第6話
セシリーたちが逃走を開始すると、他の冒険者たちもアンデッドの隙間をかいくぐって逃げだした。なかには転んだり、アンデッドに捕まったりして逃走に失敗し、殺される者もいる。それでも何人かはセシリーが活路をひらいたおかげで助かりそうだ。
ていうか、みんながこっちに来てる。まずい。おまえここでなにしてんの、と疑われたら面倒だ。入り口付近に身を忍ばせていたハリスも、どさくさにまぎれて逃げることにする。うかうかしちゃいられない。アンデッドの勢力が入り口まで来たら襲われる。
何人かの冒険者がハリスの真横を通過していくと、かがめていた腰を持ちあげた。これでも足には自信がある。逃げきれるはずだ。
ブーツで地面を蹴って、一歩、二歩と駆けだす。一際大きな金属音が響くと、足が止まった。首だけで広間を振り返る。
アゴ割れ戦士を殺したアンデッド。漆黒の鎧に大剣を握ったカオスナイト。あいつがシルフィアに斬りかかっていた。シルフィアはバスタードソードで斬撃を受け止めているが、右目をすがめて苦しそうだ。というかもうやばい。アンデッドの攻撃を受けまくったせいで鎧はガタがきてる。頭を打ったのか、こめかみから血が流れていた。
カオスナイトは大剣を振りまくる。滅多打ちだ。仲間のアンデッドが斬撃に巻き込まれて吹っ飛んでいるが、気にしちゃいない。恐ろしすぎる。
「ぐっ!」
叩きつけられる斬撃をシルフィアはバスタードソードで防ぐも、とうとう足の踏ん張りが利かなくなった。後方にふきとばされて片膝をつく。呼吸も絶え絶えだ。まぶたが重くて、ちゃんと目を開けられてない。シルフィアは殺される。
……てか、なに足止めちゃってんだよ。早く逃げろよ。ハリスは自分をせかした。
すぐにでもアンデッドが群がってきて、シルフィアはぐちゃぐちゃになる。そう思っていたが、そうならない。異変が起きた。アンデッドたちが動きを止めている。その原因は……ネミアだ。アンデッドを操る魔族の少女が、まじまじとシルフィアを凝視していた。
「……似ている。ギルバドスさまを殺めたあの憎き男に。もしや貴様……」
ネミアは動揺していた。そのおかげで、アンデッドどもは止まって攻撃してこない。
「くっ……やあああああああああっ!」
この機を逃すまいと、シルフィアは片膝をついたままバスタードソードを振るった。そばまで迫っていたアンデッドの上半身を斬りとばす。立ち上がって体勢を立て直すと、ストームスラッシュ。林立するアンデッドどもを薙ぎ払っていく。
まだあれだけの体力が残っていたのか……。あの状態から再起するなんて、大した女だ。
しかし敵だって、いつまでもやられっぱなしじゃない。カオスナイトが動いた。シルフィアに走りよっていき、猛然と大剣を叩きつける。
硬質な衝突音。シルフィアはなんとかバスタードソードで受け止めるが、歯軋りをしながら両腕を震わせる。筋肉の疲労も限界に達していた。押し潰されそうになってる。加えて他のアンデッドたちまでもシルフィアに近づいてくる。このままではシルフィアがアンデッドの餌食にされる。
ハリスは舌を打つ。優秀な奴は嫌いだ。不幸になればいいとつねづね思っている。シルフィアなんてその最たるものだ。
でも、なんだ。シルフィアはこれからもハリスの役に立つかもしれない。シルフィアのパーティを尾行すれば、効率よくおこぼれにあずかれる。そういう意味では、シルフィアはハリスにとって有益だ。
自分の行動に理由づけをすると、なにやってんだかなと思いつつハリスはきびすを返す。左腰から投擲用のナイフを一本抜きとる。細心の注意を払って、広間をうかがう。
ネミアは……隙だらけだ。シルフィアに見入っていてこちらに気づいていない。距離も十分とどく。やれるか。やれるな。確実に。だったら迷うな。
飛影。ネミアを狙ってナイフを投擲。放たれたナイフが宙を走る。
ネミアは瞠目する。直前で気づき、体の位置をずらした。
失敗……? いや、ナイフは刺さった。ネミアの左肩に。心臓を狙ったけど外れた。外れたが当たった。どうやら身体能力そのものは高くないらしい。
「おのれ……人間風情がわたしに傷を……」
鋭い眼光で射抜かれる。背筋が粟立つ。生きた心地がしない。
アンデッド達の動きは止まっている。術者であるネミアにダメージを与えた影響が表れていた。
「お、おい、今のうちに!」
大声でシルフィアに呼びかけた。こんな大声出すのは久しぶりだ。というか他人とまともに接するのが久しぶりだ。緊張して声がどもってしまった。
「え……あっ……へ?」
シルフィアは唖然としている。なにが起きているのかわかっていない。えぇい、きびきび動かんかい!
「早くしろ! アンデッドどもが動き出すぞ!」
思いきって手招きをする。ようやくシルフィアは状況を把握したようだ。鍔迫り合っていたカオスナイトを押し返すと、ゲイルアタックで首を叩き斬る。そして入り口めがけて一直線に駆けてきた。
「逃がさん!」
ネミアが杖をかざす。大量のアンデッドが一斉に活動を再開した。シルフィアが入り口まで来ると、ハリスも走り出す。全力疾走だ。背後からは大量のアンデッドたちが追いかけてくる。少しでもスピードを落とせば追いつかれる。記憶をたぐりよせながら、城外までの道のりをたどっていく。逃げて逃げて逃げまくる。
「さっきのは……きみが?」
肩を並べて走るシルフィアが訊いてくる。……あんまりじろじろ見ないでほしい。他人の視線というのは、どうも苦手だ。
「まぁな……」
目を合わせないようにして、無愛想な返事をする。
「きみ……レイドに参加してたっけ?」
あっ、やべ。さっそく疑われてる。いや、落ち着け。レイドに参加していたメンバーの顔を全員おぼえているはずがない。
「今は余計なおしゃべりしてないで、逃げることに専念すべきなんじゃねぇの?」
「そ、そうだね。ごめん……」
シルフィアは申し訳なさそうに笑うと、少しだけハリスから離れた。えっ、なんで離れるの? なんで距離をとるの? もしかしてウザイ奴だと思われた。べつにいいけどね、他人にどう思われようと。
「あっ、前……」
シルフィアの声に釣られて前方を見やる。新手のアンデッドがいた。数は二体だけだ。これならやれる。
右腰からダガーを抜いて逆手に構えた。シルフィアも握りしめたバスタードソードを構える。立ちふさがるアンデッドを二人で蹴散らす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます