━signpost(道標)2
‥‥既に死の星と化したグリームの星。かつてこの星に住んでいた者達が化け物となって変化した
この先にある「星の中心」へと向かう緋翠達だったが、荒廃した街を徘徊しながら生きる者を襲う
やがて幾つもの雑居ビルの間から、天に届かんばかりの高く聳える「星の中心」へと繋ぐ塔が見え始めると‥‥
ふと、彼らの足が止まった‥‥‥。
ビル街から天まで聳える「星の中心」。緋翠はそれを目にするや、息が詰まる思いであの日の事が脳裏に蘇る。
━かつて、都市部隊が異凶徒と最後の戦いを繰り広げた場所。全ての者が命を落とし、彼らにとって忘れたくても忘れられない出来事だった。
「闇雲にあの場所に入れば、慰霊に対し不敬に当たる」
「ええ‥‥私たちは、彼らの魂を沈めるつもりで行かなきゃ」
光紫の言葉に顔を伏せて目を閉じる緋翠に対し、碧娥は塔台に眼を向けながら口を挟んだ。
「またそこに行く迄
思案するようなそぶりの碧娥は、何かに気づいたようにあっ、と破顔した顔に変わった。
「祭りどころかその前に血祭りにされるか」
「もう!相変わらずバカな事言ってるわね!」
いつもの如く呆れた顔で噛み付いてくる緋翠に気にもせず、碧娥は笑みを称えたような目尻を緋翠に向けてこう言う。
「今此処にこうやって居るからこそ、こんな冗談も言えるんだぞ」
「そうだな」
二人の横で独り言のように呟いた光紫は目線も向けずに会話に入ってきた。
「お前みたいなくだらない事を言う奴でも、居なくなるとつまらないものだからな」
「なんだと」
その言葉が耳に入ってきた碧娥は思わず睨み付けると、緋翠も光紫に同調するように微笑んだ。
「‥‥そうね。私も、最近になってやっと気づいた」
その表情は緊張が緩み、どことなく安心したような面持ちである。
二人とも様々な思いで沈む自分の気持ちを茶化す碧娥に対し皮肉を言ったのだが、彼がこの故郷の光景を目の当たりにして自分たちと同じような気持ちを持って、わざと誤魔化しているのだろうと気づいたからだった。
そんな彼らを
「あそこに行くのだとしたら、道のりはここからまだまだ先なんだよね‥‥一体いつになったら辿り着くんだろうか‥‥」
ヒョウが途方に暮れた顔でぼやいていると、突然緋翠が何かの気配を察知したように表情を変えた。
「気をつけて!」
その声で全員が緊張すると、建物の隙間から顔を出した
「わぁあー!」
首元を掴まれ引っ張られていくヒョウに緋翠が瞬時に放った
「ちっ!街を賑わすのが骨の化け物だけとは、人の気も知らず逆撫するような野郎共だな!」
「このままでは俺たちまで骨の化け物の一員になってしまう」
「キェエエーーーー!!!」
「こっちよ!!」
駆け抜けていく緋翠の後を骨の化け物に襲われまいと、息を切らしながらその後を付いて行くヒョウの脳裏は今、一刻も早く沙夜を救いたいという想い、焦りと同時に、緋翠達との身体能力との違いと体力の限界からくるジレンマに打ちのめされていた。
あの燈台に辿り着いて、更に上へと登るんだろ‥‥?
ここで戦う緋翠達は水を得た魚のように動き回っているけど、俺はスタルオが有るとはいえ皆んなのように強く無いし‥‥沙夜を見つける前に、足が壊れちゃうよ。
‥‥‥‥俺からしたら「別世界」の、既に滅びているこの星自体、いつ消滅してもおかしくない位に危険だし、戦いながらひたすら走り続けるのは‥‥皆んなも限界なんじゃないのか?
嗚呼、別に強くなりたいとは言わない。
けど、せめてこの世界にバイクがあれば‥‥‥‥
とか走りながら現実への不安と願望がかけ巡るヒョウは突如、
━━ん?と街道脇の積み上げられた瓦礫の中に転がっているあるものが目に止まった。
「おーい、
「何だお前、ちょっと仲間の気でいたら人を馴れ馴れしく呼びやがって。殺すぞ」
後ろから自分と光紫を呼んでいるヒョウの声に気づいた碧娥は振り向きざまに睨みつけると、彼はある物を指差しながらさっきまでとは大違いの軽い顔で笑った。
「いいもの見つけたんだ〜。これ、この世界にもあったんだね!」
それは放置されたままの「バイク」で「これこれ、これで行こーよー」と誘うヒョウに碧娥と光紫は顔を見合わせたのだった。
「ひっすいー!」
走る緋翠に追いついたバイクが横付けし、それに乗っているヒョウが意気揚々と声をかける。
「乗ってよ。こっちの方が早いだろ」
「どうしたの?それ」
「そこ等辺に落ちていたので動きそうなのを探したんだ。ガス欠になるまでこれで行こうぜェ!」
一瞬呆気にとられた顔をする緋翠の横を、もう一台バイクが音を立てて通り過ぎる。
「さすがヒョウね。それは思いつかなかった」
と微笑む緋翠は、ヒョウの後ろに跨がると、バイクは走り出した。
爆音をたてて街を疾走する二台のバイク。
道を
「行くわよ!」
かつて塔台に乗り込んだ時と同じ勢いで広い中を突っ切る緋翠達。当然中は破壊され荒れたままだった。
血の滲む壁や床には
だが、ここでも
「緋翠、上に向かえばいいんだよね!」
「そうよ!」
それを振り切るようにヒョウのバイクは螺旋階段を駆け上がる!
「いぇぇぇい!!!」
駆け上るバイクの後ろで
バイクは急ブレーキをかける暇も無く骨巨人に突進しようとした!
「うぁあぁあー!」
ヒョウはバイクごと衝突しながら捕まるか、もしくは避けて螺旋階段から落ちるかの選択を迫られた。
‥‥が、その横から碧娥のバイクが跳び上がったのだ。
ブォオォン!
紫の光が輝くと巨大化した
「跳べ!」
碧娥の放った爆風で飛ぶように空中を走るヒョウのバイク。
塔台端の通路が眼前に見えると放射線状に跳びながらも、ハンドル捌きを駆使してどうにか着地したのだった。
「はあ、はあ、はあ、マジで死ぬかと思った‥‥あっ」
ヒョウが落ち着く暇もなく狭い通路の前後から群がってくる
「‥‥ヒョウ!」
手足を押さえられ、近付く無数の頭蓋骨。‥‥まさに喰われる寸前だった。
緋翠は抵抗しながらも辺りを見渡す。気が付くと、さっきの骨巨人があちこち破損しながらも吹き抜けからよじ登ってくるのが見え、更にその奥からも
どこを見渡しても動く人骨という光景‥‥更にその奥にいる、一体の威厳のある
「ヒ‥ヒェエ‥‥!」
さすがの彼らも戰慄を隠せず、ゲームオーバーを覚悟するヒョウ‥‥。
『ギィァーーーー!!」
だが、合図をするかのように奇声が木霊すると共に、奥に居た
そして何故か緋翠達をすり抜け、緋翠達を取り囲んでいた
ゴァアアーーー!!!
バキバキグォァッシャー!!
いきなり骨どうしの紛争が始まりだすと、その光景にヒョウも意外な顔で緋翠を見る。
「こ‥‥これはどう言う事なの?私たちに加勢しているようにしか見えないけど‥‥」
‥‥この状況に疑問符を打つ緋翠に対し、ヒョウは根拠も無いままに窮地を脱したような、変な笑みを浮かべる。
「何故か解らないけど、チャンス!チャンスだよ!これに便乗して逃げ切ろうぜ!」
何故か緋翠達は一方の骨の集団に加勢する羽目になった。骨と骨は砕け飛び散り、その残骸から魂が白い光となって舞い上がる。まるであの日の都市部隊と異凶都集団の再戦のようであった‥‥。
その垣間を潜り螺旋状の階段から更に上へと駆け抜ける緋翠達は途中バイクを乗り捨てるもその先へ、果てしなくその先へと突き進むと‥‥‥‥、
上り詰めた塔台のこの場所の頂上まで上り詰めた彼ら。
破られた花形の天井から真上に仰いだヒョウ。かつてそこはスタルオの陽が照らし、「星の中心」へ行くことが出来る唯一の場所であった。
下からは
「‥‥ここから本当に行けるの?」
ヒョウがそう思ったその時、彼の持つスタルオの欠片が輝き、光を放ちながら体が浮いた。
「うぁ!」
星の中心へと一直線に届く光。それと共にヒョウが意味も解らず真上に引っ張られると、緋翠達も意を決するようにその中に入る。
「私たちも行くわ!」
◇◇◇◇◇◇
「ここが‥‥「星の中心」!?
初めて
限られた足場はあったものの、それ以外は宙の世界。まるで空の上に居るような状態である。
星の中全てを照らす《スタルオ》は葵竜に破壊されて無かった。今では剥き出しにされた灰色の空の向こうには黒い世界と‥‥ヒョウの星が見える。
その向こうの‥‥星の中心と呼ばれる《スタルオ》のあった場所の真ん中に沙夜は眠るように浮いていた。
それを見つけたヒョウは大きな声で叫んだ。
「沙夜ちゃん!俺だ!助けにきたよ!!」
沙夜に届くよう必死の想いで声を上げるヒョウ。
だが彼の懇願も沙夜の耳には届かないのかそれとも何も聞こえないのか、何の反応も示さない。
「お願いだ、目を覚ましてくれ!!!」
それでもヒョウは張り叫ぶように絶叫する。すると、仮死状態と化していた沙夜が突然輝きだした。
「危ない!」
放射状に放たれた光の雨は侵入者目掛けて降り注いだ!
瞬発的にそれをかわした緋翠達は、沙夜はあの光に守られながらも部外者を攻撃するのだと察知した。
「おい、これじゃあの小娘に誰も近づけないようだが、一体どうなってる」
「多分、葵竜の結界が貼られているのだろう」
スタルオのあった場所でスタルオ同然にそこに居る沙夜。
‥‥そんな彼女に、彼らは手も足も出なかった。
「‥‥そんな、それじゃ沙夜はどうやって助けたらいいんだ?」
ヒョウがそう言ったその時‥‥‥目の前の三人に異変が起こった。
ドクン!
「‥‥‥‥」
「‥‥みんな、どうしたの?」
突然の目眩、吐き気、立ち眩み‥‥緋翠、光紫、碧娥は
「ァッ‥ァアアッ」
体内から黒い魂が放出され、見えもしない何者かに侵略されるような感覚に、反り返りながら苦しむ緋翠達。
これは‥‥まさか、
彼女達は密かに体内に潜んでいたグリームの魂が、その身を蝕もうとしていたのだ。
「‥‥じ、冗談じゃないぜ。だれが化け物なんかに‥‥」
三人は目の前の闇に悶えながら抵抗するも‥‥‥
‥‥だがしかし、自分の意思とは別に、突然三人の目の色が変わった。
「━━!?」
緋翠は自分の異様な感覚から分離するように、墨のような煙が吐きだされると、目の前でそれが形づけられた‥‥!
「え‥‥緋翠が二人?」
驚くヒョウの目前には緋翠、光紫、碧娥と同じ姿の者が立ち、彼らは互いを見比べている。
姿形も武器も鏡を写したように同じ。しかし肌の色以外は闇にのよう、言うなれば影そのものだった。
彼らの目つきは鋭く、過去を恨んでいた自分たち以上に悪意の風貌を醸し出している。
まるでドッペルゲンガーのように何方かしか生き残れないかのように‥‥その闇の者たちが一斉に躍りかかると、緋翠達は一斉に辺りに散った!
「ヒョウ、向こうへ行って!」
叫んだ緋翠が
「!!!」
咄嗟に
「まさか‥‥自分と戦う羽目になるとは思わなかったわ」
緋翠は自分と類似した者を睨み据えながら毒気ついた。
「おいおい、俺の影武者みたいのが現れたが‥あれはおれなのか?」
「いや、あれはさっき襲ってきた‥‥グリームの魂が俺たちを取り込み、擬似して実体となった
「ちっ、今までヒョウの持つスタルオから逃れるように潜伏していたとはな」
「まったく‥‥誰よ、ラスボスも居ないとか言っていたの。無茶苦茶嫌な感じのが居るじゃない!」
「それ、俺の事か?傷付くなー」
薄笑いを浮かべ、緋翠に急接近する
遠くへ避難したヒョウは、少し離れた場所で繰り広げている必死の攻防に愕然とした。
「ああ‥皆んな、辞めて!」
「無駄だ」
必死で懇願するヒョウの横で、いつの間にか現れた光紫がその様子を眺めながら冷笑している。それは明らかに『
「人の裏側を悪とか言いやがるが、所詮は全ての己の心に潜んでいるものを具現化しただけだ。争う者たちを嫌う事から戦い、自分を廃した世界を呪い、望みを我が手に入れる為に、裏から人を蹴落とすってな!」
他人事のようにネガティブ思考な理屈を述べる
「さて、と」
言いながら軽薄な表情で手にしていた剣を手前に差した
その直後、重金属音と別からくる紫の光が走り、手にしていた剣が弾かれたのだ。
「━━!?」
何事かと思い振り向いた
「お前、俺になりすまして汚い言葉を使うな」
「へっ、善人ぶりやがって」
鏡に写ったかのように対局して向き合う二人は双方剣を構え、間合いを取っている。
「だってそうだろうん?世の中、綺麗事を言っても本性を知れば関係は壊れてしまうじゃあないか。だから俺たちはあの時の争いで死んだんだじゃねえか‥‥それを神がワンチャン与えてくれたのだぞ」
「‥‥お前の言っている話、よく解らないが‥‥」
彼の言葉を黙って聞いていた光紫は表情を変えず暫く考え込むと、ぽつりと言った。
「ひょっとして神とは葵竜のことか?」
「そうだ‥‥彼は死して
だから‥‥お前は、消・え・ろ‥‥!」
思いきり口角を上げ、卑屈な笑顔を見せつけての斬りかかる間も無く、澄ましたままの光紫の
目を見開きながら驚く
「悪いけど消えるのはお前だ」
「ちっ、けぇぇいっ!」
叫んだ光紫と
互いの剣を同じ動きで弾いていく二人だったが、次第に後退していく
「言っておくが」
苦渋の表情の表情の
「あの男は神でも何でも無い。俺たちと同じ思いを持つ同士だ」
「黙れ!あの時散々奴を恨んで死んで壊れたくせによぉ!この負け犬が!」
確かにそうかもしれない。
この塔で俺は
‥‥
葵竜の力によって魂がヒョウの住む別世界に行ったとしても‥‥全てを抹殺する一念で蘇った‥‥‥‥
だが葵竜の事を考える緋翠の想いに心を動かされた。
それに今は彼女や碧娥、もう一人ヒョウも居る‥‥
「敗者は何度やっても無駄、地獄の底に行くんだよ!!」
叫ぶ
「俺は、もう‥‥」
静かな眼で見据える光紫は息を吐くようにそう呟いた後、祈るように手にした
「そんな程度で死ぬ事は、無い」
「━━はぁ!?」
迸る紫の光と歪むような音を炸裂させながら、光紫はそのもう一人の自分を真っ向からの一瞬の斬撃で、縦一直線に斬り裂いたのだった。
その一方、緋翠と
二人の間には風が吹き荒れ、髪が揺れ靡く。
「はっ!」
暴風に対抗するように風を起こした
だが、それを目に風圧を放った黒碧娥に小さな竜巻炎はかき消され、緩んだ
「あっ!」
猛獣のような目つきで目を合わせた
撃たれた腹部と一瞬の衝撃に身を捩らせる緋翠の元に
「イヤよ!碧娥じゃないくせに!」
緋翠はへらへらと笑いながら自分に覆い被さるように乗り出してくる
「おのれ」
打たれた顔を手で押さえ、鋭く睨み付ける
怒りに任せて伸ばした両腕で押さえつけようとした次の瞬間、彼は真後ろにぶっ飛んだ。
「碧娥!」
「こいつは俺がやる。お前はあっちの自分と戦え」
仰向けのままの緋翠の前に立つ碧娥は、影の自分を睨み据える。
「ありがとう、助かった」
礼を言いながら起き上がった緋翠は跳ぶようにその場から去っていき、それを確認した碧娥は吐き捨てるように叫んだ。
「お前、勝手に俺より先に手を出すな!」
「は?それはお前が悪いんだろうが。俺が先だ」
立ち上がり、さっきの事を根に持つように叩かれた頬を何度も撫でながら陰湿な表情に変化した
「あの女には同じ‥‥いや、その何十倍もの屈辱を味わせてやらないと気が済まないんだよ」
「ふざけるな」
こいつは俺と同じ顔だが一ミリも同調できない。
都市部隊で光紫と三人で居た時からずっと一緒に行動を共にしていた緋翠。
気が強く、女らしくもないが緋色の瞳で一つのことを見つめている彼女はまるで一本花のようで、俺はそんな緋翠に惹かれていた。
からかえば散々デリカシーが無いなど言われたが、そんな彼女が自分に心を向け、真っ直ぐな眼差しで見つめながら、その温もりを感じる事を夢見ていた‥‥
だが目の前にいるこいつはそれを無造作な心で奪い、大事なものを壊そうとしている。
闘気を露わにした碧娥は流れる髪と共に大気が動くと、
「!?」
突風を吹かせながら碧娥を蹴り上げる
「ぐはぁ!」
自分と同じ攻撃をしてくる敵に碧娥は顔の痛みを感じながら、思った。
また自分の技をまともに喰らうのは流石に冗談じゃ無い。つくづく自分の強さを呪うぞ。
しかし、今俺が死ねば奴はあいつに何をするか解らない‥そんな気がかりを残せば、それこそ死に切れずこの世に出てしまうじゃないか。
「出来るか」
それは同じ技を持つ相手を倒す事が、いかに可能かとの呟きだった。
そんな彼に苛ついたのか、
「ぶつぶつとうるせぇ、死ね!」
荒々しい馬が息を吐く如く、全身で大気を漲らせる碧娥は向かってくる風圧の拳を
爆風と爆風がぶつかり合った両者の技は大きな炎霧へと変化し、その中を
だが、彼は既にそこには居ない。真っ向から立ち向かう気は無く、真横からの
「ぶぐぉぅゎ!」
全ての攻撃を浴び怯んだ
「がはぁあ!!」
真上から踵を受けて地に落ちる瞬間の黒碧娥に咆哮を上げる碧娥から大気が畝ると、とどめの
大きな爆破音と共に全身大気の連弾を受け、幾つもの風穴を作ったもう一人の碧娥の姿は、漆黒の煙となって消滅したのだった。
その頃、彼らの戦いを尻目に一目散に沙夜の元へ向かっているヒョウ。
彼はあの場所で眠ったように動かない沙夜の安否を確かめ、一刻も早く救出したかったのだ。
「あっ」
そんなヒョウの目の前に漆黒の長い髪と鞭を手にする女性‥‥
緋翠が強気だけど大人で明るい女子なのに対し、
彼は、緋翠と似て比なる姿の女性におずおずと声をかけた。
「君は緋翠の‥‥偽物なの?」
「私は本物よ。ヒョウ」
「一方が消えればそっちが居なくなるだけ。だから私は本物」
「‥‥‥」
「‥なのに‥‥」
言いながら目を閉じる
「ほんっと何言ってるの!」
聞き分けの無い子を叱咤するように打たれた漆黒の鞭はピシィ!と音がし、ヒョウは思わず丸くなって身を守る。
「うぅっ」
「人の事偽者扱いするなんて、ほんっとウザいったらないわ!」
叩きつけられた痛みと彼女の緋翠に似ているという見た目とのギャップに混乱したヒョウ。そんなヒョウを足元から見下ろす
「まあいいわ。さあ、スタルオを頂戴」
「い‥嫌だよ。誰が君なんかに」
「そうよねー」
満面の笑みで拒絶したヒョウに同調しつつも、眼前で
「さっさと貰っても、楽しめないもの!」
鋭い目つき、鋭い声色で振り上げた
「うぁーっ!」
「うふっ、うふふっ!」
「ま‥待って!」
痛みで苦しむ姿を楽しみながら鞭を討ち続ける
「君は‥‥見た目は同じなのに大違いだ」
「は?」
「本当の緋翠は‥君たちを救う一心で葵竜に会おうとしてこの星に戻ったんだ。たとえ悪の心に染まろうとしても‥‥だから‥僕の好きな人の姿で‥そんな事をするのは辞めて‥‥」
「黙れ」
またもや冷たい表情に変わる
「滅びた者となった今、例え異形となろうとも奪えるものは奪い尽くし、力を取り戻す。それが我らの輝ける術なのよ」
その一言でヒョウの言い分を抹消した
「心配しないで。スタルオを手に入れたら、こんな体も要らないからねっ」
「‥‥え?」
「私が欲しいのはあっち。沙夜を貰えば、そしたら‥星を破壊する程の壮大な力となれる‥‥私の手に入るのよ」
「やめろ、沙夜を君なんかに奪わせない!」
「なにムキになってるの?」
怒りを露わにしたヒョウ。そんな彼の心を弄ぶように
「安心してよ。今はまだ、あんたの仲間の緋翠なんだから‥‥私の味方でしょ?だから‥‥さっさと私に服従しなさいよぉお!!」
言い終わるや、
「うふふふふっ!!」
「うぁあー!」
ヒョウが叫んだ時だった‥‥ヒョウの目の前で突然、緋い一閃が走り、笑いまくる
「これ以上、ヒョウを傷付けさせないわ!」
「‥‥何よ、人の楽しみを邪魔するなんて、そっちから遊んでやるわ」
「ほらほら、さっさとやんなさいよ!」
飛び交う漆黒と緋色の鞭。緋翠は嬉々としながら襲いかかり、自分になり変わろうとする姿形が同じ女の動きをかわしながら、その動きを凝視する。
下手に攻撃に出れば互いに絡まり合う同じ武器同士、どちらが先手を打つ事が出来るか‥‥?‥‥彼女はさっきの
『だけど‥‥彼女に碧娥ほどのパワーは無い筈。見たところ、鞭先を操るには長けているけど』
「うふふ、ほらぁ!」
繰り出す漆黒の鞭先!
緋い
その部分の衣類が裂け、顕になった傷口から血が流れてくるのを手で抑える緋翠に
「ぁあーあ、互角なんて全然嘘じゃん。これじゃ私の方が強いわ」
「‥‥どうしてそう思うの?」
その物言いにきょとんとしながら尋ねる緋翠に
「んーとね、多分、あんたには殺意が足んないのよ。殺りたいっていう気持ちが無いから攻撃出来ない、チョロいのよ。
だ・か・ら・楽勝な・の」
「そう?初戦のそっちとはこなした数が違うんだけどね」
「え?」
緋翠は緋色の眼でにいっと笑う。
「黙れ、私の方が強いって言ってるじゃん!」
「いいわ、血塗れになるまで切って切って全身切り剥いて、死ぬまで楽しんであげるから!!!」
連続で放つ漆黒の鞭を次々にかわしていく緋翠は
「キャアアアァーーッ!」
最後の足掻きにヒョウの方に向かって鞭を飛ばしヒョウを捕まえ人質にしようとするも、寸前で鞭を
「手出しさせないと言った筈。これで終わりよ」
「イヤァ許して!悪気は無かったのよォ!私は只、光のある世界に行きたかっただけなのよぉ!」
全身身動きできないまま
「もう遅いわ、ヒョウを痛めつけた罰よ!!」
そう言って一気に引いた
闇の緋翠は緋い一閃で射抜かれ、絶叫とともに滅びたのだった。
「緋翠、大丈夫?」
「ええ‥‥」
心配そうにやって来たヒョウに何とか眼を向けるも、緋翠はさっき襲ってきたグリームの魂はまだ自分の体内に残って居るのに気付いていた。
『自分の姿へと変わった
「緋翠」
何かを気にしているような面持ちの緋翠にヒョウが心配そうに声をかけると、緋翠は闇を帯びる目で微笑んだ。
「言ったでしょ。ヒョウが沙夜を救うかもしれないって。スタルオはスタルオじゃないと壊れない。‥‥それまでに早く沙夜のところに行って‥‥」
するとやって来た碧娥と光紫もヒョウに言った。
「心配するな、お前は沙夜の事だけを考えろ」
やつらは俺たちが何とかする。だからさっさと行け」
「解ったよ」
意を決したヒョウはその場から離れると、墨汁の墨のように広がる魂の中を走り出した。
「沙夜ちゃん‥緋翠‥光紫、碧娥‥‥」
ヒョウは守るべく沙夜はおろか、緋翠や光紫、碧娥を想って一心不乱に走った。
すると有無を言わさず沙夜から自分目掛けてビームが照射される。
「うわぁあ!」
結界の力で近づくものを狙い攻撃するスタルオの光。
ヒョウはその追ってくるビームを一心不乱に逃げ切りながら、徐々に近づく。
「沙夜!」
ついに目前までやって来たヒョウは渾身に力を込めて沙夜を呼ぶ。
すると‥‥その声がようやく耳に届いた沙夜は、意識を取り戻すようにゆっくりと瞼を開いた。
「ヒョウ君、ここは‥‥?」
自分に置かれている状況が解らず、すました顔でヒョウを見つめる沙夜は、視界に広がる不思議な景色と、何故か自分が浮いている状況に驚いた。
「えっ、どう言う事?ヒョウ君説明して!」
「話は後だ、今すぐ行くから!」
言いながら沙夜の処に行こうとしたその時、辺りを覆っていた幾万の黒い魂が一斉にヒョウの行く方に流れ込んでいく。
「あぁっ」
視界が漆黒の煙となって覆われると、叫ぶ沙夜が輝くと反射的にヒョウは離れた。
ビュイーン!
結界が放つ放射線状の光に触れた黒い魂は沙夜の目の前で消滅していくも、命辛々避けたヒョウも近づく事が出来ない。
「ヒョウ!」
だが飛び交う魂‥‥
「う‥‥うぅっ」
次々と緋翠の中に入ってくるのは怒りや悲しみ、狂喜‥‥。幾万の悲痛な叫びだ。
その感情を受け、余りの苦しさに思わず五感を閉じると‥‥闇の魂が何かを言っているのを感じる。
‥‥緋翠は恐る恐るその闇の魂を見つめた。
‥‥何をしている‥‥我々は元に戻り‥‥新しい星を‥‥手に入れる事が出来るのだぞ‥‥早く‥‥早くあの《スタルオ》を奪え‥‥!!
どこかで聞いたような声の響きを発するどす黒い魂も、葵竜の意思通り、新しい世界に侵略する事を望んでいたのだ。
「解ってる‥‥。だけど、私はあなた達を腐ったまま存在させるつもりは無いのよ」
‥‥‥私は彼らと同じ。星を滅ぼされた者として痛いほど彼らの気持ちが解る。
拒絶するも、どこか同調する部分もあった緋翠に対し、忌々しい感情を浴びせ続ける仄暗い魂。
‥‥気に喰わん‥‥この星に戻って来た以上、貴様も仄暗い者となり、我らと同じ道へ進むのだ!!!
その声が耳に入ったと同時に、徐々に元の魂へと化していく緋翠。
このまま私も‥‥終わろうとしているのか‥‥?
‥‥苦しみながら、元はこの星の中心だった世界を見上げ、思った。
既に滅びたこの星はもう、何も無い‥‥。
なのに殺戮を繰り返した挙句、腐敗しても生きる事に執着した魂は生きていた頃と同じ‥‥次の世界を修羅の世界にしようとしている。
これが、ずっと戦いを続けてきた私たちの呪い?
彼らはこの先も、何かを得る為に無限に戦いを続けるのか‥‥?
『そうなる前に‥‥何とかして‥‥ヒョウと沙夜は元の星に戻さないと‥‥‥』
そう思いながら、失いつつある意識を必死で取り戻そうとする緋翠。すると、別の方向から呻き声が聞こえるのに気付いた。
「ぐっ‥ぐぁああ‥‥」
「光紫‥‥碧娥」
碧娥と光紫が黒い魂に耐えながら苦む姿に緋翠は目を見開いた。
同じように、ヒョウの星で化け物と共に生きる為に蘇った彼ら。
同意を求められるもそれに抵抗した私が、ヒョウの為にこの星に戻ったせいで‥‥彼らも巻き添えを受けてしまった。
‥‥‥二人も‥‥再び元の魂に戻ってしまうかもしれない事に気づいた緋翠は、心の底から後悔した。
「二人とも、本当にごめんね‥‥。私のわがままのせいで、こうなってしまった‥‥」
「ふざけるな」
泣きそうな顔の緋翠に碧娥はぶっきらぼうに声をかける。
「勝手に死ぬと決めつけるな。俺はそんなつもりは無いぞ」
碧娥は歯を食いしばりながら目を合わせずに悶え、光紫は苦しみながらも優しい眼を向ける。
「緋翠‥‥お前は、あの男との約束を守り、ヒョウをあの星へ返すのだろう?俺たちも連れて‥‥」
それを聞いた緋翠の心の中に、水面に落ちた滴が波打つように彼の事を思い出すと、ポツリと呟いた。
「‥‥そうよ」
━━私は‥‥葵竜との約束を果たすんだった。
争いを好まなかった葵竜と姉さんは、争いの世界で悲劇を産み結果的にこうなってしまった。
葵竜のやった事は悪い事だけど、苦しみの中にいた彗祥や化け物となった者達の魂を救う為の行為だった。
葵竜は‥‥彼だけは、異星界の中で体は滅んでいたけど、スタルオの力により限られた時間だけ、生きることが出来ていた。
私は哀しみを棄て、魂へと戻った彼に約束をした。彼らの魂を救うと‥‥‥。
彼らの為に涙を流す緋翠は立ち上がると‥‥葵竜や彗祥の想いを胸に感じ、走り出した。
襲い来る
「ヒョウ!!」
降り頻る放射線状の光をかわしながら叫んだ緋翠は
緋い一閃で音をたてて破壊された結界は落下しつつも、僅かなスタルオの光は乱反射ながら辺りを乱れ打ちする。
━━ははは、でかしたぞ!
聞こえる闇の魂の声、緋翠を追ってきた黒い魂は一気に広がり、沙夜目掛けて向かってゆくと、ヒョウはそれを追い払いながら交錯する乱反射を飛び跳ねて突っ走る。
「沙夜!」
ようやく沙夜のところにやって来たヒョウは、顔を近づけながら沙夜とスタルオの欠片を握った。
━━ギャァオォー!!
さっきまで乱反射していた結界は打ち消され、襲おうとする仄暗い魂もその光を浴び絶叫し、彗祥の魂が入っていた欠片を手にした沙夜に彗祥の心が入っていくと‥‥
「あぁっ!」
沙夜の中に現れた幻影、それは深い悲しみを負った彗祥だった。
闇を帯びたような彗祥の心は、沙夜の持ったスタルオの力でやがて美しい光へと変化すると、恐ろしいくらいの光が発光した。
そこにいる黒い魂達は全て白い魂へ変わっていく‥‥。
「ヒョウ、帰るわよ」
幾万の仄暗い魂から解放された緋翠は空を見上げ、その方向に渾身の力を込めて
繰り出した緋い輪が空間を突き破ると、彼らは再び異次元の世界へと吸い込まれていく。
「私たちの行くところは‥‥あっちよ」
全てのものが宙に浮き、緋翠はヒョウと沙夜を連れて
そして遥か向こうから‥‥光紫がヒョウの星に
‥‥二つの星の魂は一つの星の魂となり、彼らはここから始まろうとしている。
‥‥幾万の魂がヒョウと沙夜と共に道標のままに向かって行き‥‥そして次々と光の中へ消えていく。
緋翠はそれを見つめながら呟いた。
「‥‥姉さんもいつかは、あの星で甦る。きっと‥‥」
‥‥そう言ったと同時に緋翠は崩れ落ちた。
「緋翠‥‥?」
ヒョウは、
驚いた彼が更に振り返ると‥‥碧娥と光紫も、その光へと漂うように向かおうとしていた。
「緋翠、そんな‥‥一緒に戻るんでしょ!」
その声に無意識に顔を上げると‥‥
仲間にも弱さを見せずにずっと戦い続けてきた自分が弟のように信頼出来た‥‥違う星に住むきみの顔をみた。
「ヒョウ‥‥大丈夫よ」
緋翠はヒョウを見ながら寂しそうに微笑んだ。
そして、全てが光に包まれると‥‥緋翠はその世界に溶け込んだ。
緋翠が見たその先には━━
「‥‥葵竜‥‥」
そこに現れた青年、
星幻の葵竜の表情は笑っている。
そしてその光が消えた時、青空が広がっていた。
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