ、回復してあげなさい」


 一応かよ。誰もそこはつっこまないみたいだ。


「……セシリー先輩が言うのなら、しかたないですね」


「へっ、なんだよ。いろいろと文句を言ってたくせに、結局は治してくれんじゃねぇか。最初っから素直になれよ。ったく、このツンデレめ」


「やっぱりやめます」


「やめんなよ! 回復しろよ! 回復しまくれよっ! 魔力がつきるまで!」


 キヨミはまた舌打ちをすると、カイトにキュアをかけた。かまわれすぎた猫みたいに本気で不機嫌な顔になっている。


「おっしゃあ! 痛みが消えたぜ! これでどんな強敵が現れても一捻りだな! キヨミンの愛はしかと受けとった!」


「愛なんてありません。カイト先輩のことは嫌いですから。キモイですから。ウザイですから。キモウザイですから」


「はあっ! 俺のどこがキモウザイんだよ! 三十字以内で述べてみろよ!」


「存在が」


「全否定じゃねぇか! しかもきっちり三十字以内におさめやがって!」


「ま、キモイし、ウザイわよね、カイトは」


 キヨミに同意するようにセシリーは首肯する。


「わたしも、カイトはちょっと……けっこう問題があると思う」


 ひかえめにシルフィアも手をあげる。ちょっとをけっこうと言い直したあたり、かなり厳しめの評価だ。


「けっ、これだから女どもはよ。俺の価値がわからないなんて、その目は節穴もいいところだな。やっぱり男同士が一番だぜ、なぁエヴァンス?」


 カイトは馴れ馴れしくエヴァンスの肩に腕をまわす。エヴァンスは鬱陶しそうに眉間に皺を寄せた。


「誤解を招くような発言はよせ」


「誤解もなにも、俺とおまえの友情は本物だろ。揺るぎないものだろ。誰も割り込むことはできねぇぜ」


「カイト先輩……ホモですか?」


「なっ、ちげぇよ! そういう意味じゃねぇよ! 俺は女の子大好きだよ! 女の子を性のはけ口にしてるよ! 言っとくけどな、おまえら三人とも俺の妄想のなかじゃ何度もあられもない姿をさらしてるからな! 口じゃ言えないようなハレンチなことやっちゃてんだぞ!」


 女性陣三名の目つきが冷ややかなものになる。シルフィアなんか鳥肌が立ったようで両腕をさすっていた。


「やっぱりあなた、最低ですね」


「はん! なにが最低なもんか! 男ならみんなやってることだ! そばに女がいりゃあエロイこと想像するに決まってんだろうが! どう思われようと俺は俺のロードを突き進むぜ!」


 シルフィアとキヨミは両目を細めてカイトから距離をとる。セシリーは溜息をついて肩をそびやかしていた。反応はまちまちだが、カイトがこういう奴なんだと理解はしているようだ。


 カイトの扱いには手を焼いていそうだが、なんだかんだでシルフィアたちはうまくやっている。


 ……べつに、うらやましくはない。パーティとかめんどうそうだし。互いの気づかいや適度な距離感とか計らないといけなくて心労がたまる。仲間なんていらないし、ほしくもない。なによりハリスは自分が仲間たちと和気藹々としている絵がどうしても思い浮かばない。ていうかそんな自分の姿を想像したら吐き気がする。


 ときどき、なんでこいつらまだパーティを組んでんの? っていうくらいギスギスしたパーティだってある。主な原因は女だ。パーティ内の色恋沙汰でギスギスしてる。そんなパーティは一ヶ月も経たないうちに解散する。しかもその原因をつくった男女は数日後には別れているから、もう何がしたいんだよテメェらなめてんのかよと声を大にして叫びたい。ていうか殴りたい。おまえらのせいでパーティが解散したんだから責任感を持てよ。そんな簡単に別れるくらいなら最初から付き合うなよ。火種をまくなよ。盛った獣じゃねぇんだからもっと自制心を保て自制心を。おっといかん。他人事だというのに、つい熱くなってしまった。


 その点シルフィア達は問題なさそうだ。パーティ内にカイトを好きになる女子はまずいない。これは絶対だ。根拠はないが断言できる。エヴァンスは女子たちを異性というよりも仲間として認識しているっぽい。仲間には手を出さないはずだ。たぶん。


 女性陣に関しては、キヨミはシルフィアにメロメロだ。男なんてまったく眼中にない。シルフィアとセシリーのことはよくわからないが……あまりそういう素振りは見られない。あのパーティが色恋沙汰でもめることはなさそうだ。







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