4-2 果てない逃亡

葵竜に睨まれるルーダーは平然とした声で嘲笑う。


「ん?私は何もしていないぞ。其奴らは私の手足となって貰っただけで、勝手に自滅したのだろう?」


「黙れ」


葵竜は思った。この戦いでルーダーに心を奪われた仲間や彗祥は、全て為に犠牲になってしまったのだろうと。


「お前は《スタルオ》の為にそこまでするのか」


「そうだ、私は力が欲しいのだ。だから教えろ。《スタルオ》を手に入れる方法を」


だが、葵竜は彗祥を側に寄せるとルーダーに目を向ける。


「お前はこの星の生きるべき重要なものを破壊しようとし、人を破滅に導いている。だが、それでも俺にとって彗祥は大事な存在なのだ」


「あ?」


ふざけた顔で言い返すルーダーを見据えながら言い放つ葵竜の表情は、濁りのない綺麗な眼だった。


「彼女を必要に思っている人は他にもいるし、そんな大事な存在を皆一人一人持っている。そんな者達が此処を守っている事などお前には解らないだろう‥‥。例えすべてを壊そうとも、お前の力になど、誰もならない」


「馬鹿者め!」


真正面からそう言われ激昂したルーダーは葵竜を足蹴あしげに彗祥の腕を掴んだ。葵竜の手から光の小銃ライトハンドガンが離れると、崩れ落ちた葵竜を罵倒する。


「馬鹿者め、馬鹿者め、馬鹿者め!貴様らの戯言はもういい!もういい加減、そんな正義感を吐くお前にも、そんなお前達と戦うのにも飽き飽きだ!その女だけでなく、この星ごと奪われたお前が失望感を味わうのを楽しまないと気が済まぬぞ!」


何度も自分を踏みつけるルーダーに耐えながら、仰ぐように睨む葵竜。


「それほどまでにしてこの星を壊したいか」


「そうだ!この世界から離れるための船、その準備は整っている。我はあの莫大な力を手に入れ、お前達に見切りをつけた後、旅立つのだぁあ!!!」


「ならば渡そう」


そう言うと葵竜は俯せの状態でジャケットの脇から何かを取り出す。


「その銃は‥‥まさか!」


葵竜が手にしたのは《スタルオ》の銃。葵竜を見下ろしていたルーダーは、一瞬で目の色が変わった。


「さすがだ葵竜、お前にはもう用はないっ!!!」


ルーダーが手を上げ合図すると、そこにいる全員が葵竜に銃を向ける。

だが、葵竜は隙を見てルーダーに横蹴りを放つと、足場を取られたルーダーは離れた彗祥を連れ戻され、体制を戻そうとするも目の前に向けられる銃口に突きつけられたまま倒れ落ちる。


「スタルオの弾は一発だけだ。‥‥お前を撃てば全てが終わる」


━━そう言って冷たい眼を向ける葵竜は、だんだん影をおびた表情に変わっていく。

ルーダーは思わず怖気ついた。だが彼の視界に何かが目に映ると、「それはどうかな」とニタリと笑った。

その顔に何かを察知した葵竜。すると、彼の傍らにいる彗祥が微かに動いた。


「葵‥‥」


気がついたのか?と思ういとまも無く彗祥は葵竜から離れると、ゆっくりと顔を上げる。


「‥‥葵竜」


その声は葵竜の知っている彗祥の声だ。‥‥しかし、自分に向けた妖艶な眼は彼の知っている彗祥ではなく、別人のようだ。


「彗祥‥‥?」


葵竜は思わず呆然とする。見つめ合った二人は思わず酔いそうになったが、彗祥は冷たく笑いながら風の刀ウインドブレードを抜くと、葵竜ははっとした。


「‥‥あの女は目の前にいない。私が代わりに生きるのよ‥‥だから、私があなたをもらうわ‥‥‥‥」


そう言うと彗祥の風の刀ウインドブレードが閃き、一瞬で葵竜の眼前に血が飛び散った‥‥‥。



━━それからしばらくした後、彼らが戦中の燈台の中で、異変が起きた。

突然の銃声でそこにいる者達が頭上を仰ぐと、天井の壁の飾りに走る一条の光の矢。‥‥異様な音と共にその輝きが失われる。

彼らはこの塔台の上階にあるスタルオの花の飾りが壊れて行くのを目にしたのだ。


「どういうこと?‥まさか‥‥」


不安な声を漏らす緋翠。それを見るなり異常事態を感じた火是はそのその場から消える。そして敵味方ともに戦うのを止めると、があれを撃ったのかとどよめきが起こった。


━━すると、彼らは空から何かが降ってきたのに気がつく。


割れた吹き抜けの天井から音もなく降ってきたのは、雨。それも赤い‥‥‥降る筈もない血のような雨に、そこにいる全員が蒼白になった。



一方、スタルオの飾りが壊された事を知った火是は彗祥と葵竜の居たところへと向かっていた。


「あいつら‥‥一体何をやっているんだ!?」


一走ひとっぱしりでその部屋にやって来た火是。有無を言わずその中へ入ると‥‥彼は愕然とした。


「こ‥‥これは」


血塗れの部屋には仲間が全員殺されている。


火是はその内のまだ息のある者を探し出し、声をかけた。


「おい!一体誰が殺ったんだ」


その男は顔を上げ、息も絶え絶えに火是を見ると‥震えるように声を出す。


「‥‥俺た‥を‥殺‥‥したのは‥彗祥‥‥」


その途切れ途切れの言葉に火是は耳を疑うも、彼が確かに言ったその名前に思わず叫んだ。


「馬鹿な!何を言ってやがる!!」


「彗祥はもう‥‥人間じゃない‥‥葵竜は彼女を連れて‥《スタルオ》へと‥向かった‥‥‥」


愕然とした火是は怒りがこみ上げるようにワナワナと震える。



━━あの時、そこにいた誰もが彗祥は葵竜を殺したと思っていた。


だが葵竜を殺そうとする自分に必死で自我を取り戻した彗祥は、振り返るなり葵竜以外の人間へと風の刀ウインドブレードを走らせた。

華のように咲く鮮血にその場は阿鼻叫喚と化した。彼らは反撃するも彗祥の決死の気迫に逃げまとい、次々と斬られていく。


死臭が漂う部屋に佇む彗祥と葵竜。

風の刀ウインドブレードを地に落とした彗祥は、両手を覆い苦しむように呻いた。

彗祥は自分の感情が消えようとしている事が解かっていた。得体の知れない「何か」違うものになろうとするのを抑えようと、葵竜に訴える。


「‥葵竜‥‥私を殺さないと‥‥私はあなたを殺してしまう‥‥」


「なにを言うんだ。俺はお前を殺すことは出来ない」


そう見つめる葵竜を彗祥は見上げる。血だらけの顔には涙が溢れていた。


‥私は‥‥魂だけでも‥‥あなたといたい‥‥‥‥。


葵竜は彗祥を抱きしめた。己の中から這い出してくる者の自我、それを受ける苦しみと悲しみ、彼女の背負うもの全てを受け入れる決意をした葵竜は、力を手に入れ、彗祥が安らぐ方法を見出そうとした。


「心配するな‥‥だから眠るがいい」


そして葵竜は彗祥を連れて走る。

天井のスタルオの飾りを銃で撃ち、スタルオの有る「星の中心」‥‥‥上へと繋がる道を開けると━━


━━二人は夜の闇へと向かっていった。

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