4−1 グリームの正体は

「戦うのを止めろぉ、緋翠ぃ〜!!」


殺伐としていた場内に突然、ヒョウの必死のわめき声が響き渡る。

それまで戦っていた三人にもヒョウの声が耳に入り、戦いを止めて視線をその方に集中した。


今まで鳴り響いていた武器の音や吹き荒れるような風は止んで再び闇夜の静けさが戻ったが、開けた大通りには壊れたコンクリートが散乱し、向こうの方までけぶるような砂塵がまだ立ち込めている。


全身から殺気立った闘気を纏ったままの碧娥は自分たちの戦いに割って入って来たヘルメット小僧が、さっきから緋翠と一緒に居る事に気付くや怪訝な顔で睨んだ。


「緋翠。誰だ、そいつは」


「私が誰といようが勝手よ!」


ぶっきらぼうに尋ねられ、まだ血の気が多く熱くなったままの緋翠は反発するように手にしていた鞭竿ウィップ・ロッドをパン!と地に打ちつけ、再び振り投げようとするのをヒョウが慌てて止めに入った。


「待て!取り敢えず戦うのを中断してくれないか!?」


「少なくとも緋翠こいつは俺たちには容赦がない。昔からこうだ」


憮然とした顔の碧娥の物言いに、緋翠は再度噛みつく。


「それは碧娥の物言いよ!」


「俺はそんな事は知っているが」


少なくとも光紫は二人の行動パターンは読んでいる。

そんな彼らのやりとりにおや?と思ったヒョウは彼らをじっと見つめる。



‥・この三人、実はそんなに仲が悪い訳ではないんだ?



緋翠はかつての仲間だと言っていたけど、同じ世界の者同士、敵対しつつ対等の立場なんだと推測した。

かといって、このままでは自分の主張は通らない‥‥‥そう感じた彼は三人に負けじとガンを飛ばすと、


「‥‥君ら、知り合いなんだろ?」


と確認するように聞いてから‥はぁ‥はぁあーー‥‥と息を大きく吸い込んだ。


「結局何だか知らないが、緋翠達は何しに来たんだよーー!そもそも争いとか、殺し合いなんて創り話ファンタジーの世界だけで良いし、リアルにやるなぁーー!

ここは俺の住む星、地球なんだ!イ ミ が、解んねぇーーーよ!!」


「‥‥確かにそうね」


息席切って自分の主張を訴えるヒョウの気持ちを理解して詫びる気持ちになった緋翠。

他の二人も感情が鎮静化していくと、光紫が冷たく鋭い表情を向けた。


「俺たちも来たくて来た訳じゃ無い。元はというと、男の復讐から始まったのだから」


葵竜きろうか。‥‥彗祥すいしょう行った」


碧娥が続ける。


「奴は俺に化け物を従えこの星を滅ぼすかと聞いた。その時は彗祥の姿は見えなかったが」


その碧娥の笑うような表情は、陽か陰かと言えば、陽では無い。


「じゃあ、姉さんと葵竜きろうはどこよ」


「知らん。あの二人は生きているのか死んでいるのかも解らんからな」


緋翠の疑問を投げかけるような問いに碧娥は冗談のように言う。

いくら自分たちが決して明るい世界に住める者では無く、あくまで化け物の側の立ち位置でも、彼やヒョウが見た、葵竜の幻影のような雰囲気は実在する者なのかも不明なのである。


『葵竜』のそばで眠っていた女性が緋翠の姉さんの『彗祥』なんだろう‥‥

ヒョウは昨夜、光の中に現れた葵竜に横抱きにされて眠る女性の姿を思い出していると、突然ハッとした。


「ヒィッ!」


視界に現れたのは雪のように漂う仄暗く白い光。さっきこれの光が人に覆われて化け物になっていくのを目の当たりにしたヒョウは体に付着していくような光に、必死で振り払いながら上擦った声で聞いた。


「ひ、緋翠、これは何なの!?」


「それは魂のようなもの。元々は私たちもこれなのよ」


「え」


血の気が引いたヒョウは雪のように舞う白い光をじっと見つめる。


「緋翠は‥‥さっきを連れてきたのは姉さんだと言ってたけど‥‥」


「そうよ。そのせいであれは化け物になり続ける。だから、戦わない訳にはいかない」


それを聞いたヒョウは結局何を言っても変わらないのだと、どんどん気落ちしていく。


「だから、何で?‥‥緋翠の姉さんはどうしたの‥‥?」


‥‥理解不能な顔をするヒョウを他所に、街に舞い降りる白い光。

まるで、葵竜やつがこの状況を操るかのように‥‥。

すると光紫は「何か」を見ると急に目の色が変わり、それを凝視する。


「‥‥《彗祥》なら、に━━」


言いながら光紫は場所に剣先を突き出すとヒョウは機械の剣マシンソードで指した、あるものを見た。


天上の異世界のような空から大量に発せられた無数の白い魂が、が光りながらイワシの群生のように大きな渦を巻いて気流となって流れている。

その下界で、外に出て居た人から増えたであろう仄暗い者グリーム達が唸り声を上げて街を歩いていた。


「‥‥‥!?」


自分が見た彗祥の姿とは違う事に、絶句したヒョウに光紫はなおも続ける。


「葵竜はあの光‥‥いわば、仄位い魂をこの世界の人間から蘇らせる為に、彗祥はなったのだろう。‥‥いわば、この星を化け物に侵食させる為に。そうする事が彗祥の為であり、俺たちが生きる術なのだ」


━━その姉さんが‥‥この化け物グリームで、俺たちを殺しに来たっていうのか!?

混乱しているヒョウをよそに光紫は続ける。


「欲望の為に生きる者を、救うことはもう無い。葵竜やつはただ殺す為の存在として俺たちを、ここに連れてきたのだ」


切れ長の眼で近づいてくる化け物グリームに視線を向ける光紫の眼は静かだが憎しみを滾らせる。


そんな話、妹の緋翠にとっては、もっと衝撃なんじゃないか‥‥?‥そんな事をヒョウは考える。しかし、


「緋翠、それでもお前はあれを殺すのか」


碧娥の問いに緋翠の意思は変わらずに、「ええ」と答えると、


「姉さんは化け物じゃあないわ。は私が一人残らず殺す!」


そう言い放つと駆け出した。




人を血肉の化け物へと変え、破滅へと導く無数の白い魂。

緋翠はその巨大な死のトルネードへと向かう。

彼女を見るや襲いかかる仄暗い者グリームを一つ一つ、次々と唸る鞭竿ウィップ・ロッドで撃ち砕き、走り抜けていった。


緋翠はトルネードの奥から、また違う別の霞むような光を見つけた。

その輝きから不気味な魂の光が開放されていく。


「━━!?」


しかし、仄暗い魂にまみれ、何体もの仄暗い者グリーム達は集結していくと━━

巨大化した仄暗い者グリームは死の塊となって緋翠の目の前に姿を現したのである。


緋翠はそれが根元なんだろう、と確信しその輝きを目指して跳びあがり宙に浮くと、緋翠は瞬時に仄暗い者グリームへと鞭竿ウィップ・ロッドを飛ばした。

絡めた仄暗い者グリームに引き寄り、浮き上がった緋翠はそこへ目掛けて滑降すると牙の如く鞭竿ウィップ・ロッドをしなやかに振り下ろす!


グァアアアァ!

斬り割られた仄暗い者グリームの破片は分散し、散乱した血肉が宙に漂う。

しかし、仄暗い者グリームは再びゆらめく残像のように集結し━━、再び「核」のような魂の中から再生した。


「終わりよ!!」


緋翠の体を掴もうとする仄暗い者グリームを振り払うように鞭竿ウィップ・ロッドを縦に一閃した!

仄暗い者グリームは赤く尾を引くように走る鞭竿ウィップ・ロッドに切り割られ、真っ二つになる。そこから「核」となる魂を見つけるや、一撃で破壊しようと鞭竿ウィップ・ロッドを構えると‥‥


「━━!!」


緋翠はその蠢く核の光に包まれてしまい、何かに囚われてしまう。一つの、幻夢の世界に入っていくように‥‥



‥‥体が焼けるように熱い‥‥


‥‥自由を奪われた緋翠は、地獄のような苦しみを感じると‥‥、

その朦朧とした中で、幻影が見えた。


‥それは、蜘蛛の糸に絡まれるように眠る女の姿。



「━━姉さん‥‥」

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