真昼の月

「‥‥光紫」


二度目に現れたその男は、静かになった街の中に黒紫の影を映し、そこに立っていた。

表情はよく見えなかったが、彼の瞳は明るい日のせいか眩しそうだ。風がさらさとなびき、顔にかかる前髪の間から涼しげな眼差しを向けるその姿は普通の青年そのものに見えた。


だが彼が見ていたのは緋翠の方ではない。


緋翠も彼が見ている空を仰いだ。


「‥‥!?」


見上げた緋翠の頭上に見たものは、ぼんやりと浮かぶ星の光のように見える。

‥‥怪しげに映るそれは、まるで真昼の月のよう‥‥。


私は、自分がいた星であれと同じものを見た事がある‥‥。

緋翠は、思わずぽつりと呟いた。


「‥‥スタルオ‥‥」


緋翠は、それが以前住んでいた世界グリームの星の天上を照らしていたものと似ていると思った。


「なぜ、これが」


光紫はそのまま、目を閉じると口を開いた。


「‥‥あれは、彗祥の夢だ」


「姉さんの?」


「葵竜は彗祥の魂をスタルオの中に入れ、永遠に眠り続ける彼女の夢を一つの異次元の世界とした‥‥。

そして、スタルオのか欠片と沙夜という娘を通じ、「道」としてここに連れてきたのだ。俺らと、仄暗い者グリームと化した彗祥を」


「じゃあ、どうしてあいつは沙夜を連れて行った」


ヒョウは思わず口を挟むと、光紫は静かに言葉を返す。


「全ては奴の目的の為だ」


‥‥そう言いながら彼は何かを思うと、閉じていた目を開いた。


「‥‥だが、俺には関係ない」


目を開くと一変して感情を剥き出したような、彼の冷たい顔は厳しい色に変わっていた。




「緋翠、殺す為に生きるのなら、お前も死ぬがいい」


見開いた眼を向けるとその眼光は、違うものを見るかのように変貌している。


「‥‥‥光紫!」


それを見て手にした鞭竿ウィップ・ロッドを構えた緋翠。

何が何だか解らないが緋翠と光紫は闘うつもりだった。


ヒョウの目の前にはまるで自分自身が壊れたような男と、燃えるような表情の女の二人の姿が、記憶の中だけにある存在のようにそこにいた。


睨んだ光紫の左手の機械の剣マシンソードから弾けるように光と音が炸裂し、彼を背にしていた幾つもの建物は亀裂が入ったと同時に崩壊し始める。


その機械の剣マシンソードを片手に魅入るように立つ光紫は、息を吐いた。


頭が割れるような激しい音の中でヒョウの耳にも入ってくる、低く澄んだように囁く若者の声は、はっきりと聞こえなかったが歌や呪文のようであった‥‥。


その姿に、思わず非現実的な錯覚に陥ったが、彼は更に目を疑った。

紫の光が激しく放出する片手の機械の剣マシンソードは己を斬りつけ、彼の体からは血の涙が流れるように自傷していく。


━━だが、緋翠はその姿が、彼の「最後」だと知っていた。


雑音の中でその息だけを聞きながら、緋翠は意を決したように動いた。



電撃が閃光すると鞭竿ウィップ・ロッドを地に叩きつけて大きく跳び、上空から一直線に真下を狙って一閃するや、それを見上げた光紫の機械の剣マシンソードとの間に重い金属音が空を切る。


激しくぶつかり空中で交差した後、互いに睨み合うと、再び空に向かい鞭竿ウィップ・ロッド機械の剣マシンソードは切り裂くような叫び声を上げて一撃を放ち、対立した二人は「彗祥の夢」を背に衝突した。


「!!」


その月の上空で二人は同時に殺気が走った。


天空になげうち光紫の機械の剣マシンソードは、憎しみを吐き出すように斬り、その寸前緋翠は光紫めがけて一気に鞭竿ウィップ・ロッドを振り、幾つかの湾曲が赤い残像となるように放出すると、相手を捕らえようとした次の瞬間、空中で切り裂くような衝撃が立ち向かい、雷と炎は爆発した。




歪むような音が頂上から消えていく━━


「緋翠!」


大裂破した光から真っ逆さまに落ちていく方へ、ヒョウは駆け出した。

が、その時━━。


「!?」


落ちた。と思っていた矢先、空全体が違う色に発光すると彼らは何かに縛られ、緋翠と光紫はおろか、ヒョウまでもが何かに引っ張られたのだ。

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