━signpost(道標)

葵竜が居なくなった後、彼らは異次元の世界から再び鉄の星グリームへと向っていた。

白い魂の渦が広がる、果てしない無重力の世界。

葵竜が《スタルオ》の力で次元を開いたこの道は幾万の仄暗い灯火で煌めき、そこが死の世界だったにも関わらず美しかった。



「━━で、お前はどう思うのだ?」


碧娥は光紫にニヤリとした顔で近寄ると小声で聞いた。


「だから、どう思うのか聞いているんだ」


「‥‥ああ」


さらに顔を近づけ耳元でそう囁く碧娥。最初何の話か解らず上を向きながらも考えるそぶりの光紫はある推測をすると、何気ない表情で尋ねる。


「それは、この先の可能性でという話なのか」


「そうだ」


その密かに期待するような声色に、碧娥にとってワンチャンあるかの話なんだろうと察した。

‥‥暫く無言だった光紫は、


のではないか?多分」


‥‥そう一言だけ、静かに答える。

そんな光紫に、紫色の後光が射しているようであった‥‥。


「そうか!」


それを聞いて満面の笑顔に変わる碧娥。

そんなやりとりが怪しく見えたのか、その背後では緋翠が二人を睨みつける。


「二人で何をコソコソ話してるのよ」





緋翠は暫くの間、茫然としたようにグリームの星へと繋がる光の道を漂っていたが、その後ろをヒョウが魂と共に流れながら付いて来る。


「ヒョウ‥‥もうすぐだから。私の星グリームに着いたら沙夜を探そう」


「うん、そうだね‥‥」


振り向きながらそう自分に微笑む緋翠の顔は優しい表情だ。

ヒョウはそんな緋翠に微妙な表情で笑い返したが‥‥。


‥‥葵竜が居なくなってからの緋翠は平然としているものの、心の内は崩壊しそうだった。

蘇ってからの緋翠は仄暗い者グリームと戦うと同時に、葵竜を救うという想いを持って生きてきた。

だが今ではそれが無くなってしまい、更にその結果に報われない思いを感じると、心に風穴が開いたようになっていたのである。

‥‥そんな緋翠に対しヒョウは何も言えなかったが、碧娥と光紫は顔を見合わせると緋翠、と言った。


「お前はここで引き返したらどうだ」


「どういう意味?」


自分の意に反する事を言われた緋翠は、怪訝な視線を向けるも碧娥は遠くに眼を据えたまま否定的な言葉を発する。


「今更あの星に戻ったところで楽しい事なんて何にも無い。戦いの無い彗祥の夢の中か、ヒョウの居た場所にでも戻れば、お前はキレる事も無く可愛くいられる」


「何言ってるの?私はヒョウの為に沙夜を捜してるのよ」


「心配するな、ヒョウは俺が連れていく」


「‥‥碧娥、私に喧嘩売ってる?」


緋翠は内心薄れていた気持ちが不安定のまま、ここで爆発したように表情が変わると腰から鞭竿ウィップ・ロッドに手をかけ睨む。

そんな緋翠の神経を逆撫でするのを自覚しながらも、わざと煽るように不敵な笑みを向ける碧娥。


「やろうというのか?‥‥やってみろ。今のお前はヒョウより弱いぞ」


「何よ、それ!」


その言葉にかっとなったが、彼のその意味の大半は本心だったのを知る由もない。

彼等は緋翠が都市部隊にいた頃から、今まで何も言わず付いてきた彼女が自分たちに仲間外れにされる事を猛烈に嫌うのを知っていたからである。


「私とヒョウの邪魔ばっかりしてきたくせに!私からまで奪うの?」


緋翠は碧娥の挑発にやり返すつもりで腰の武器に手をかけず、近くにいたヒョウを側に寄せるとくっついたまま叫んだ。


「二人は勝手にすればいいけど、私は絶対、ヒョウと行くからね!」


突然引き寄せられたヒョウは緋翠に柔らかい胸を押しつけられ、二人の無言の視線を感じつつ赤くなりながらも、やっとの思いで口を開いた。


「‥‥緋翠、彼は緋翠の事を守りたいからそう言っているんだよ」


「‥‥‥だって‥‥私は‥‥」


一瞬黙るも哀しさが込み上げる緋翠は、ヒョウの頭を抱きしめたまま訴える。


「葵竜を救うつもりだったのに、結局何も出来なかったのよ‥‥」


葵竜の事で失望感を抱く緋翠にすがり付かれたヒョウはそんな胸の内を聞いて、思いやるように声をかける。


「‥‥葵竜‥‥あいつは、そんなに悪い奴じゃなかった。だけど、彼はもう居ないんだよ」


「緋翠」


そんな光景を黙って見ながら、光紫は慰めるように緋翠に言った。


「俺たちは葵竜あいつのお陰で生き返ったんだ。だがこれからは違う」


顔を上げた緋翠は泣くようだった。そんな顔を向けられ、彼は言い続ける。


「あの場所グリームに戻るのは葵竜の為では無く、自分たちの為に行くと思えばいい」


碧娥と光紫は彼らなりに緋翠を励まそうとしていた。すると、


「そうだよ緋翠」


緋翠から体を離したヒョウが明るく笑うように言った。


「沙夜が本当に無事なら、俺は葵竜を信じる。あいつも、緋翠が一生懸命だってことは解ってると思うから‥‥今度は、俺が緋翠の力になるよ」


「‥‥ありがとう」


緋翠はそう言い笑うと、彼らは再び白い魂の道を漂った。

すると魂の渦は逆流するように流れが変わり‥‥さっきまでいた異次元と別世界が交差すると、鉄の星グリームへと入っていった。





‥‥全ての景色が一変し、緋翠が信じられない表情で辺りを見渡す。


「ここが、緋翠の‥‥」


沙夜を探す為にグリームへと戻って来た緋翠達。

彼らは、かつての故郷の成れの果てを見た。

息は僅かに出来るが、水は無い。生存者は一人もらず、鉄の塊と化したグリームの街は、既に終わった世界だった。

瓦礫の上に積み上げられた無数の遺骨はあの日からそのまま放置されたまま、それを埋める者もなく‥‥。


「‥‥だから緋翠おまえは来るなと言ったろう」


碧娥は荒廃したグリームの街を眼にし、立ち尽くす緋翠を横目に見ながら憮然と言う。


「‥‥今はそんな感傷に浸ってる暇は無いわ。沙夜を見つけてからよ」


何の感情も出さずに見据える緋翠に、碧娥は皮肉混じりに笑った。


「まあ、何処へ行こうと誰にも会えず、異凶徒はおろか雑魚にもラスボスすら居ないんじゃ、流石に拍子抜けるな。帰省した俺たちにの歓迎とは、萎えるぞ」


「‥‥これだけではないぞ」


光紫が呟くように顔色を変えた。

薄暗い廃墟から蛍火のような光が点滅しだすと‥‥白い魂が舞い、彼らの足が止まる。


「‥‥‥ひぇっ!!」


ヒョウの表情が恐怖に変わった。それは緋翠達が来た時から迷い込んだ、魂の群れである。


仄暗い光を放つ魂の群れはまるで叫び声を上げるように、騒めきながら漂う。

まるで悲痛な叫び声のように聞こえたそれは、苦しみで叫ぶ魂の声のようだった。

すると、緋翠はその白い光の中に立ち、不気味な光に眼を向ける。


「私は‥‥あなたたちに、憎しみは持たないわ」


そう問いかける緋翠は‥‥この世界に居たからであろうか?その光る魂に何故か懐かしい感じを受けていたのだった。

その白い光の群れは何かを理解したようにそのまま何処かへ漂うと、緋翠達はそこから去っていく。



「早く沙夜を見つけないと‥‥またさっきみたいな光に襲われるよ」


一刻も早く沙夜を見つけたかったヒョウ。

全てが荒廃し、いつ魂が襲うかもしれないというこの世界。それを実感した彼は、そんな中で彼女を探すなど無謀すぎると思いつつ、必死で沙夜の無事を願った。


だが、先に進む彼らの前に、別の白い魂の群れが骨に群がっているではないか。


「ま‥‥まさか‥‥‥今度は骨!?」


そのまさか、魂と骨は仄暗い骨ダークボーンと一体化しているのだ‥‥。


‥‥さっきのようにやり過ごす事も出来ないまま、バラバラだった骨組みは魂に喰いつくされながら変形していき‥‥化物に擬態した標本のように姿が変わると、引きつるヒョウの目の前で立ち上がる。


命を持ったように不気味な眼光を放つ仄暗い骨ダークホーンは群れを成して緋翠達に襲いかかると、彼らは戦闘モードに入った。


「皆んな、一人でも居なくなったら許さないわよ!」


そう叫んだ緋翠は駆けながら腰から鞭竿ウィップ・ロッドを引き抜き、飛び交う緋い一閃で仄暗い骨ダークホーンへと瞬時に跳ね上げる。


「‥‥‥「はえゃぁあああああ!!!」」


機械の剣マシンソードを振り回し、骨と撃ち合いながら紫の光を炸裂させて斬りつけていく光紫。

それと対照的に声にならないシャウトを発しながら爆風の弾丸ブラストブレットを撃ち込み、襲いかかる仄暗い骨ダークホーンを爆風で派手に撒き散らし粉砕していく碧娥。


その後から浮遊してくる魂。その隙を狙ってヒョウがスタルオを手に、俊敏に逃げ回りながらそれらを追い払っていく。

彼らは若さを全開に激しく髪を振り回しながら躍動し、仄暗い骨ダークホーンを倒しては白い魂に戻していった。


しかし途方もなく襲ってくる骨を相手に戦いは無限に続く。

そんな中沙夜の事をひたすら想いながら、息を切らし走るヒョウ。


「沙夜ちゃんはどこだ‥‥はあ、はあ‥‥」


スタルオの力とはいえ、この死の世界に居られるのは限られている彼ら。沙夜の安否を心配するも、一向に手がかりも無く先が見えないヒョウは、不安が募るばかりだった。


「緋翠‥‥こんなのキリが無いよ‥‥一体沙夜は‥‥この世界の‥‥どこにいるんだろう‥‥?」


ヒョウがそんな疑問を漏らしたその時、

この閑散とした異郷の世界に突然、大きな音が響き渡った。


緋翠達は戦いながらも衝動的に振り返ると‥‥それが何なのか解らないが、はっとした。


今まで薄灰色ではっきりとしなかったが、その音の風圧のせいか黒く壊れた鉄の廃墟の中から辺りの霧が引くと‥‥縦一直線に何かが映し出される。


遠くに見えるそれは、この星で唯一天へと向かう事が出来る燈台だった。

その燈台はあちこち破損しながらも今なお空まで聳え立っている。当然、外壁には当時スタルオと呼ばれていた花の形をした装飾は破壊され無かったが‥‥‥。


「‥‥沙夜はあの場所に居るわ、きっと」


三人は顔を見合わせると、骨の群れをすり抜けてその場所へと駆け抜けた。




彼らの姿が消えた後━━誰も生きていないこの世界の遠くから、一つの魂がそれを見ているように浮遊する。

だが、彼らはそれが誰の魂なのか、気付かなかったのだ‥‥。

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