誰ともパーティを組めない残念な冒険者の俺が、勇者の娘と行動を共にすることになった。おいおい、そんな泣くことないだろ。伝説の歴代勇者たちを一緒にぶっ倒す。
北町しずめ
第1話
無数の金属音が耳を打つ。
燃えるような熱気。怒号と喚声。荒野を駆け抜ける足音。
鋼の剣が、鋭い矢が、鮮やかな魔術が、群がるアンデッドどもを殲滅する。
五十人ほどの冒険者たちが汗みずくになって、懸命に魔物と激戦を繰り広げていた。
やってるなぁ、とその様子をハリスは戦場から少し離れた岩陰から傍観する。
襲ってくるアンデッドの群れは、体中の肉が腐ってて黄ばんだ骨がむき出しになっている。眼球とかとび出しているから超恐い。そのアンデッドどもを物凄い剣幕でぶち殺している冒険者たちも恐かった。つまりどっちも恐い。
今夜は十組ほどのパーティによってレイドが行われている。レイドとは複数のパーティが集い、ダンジョン攻略やモンスター討伐をすることだ。ちなみに一組のパーティの人数はだいたい四人から六人。
現在ハリスが眺めている冒険者たちの目的は、死者の都デスヘイムの攻略だ。
デスヘイムは枯渇した灰色の大地がひろがっており、肌寒い寒風が吹きすさんでいる。崩壊した廃墟や墓石が点在し、頭上には常に暗雲が立ち込めている。太陽の日差しがこの地を照らすことはない。デスヘイムの景色は暗澹としていて、時計がないと時刻がわからなくなる。
デスヘイムに出没する魔物はアンデッドばかりだ。というかアンデッドしかいない。かつては人間だった者、ないし別の魔物だった生物が腐った肉となって異臭をまきちらしながら襲ってくる。
そんな死者どもを冒険者たちは手にした武器や撃ち放つ魔術で倒していく。アンデッドの魂を滅する魔術もあるが、成功率が低いので、他の魔術だったり剣などの武器でダメージを与えて殺す。そっちのほうが確実なので、大半の冒険者はそうしている。
「つーか、なんでよりにもよってデスヘイムなんだよ」
アンデッドとか冷静に考えたら幽霊みたいなものだ。みたいじゃなくて幽霊だ。グロテスクな容貌は見ててチビリそうになる。あれ絶対に夢に出てくるよ。胴体を斬られたり、腕とか足とかがちぎれても血が流れないのが逆に恐ろしい。これなら違う魔物のほうがマシだ。攻略するなら別の場所にしてほしかった。
みんなが命がけで戦っているのを眺めてるだけのくせに、いっちょまえに文句を垂れるとか、我ながら最低である。けど嫌なものは嫌だ。だから愚痴りまくる。
デスヘイムの北側に建造された魔城。その城内の中央にたどり着けば、攻略達成ということらしい。よくわからないが、盗み聞きしたかぎりではそんな感じのことを喋っていた。とりあえずついていけばわかる。
現在はその目的地である魔城の正門前にて、絶賛アンデッドどもと交戦中だ。それぞれのパーティが一塊となって連携がとれている。魔術や矢が飛んでも冒険者たちは同士討ちにはならない。
大勢の冒険者が大立ち回りを演じているなかで、とりわけ目立つ少女がひとりいた。
「ゲイルアタック!」
裂帛の気合いをこめて戦技の名を叫ぶ。両手で握りしめたバスタードソードで、強烈な一撃を振り下ろす。アンデッドの頭部を粉砕し、胴体のなかほどまで斬り込んだ。
肩口まである金色の長い髪を、後ろでひとくくりにした短めのポニーテールが揺れる。宝石を埋めこんだような碧い二つの瞳は曇りなく澄んでいた。
顔立ちは凛々しく端正。華奢な肢体には、動きやすさを重視した軽装の鎧をまとっている。
シルフィア・アレイン。
冒険者なら彼女の精悍な佇まいには見惚れずにいられない。いや、冒険者でなくても見惚れる。それほど彼女は輝いてる。
ちなみに鎧で隠れているが、以前ハリスが町中で見かけたときは胸のほうもなかなかあった。まだまだ成長中だ。見込みがある。
女の子が戦っているところを遠目に眺めて胸のこと考えるとか、かなりゲスい。でも男だし。若いし。若い男はみんなおっぱいが大好きだ。しょうがない。
アンデッドをしとめたシルフィアは、パーティの仲間たちとつかず離れずの距離を保ちつつ呼吸を整える。そして傍らにいる亜麻色セミロングの少女に目を向けた。
「セシリー、次は?」
セシリーと呼ばれた亜麻色セミロングの少女は、あたりをつぶさに観察して戦況を読みとる。
明るい面持ちをしていて、右手にはロングソードを握り、左手には鋼の盾を持っている。胴体には板金の鎧を着込んでいた。装備からして職業は戦士だ。
シルフィアが指示をあおいだということは、セシリーがパーティの司令塔。つまりはリーダーになる。
「シルフィアは、その調子で前方にいる二体のアンデッドの相手をして……っ!」
指示を口ずさむ途中で、にわかに別のアンデッドが側面から躍りかかってきた。セシリーは的確に左手の盾で奇襲を防ぎ、アンデッドを押しとどめる。
左腕に力をこめると、盾で敵を押し返すシールドアタックという戦技でアンデッドをのけぞらせる。そこにすかさず右手のロングソードでゲイルアタックを叩き込む。袈裟切りになったアンデッドは泥のように崩れ落ちた。
にやっとセシリーが得意げに笑ってウインクすると、シルフィアは頷いた。一も二もなく前方にいる二体のアンデッドに突進する。
「キヨミ、シルフィアに支援魔術を」
「わかりました」
セシリーの後方にひかえるキヨミという少女は、魔術の準備をする。
眠たそうな目つきに、まだ幼さのある顔立ち。背丈は小柄で、純白のローブを羽織っている。右手には木製の杖。職業は回復術師だろう。
「――神の福音よ、高らかに響き恩恵を授けたまえ。ゴスペル」
キヨミが呪文を唱えて、杖を振るう。シルフィアの身体が光につつみこまれた。
ゴスペル。対象の筋力や耐久力など、身体能力を強化する魔術だ。
支援魔術によって強化されたシルフィアは、一気に二体のアンデッドのもとまで肉薄。一体のアンデッドが唾液の糸を引きながら跳びかかってくる。シルフィアは横跳びでかわしつつ、その拍子に剣を振るう。迅速な斬撃でアンデッドの頭蓋を粉砕した。
もう一体のアンデッドが唸りながら駆け出し、右腕を振るってきたが、
「スカイスラスト!」
半月を描くような真下からの斬り上げ。アンデッドの右腕が宙を舞う。
「ストームスラッシュ!」
返す刀で凄まじい連続斬り。アンデッドの顔面が、左腕が、胴体が、両足が、滅茶苦茶になるほど斬り刻まれる。
……強い。ゴスペルで強化されてるとはいえ、シルフィアはまたたく間に二体のアンデッドを屠った。彼女の強さはまぎれもない本物だ。
「カイト先輩、後ろです」
「うおっ、こっちからも出てきやがった!」
後方から三体のアンデッドが走りよってくる。キヨミのそばにいるカイトと呼ばれた青年は大げさに両肩をわななかせた。
目つきが悪く、小悪党のような人相だ。左手に弓を握っていて、腰にはショートソードをさげ、胴体には革製の鎧を着ている。職業は狩人だろう。
「カイト、矢でアンデッドを牽制しなさい」
すかさずセシリーの指示がとぶ。カイトは背中の矢筒から矢を抜いて弓弦に番えた。
「おらっ、くらえ、シューティングスター! 死ね、死ね死ね死ね、アンデッドども! ぐははははははははははっ!」
すみやかに矢筒から矢を抜いて放ち、抜いて放ち、抜いて放つ。その動作を繰り返す。のべつ幕なしに連射する。飛んでいった無数の矢はアンデッドに命中するが、致命傷にはならない。通常の魔物ならひるんでいるが、アンデッドには痛覚がない。
というかアンデッドよりも矢を連射して高笑いするカイトがやばい。あれはぜったい性格に難がある。
「エヴァンス、攻撃魔術の準備を」
「もう進めている」
カイトとキヨミの傍らにいるもう一人の青年、エヴァンスがロッドを構える。
きりっとした眉目秀麗な容姿に、知的さを象徴する銀縁眼鏡をかけていて、黒のローブをまとっている。職業は間違いなく魔術師だ。
「ぐぬぬっ、あのアンデッドども、あれだけ俺の矢をくらって倒れないとは……さてはただのアンデッドじゃねぇな」
「どう見てもただのアンデッドよ。シルフィア」
セシリーは呆れながらぼやくと、シルフィアの名を呼ぶ。後方にいるみんなのもとに戻ってこいと命じていた。
「ちくしょう。こうなったら」
カイトは弓を下ろすと、腰のショートソードを抜いた。
「……カイト先輩。いざというときは、お願いします」
「あぁ、わかってるぜ、キヨミン。俺の超絶剣技で、アンデッドどもを瞬殺してやんよ」
「あっ、いえ。そうじゃなくて、いざというときはわたしの盾になってください。カイト先輩がやられている隙に逃げますので」
「はぁ? なに言ってんのキヨミン! 最低だな! 最低のクソ女だな! おまえこそ俺の盾になれ! 犠牲になって俺を守れ! 俺がいてこそのパーティだろうが!」
「……おまえも十分、最低な発言をしているぞ」
「うっせ、エヴァンス! おまえはさっさと魔術の準備でもしてろ!」
「こんど機会があれば、後ろからカイト先輩を殴りつけてやろうと思います」
「はん! やれるもんならやってみろよ! キヨミンのとろい攻撃なんて当たりませ~んよぉ~」
べろべろべ~と舌を出して挑発しまくる。傍目からでもすごくムカつく。よく殴らないでいられるな。えらいぞ、キヨミン。
「とことんクズですね。もうカイト先輩が怪我をしても回復はしないことにします。クズなので」
「おいおい、そこは回復術師なんだからちゃんと回復しろよ。最低限のルールは守ろうぜ。なんのための回復術師だって話になるだろ? 回復しないんだったらキヨミンは本物のクズになっちまうぞ? キヨミンじゃなくクズミンになっちまうぞ? ん? いいのか、クズミ~ン?」
もう腹を立てることも疲れたのか、辟易したようにキヨミは白い目をカイトに向けていた。
「どうでもいいが、魔術の準備が整ったぞ」
「おせぇよ! 間にあわないかと思って冷や冷やしたじゃねぇか! ていうか準備できたんならさっさと撃て。もうすぐそこまで来てんぞ!」
わめき立てるカイトの罵声をよそに、エヴァンスは詠唱を口ずさむ。
「――凍てつく刃よ、敵をつらぬけ。アイシクル」
ロッドをかざすと、剣のように細くて鋭いツララが十本ほどエヴァンスの周りに具現化して発射される。
アンデッドは飛来するツララをもろにあびて、串刺しになった。腐った肉体が吹っ飛んで崩れる。
だが倒れたのは二体のみ。残りの一体は半壊しながらもエヴァンスたちに迫ってくる。
「一体しとめそこねたか……」
「このヘタクソ! やっつけるならぜんぶやっつけろよ! なに中途半端にやっつけてんだよ! めっちゃグロくてこえぇじゃねぇか! 責任とって盾になれ!」
「カイト先輩こそ、盾になるべきです。ついでに殺されてきてください」
「キヨミィィィィィィィン! 聞こえたよぉぉぉぉぉ! いま死ねっつたよね! 俺に死ねっつたよね? 俺はこんなにもキヨミンを愛してるのによおおおおおおおおおっ!」
「キモイです」
「あぁもう! アンタらくっちゃべってないで逃げるなり迎撃するなりしなさいよ!」
見かねたセシリーが盾を構えたまま、きびすを返して走り出す。
「ぐっ……こうなったらマジで俺の超絶剣技を披露するしかないのか?」
眼前まで迫ってきたアンデッドに、カイトはショートソードの切っ先を向ける。狩人なら多少は剣を扱えるだろうが、戦士ほどの技量は望めない。
アンデッドが地面を蹴って踊りかかる。びくっとカイトが硬直すると、突風が吹いた。
金色の髪がなびく。カイトたちの真横を通過する。シルフィアだ。シルフィアは迅速にゲイルアタックを繰り出し、跳びつこうとしていたアンデッドの頭部を粉砕。次いでバスタードソードをフルスイング。首を失ったボディの上半身と下半身を分断した。
「……ふぅ、間にあった」
額の汗を左手でぬぐい、シルフィアは一息つく。バスタードソードの剣先を地面に下ろした。
さっきのは目にも止まらぬ早業だった。その瞬間を周囲で目撃していた他のパーティたちが一斉に割れるような拍手と歓声をおくってくる。
「え? あっ……わたし?」
どうやら自分が称賛されていると遅れて気づいたらしい。シルフィアは迷子のようにきょろきょろする。
岩陰からそれを見ていたハリスは、下唇を突き出して細い息を吹いた。あんなにたくさんの称賛をあびた経験はハリスにはない。これからもあびることはないだろう。とりあえずなんでもいいから、シルフィアに不幸がおとずれたりしないかなぁ、とか考えたりする。うわっ、クズい!
だけど優秀な奴というのはどうしても好きになれない。というか嫌いだ。優秀な連中は同類である優秀な連中としかグループを作らないから。シルフィアのパーティも、例にもれず優秀な冒険者の集まりだ。
「さすがシル先輩! かっこよすぎます! どこかのクズ先輩とは大違いです!」
「いや、そんな、わたしはただ指示どおりに動いてただけだよ。勝てたのは、セシリーの采配が的確だったからであって、わたしの力じゃないから」
グッと距離をつめてくるキヨミから一歩だけ離れると、シルフィアは謙遜というか困惑というか……微妙な笑顔を浮かべる。優秀な奴って、よくそのわたし別に凄くないですよアピールをするよね。威張りちらされてもムカつくが、謙遜されたらされたでムカつく。
「確かにわたしは指示を出したけど、あそこまで機敏に動けるのは大したものよ。さすがはうちのエースね。頼りになるわ」
セシリーが肩を叩くと、シルフィアは苦笑で応えていた。
「おいおいおまえら、誰か忘れてないか? 神速の弓さばきでアンデッドどもを射抜いた最強狩人のことをよ」
「あっ、ハイ。スゴイデスネ」
「ちょっ、すげぇ棒読み! キヨミン、ほめるときはもっと感情をこめろよ! 俺への愛をささやくように!」
「あなたへの愛なんて一欠片もないので無理です」
「しぼれよ! 愛がないのなら心と体をしぼって愛をひねり出せよ! そして俺をもっとほめたたえろ!」
ギャーギャーと騒ぎ立てるカイトには見向きもせず、キヨミはきらきらした眼差しでシルフィアを見上げる。
「シル先輩、どこか怪我とかしてませんか? 痛いところがあるならすぐに治します。シル先輩のすべすべの肌に傷がついたままなんて、よくありませんから」
「えっと、どこも痛くないから大丈夫かな」
「あっ、キヨミン。実は俺さっきスネのあたりを擦りむいたんだよ。ヒリヒリして痛くってさ」
「……そうですか。ツバでもつけとけばいいんじゃないですか?」
「シルフィアとの扱いの差っ! もっと俺を重宝しろよ! パーティ最強の戦力であるこの俺をよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「カイト先輩は別にいてもいなくてもいいです。てか、いなくていいです」
「んだとぉ! ぺぺぺぺぺぺぺぺぺっ!」
カイトは唇をすぼめると、ツバを吐いてキヨミの顔にかけまくる。さすがにその行動にはハリスも、周りにいる他の冒険者たちも引いた。
「カイト」
「あん、なんだよセシリー? ぶべらっ!」
振り返ったカイトの顔面にセシリーの鉄拳が炸裂する。もんどりを打ってカイトは転倒した。セシリーは明るく微笑みながらペキペキと拳を鳴らす。
「おふざけがすぎるわよ?」
「ぐぅ……ず、ずみばへんでした……」
だらだらと流れる鼻血を手で押さえて、カイトは頭を下げる。強者には逆らわない主義らしい。
「謝るのはわたしじゃなくて、キヨミにでしょ?」
「うっ……そうですね。キヨミンさん、マジすみませんでした」
「あんまり誠意が伝わってきませんね。謝るときは額を地面にこすりつけて、土下座するのが筋だと思います」
「ぬぬぬぬっ、これでどうだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
頭から地中にもぐるんじゃないかというくらいカイトは顔を地面に密着させた。頭が下がったぶん、ケツが上のほうに出っ張る。体全体でアーチを描くような、気味の悪い格好になった。
「ふん、まぁいいでしょう。女の子の顔に唾液をかけるとか、ほんと最低ですね」
キヨミは侮蔑の眼差しをカイトに向けると、ローブの袖で顔をぬぐう。
「えっと、カイトのやることだし、しょうがないよ」
二人の間をとりなすように、シルフィアはやわらかく微笑んだ。
あれがしょうがないのか? 毎回あんなことが起きてるのか? すげぇパーティだな。
「このへんのアンデッドは一掃したようだな。いよいよ魔城に突入か」
エヴァンスは中指で眼鏡のブリッジをあげて、脱線した話の軌道を修正する。
先頭のほうにいるパーティは既にぞろぞろと古びた城門をくぐって、なかに進んでいた。
「よし。わたし達もいくわよ」
セシリーが号令をかけると、シルフィア、カイト、キヨミ、エヴァンスの四人は返事をするなり頷くなりして応えた。息がぴったりだ。
あんなふうに強固な連帯感につつまれたパーティを見ていると、ハリスの胸中にもやもやとしたものがうずまく。よしんばハリスが魔術師だとしたら、特大の稲妻をあそこにぶちこんでやりたい。仲良い奴らとか吹き飛ばしたい。いや、吹き飛ばさないけど。悪いことだし、捕まったらやばいし。そんなことしてもむなしいだけだ。でも、そういう気持ちになってしまう。
「……こっちも仕事を済ませますかね」
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