星幻の放浪者

1・眼が覚めた緋翠

緋翠がうっすらと瞳を開くと、視界には柔らかい光が一気に差し込み、新緑が広がる景色。

そしてそこに、あぐらをかいて自分の顔を覗き込んでいるヒョウ。


「ヒョウ‥‥?」


「一時はどうなるかと思ったよ。よかった、気がついて」


「私‥‥」


寝起きのまま最初何が何だか解らなかった緋翠は身を起こし、二〜三回瞬きをする。

そして今がどういう状況なのかを把握しようと考えると‥‥ここが『彗祥の夢の世界』だった事を思い出した。


自分は長い間、木に寄り掛かったままずっと眠っていた?


ヒョウは気がついた緋翠に安心したようだが、緋翠の頭の中はまだ夢と現実が混濁し、朦朧としていた。

そして、おぼろげにこの世界での記憶を探ってみると━━。

彼女はふと、ヒョウに疑問を投げかけた。


「いつからここにいるの?」


きょとんと見つめる緋翠に、ヒョウはこの澄んだ世界の中、緊張感の無い顔で笑った。


「俺もこの場所に無事来れる事が出来たんだ。そりゃあ、最初はこの森で迷ったよ。緋翠を見つけた時は気を失ってたけど‥‥それから君を守る為にずっとさ」


相変わらずの調子に思わず微笑もうとしたが、眼が覚めてからも緋翠の心の中は何故か暗かった。

緋翠の脳裏にはまだ記憶の断片が幾つか━━死んだ筈の過去と、自分の姿が残像のように浮かんでいる。


‥私‥‥ずっとあの夢を見ていたのね‥‥。


その過去の出来事は夢の中とはいえ、自分には重く悲しいものである。

ヒョウはそんな自分に心配するが、自分が今まで隠してきた心の中を他人の彼には理解できないと思い、その胸の内を彼に言うことはしなかった。


「緋翠、葵竜あいつと沙夜ちゃんを捜しに行こう」


そんな緋翠にヒョウが元気付けるように声をかける。


「俺、あのから聞いたんだ。緋翠のことを」


「‥‥二人?」


その言葉に声を上げた緋翠は、視線をヒョウから周囲の景色に移した。

よく見ると‥‥今まで気付いていなかったが、奥の景色の両端にそれぞれ黒い影が居るではないか。


‥‥銅像のように気配を消していた碧娥は緋翠を睨み付けると、重い表情で口を開いた。


「お前、起きたのならいい加減気が付け」


「‥‥えぇ!?」


何でこの二人まで座って居るの!?

そういえば‥‥!

緋翠は半分混乱しながらも気を失う前に碧娥と戦っていたことを思い出し、危機感を感じてとっさに手元に置いてあった鞭竿ウィップ・ロッドに手を伸ばす。

起き上がり鞭竿ウィップ・ロッドを構えた緋翠に碧娥と光紫も立ち上がると、慌てたヒョウが止めに入った。


「ま、待って、取り敢えずバトルはしないで!!」


叫びながら間に入るヒョウに三人の動きが止まると、彼はその真ん中で緊張感の無い顔になる。


「あ〜緋翠、二人とも本気で緋翠と闘う気なんて無いよ。俺。ずっと彼らと一緒だったんだ」


「ちょっと待ってよ、なんか話が飛んでない?解るように説明して!」


「そうだな、取り敢えずお前がキレたところからだな」


どういう状況なのか判断がつかず握り拳を額に悩むそぶりを見せる緋翠に、碧娥が憎々しげにヒョウを睨みつける。


「元々はこいつのせいだぞ。こいつがスタルオを投げてお前がぶっ倒れたのが原因でこうなったのだ。なのに光紫はこいつに加担した挙句こいつを手懐けないと緋翠おまえに睨まれると言う。仕方なしに俺は、光紫とここで何もせずに座していたんだぞ!」


指差しながら捲し立てる碧娥にヒョウは何かを思い出すようにぼそっと呟く。


「本当にへそまがりだなあ‥‥さっきは緋翠の事、何か言っていたのになあ‥‥」


「黙れ、お前殺すぞ!」


「‥‥どうでもいい。緋翠も起きたしそろそろ現実の話をするぞ」


二人のやりとりを無表情で眺めながら一行で終わらせた光紫に緋翠が真面目な表情に変わる。


「‥‥‥解ってる。早く葵竜を探さないといけない」


「いつ迄もこの平和な夢の世界に居る訳にはいかないからな」


「その、葵竜の目的についてだが」


静かに見つめる光紫は考察を始める。


「こういう事であろう。元々は彗祥の魂を《スタルオ》に閉じ込める為であった。それで彼女の真の心が存在する『彗祥の夢の世界』がここにある。


そして葵竜はグリームが滅亡した後、無数の魂をヒョウの星に放つ事を考える。

葵竜かれはスタルオを通し、彗祥と亡き鉄の星グリームの亡霊の為の創設者クリエーターとなろうとしたのだ」


「要するに、葵竜あいつ蜘蛛の糸の上スタルオで全てを操っているって訳か」


「生き返った俺たちも同じだ」


口を挟んだ碧娥の言葉に光紫は更に続ける。


「‥‥何故俺たちは蘇ったのか?それは化け物と共に生かす為だ。

‥‥死んだ魂と永遠の血を望むも、それを滅ぼすも‥‥俺たちだけは何方どちらの選択も選べられる。

葵竜かれはそんな俺たちに仄暗い者グリームを任せたのだろう。

滅んだ者たちの魂が化け物と化し、その場所で存続出来る世界へと変えようとする為に」


「じゃあ、私たちは」


葵竜を通じここに来た。それは、知る由も無かったことだが、偶然では無かったかも知れない。


「‥‥だが緋翠、お前にはそれが出来ない。お前はヒョウの為に仄暗い者グリームとなった化け物を倒そうとしている」


「それは」


緋翠はそんなの事を見つめた。


「二人も同じでしょ?私たち、結局何も変わって無いじゃない」


自分の目の前には、同じ世界で果てた光紫と碧娥がいる。そのことに緋翠は、奇妙だと思うと同時に、なぜか安堵していた‥‥。

そして‥‥自分とは別の世界の少年が、自分たちを繋いでいるのかと思った。


「でもさ」


その中に入りたそうなヒョウが緋翠を見る。


「俺は緋翠とは無関係な人だけど‥‥君とは友達だよね」


なにげなく言うヒョウに、緋翠は優しい眼を向けた。


「う〜ん、ヒョウは、どっちかというと弟ね」


『私も‥見ていたのよ‥昔の夢を‥』


そう心の中で言った後、碧娥と光紫の方を向いた。


「でも、私は二人とはこのまま仲良くしないわよ」


緋翠は、緋色の眼を向けると、暗い過去を吹っ切るように笑みを浮かべた。


「葵竜と化け物グリームが何をしようとも、私はあらがってやるわ」


いきなりの緋翠の公言を皆がじっと聞いた後、ヒョウが


「君が元気を取り戻したので安心したよ」と笑うと、光紫と碧娥の方を向いた。


「お前の好きにするがいい」


光紫の表情は無表情だがどこか優しさがある。


「別に敵でも味方でも構わないが、とにかく俺の前から消えるな」


「解ってる」


碧娥のぶっきらぼうな言葉にも弾けるような笑顔を見せる緋翠。

ヒョウはやっぱりこの三人は仲が良いんだ、と思った。

そんな彼女たちは、この世界の束の間の安寧から別れを告げようとしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る