1−3 回想・グリームの街(下)

光紫はそう言ってあとは多く語らない。黒紫色の目と髪で端正な面持ちの黙ったままの方が多い彼は、どこか無骨で楽観的な碧娥とは対照的で冷淡に見えるが悪気は感じられず、どこか言い難い魅力があった。


「何言ってるの光紫!」


そんな彼の雰囲気もお構い無しの蘭とした緋色の瞳の緋翠の勢いに二人の男は押され、更に凄んでくる。


「敵意を向けるのはだけど、物騒なこの部隊なかの人たちももっと思いやりを持たないと、凶暴なと同じように見られるのよ、か弱い人とか!」


『‥凶暴‥‥どっちが?』


『‥か弱い‥‥誰がだ?』


‥‥光紫と碧娥は視線を互いに向けながら、目だけで会話を交わし意思を疎通させる。


それはこっちの言葉セリフだと思うのだが‥‥


こんな三人は気も合わず話も噛み合わないものの、光紫と碧娥の二人は後から部隊に入ってきた緋翠の訓練に黙って相手をしてあげ、そのお陰で彼女は同等になれるまでに上達したのだ。

時折喧嘩はあっても嫌悪のような悪意は持たず、同士という立場で対等に話し合える間柄だった。

端では、緋翠達のやりとりにきょとんとした顔で見ていた葵竜と彗祥‥‥

そんな光景に、誰かが声をかけてきた。


「楽しそうじゃないか」


入ってきた男達に皆その方を向くと、現れたのは火是と、続いて刃灰はくいという男だった。

戦いの緊張感を持ちつつどこか明朗な雰囲気を持つ火是と、鍛え抜かれたシャープな体型のわりには爬虫類のような面持ちの刃灰。


━━緋翠はこの年上達の中でも、自分に武器の扱いを教えてくれた火是は嫌いではなかったが、この刃灰という男が好きでは無かった。


計算高い彼のやり方は極めて残忍で、それまでの横暴な都市部隊は彼が指示をしていのだ。

葵竜が来てからはになったものの、彼はそれに一見従うように見え、内心何を考えているのか解らない。


それでも、彼も仲間である事には変わらないのだが‥‥


「その、敵意を向ける奴らを今から相手にするぜ」


そう言いながら隅っこの瓦礫の椅子に腰を下ろす火是に、戦いが始まるのだと認識した緋翠は悲しい気持ちに変わり碧娥達に突っかかるのを止めた。


「あーあ、本当ほんっとあいつら、いい加減いつになったらここを襲うのを止めてくれるの?」


緋翠が空に向かって異凶徒に対し不満をこぼすと、そこへ刃灰が口を挟んできた。


「ならば教えてやろう。奴らが何故この街を襲うのか」


「何なんだ?」


勿体ぶった刃灰に興味を持った碧娥が尋ねる。


「それは燈台の《スタルオ》のことだ」


「スタルオ?あの、街の一番高い燈台のてっぺんにある、石の飾りの事か」


「そうだ」


「あんなものが一体何になる?金になるとかか?」


「それもある‥‥しかし、理由はもう一つある」


そう言った刃灰はこんな話をした。


━━何故、この街は日が射さないのか!それは人工の衛星都市であるこのグリームは《スタルオ》という石が世界を照らしているのだが、その中心にある《スタルオ》に向かって聳え建つ燈台があるのだ。


それは花のような飾りが施され、街のシンボルとして輝いているその場所にも、星の中心にある《スタルオ》と同じ石が輝いているのだが‥‥


彼らはその《スタルオ》という石を狙う為に、この場所を通過したいらしい‥‥と刃灰は謎めくように締めくくると、黙って聞いていた火是が射るような眼つきで笑う。


「馬鹿げた話じゃないか。奴ら、あんな石ころに興味があったとはな」


街を攻撃し暴虐を繰り返す異狂徒を阻止する為に対立してきた都市部隊の火是は、彼等の意図を知ってか苦笑いする他なかった。


「理由はどうであれ、それって街どころか星の問題じゃない。冗談じゃないわ」


睨むような眼で異狂徒を非難する緋翠のあとに、更に碧娥が思案するような顔になる。


「それに、燈台とはいえあれに辿り付くなんて相当な距離だぞ。そう簡単に奪えないだろうが」


「‥‥それはどうかな?」


それを聞いて含み笑う刃灰の声が変わる。


「そんなものはどうとでもなる‥‥破滅を作ってまで手に入れたい壮大な力‥‥奴らはそれを成し遂げようとしているのだぞ‥‥‥俺がにいる限りは不可能だろうがなぁ」


異狂徒に同調するような刃灰の、爬虫類が夢見るようなその表情が面白い程不快といったら無く、緋翠は思わず怒りが湧き上るも光紫が無言でそれを制止させた。


すると葵竜がこの場に合わない風のように爽やかな笑顔でぽつりと言った。


「手に負えないような力を持ったって無意味だ‥‥俺はあの光と共にこの街に普通にいれればそれで十分なのに」


その言葉で皆が葵竜を見る。


「戦いなんて、早くどうでも良くなって欲しいよ」


穏やかに言われた火是の表情が変わり、思わず笑った。


「‥‥そうだな」


葵竜の柔らかく優しい表情は火是だけでなく、緋翠のそれまでの怒りや悲しみまでも和らぎ、安心してしまう。

都市部隊の中では火是達の猛獣使いとなり、街では人を寄せ集める葵竜。

荒された街での二人は街を照らす存在であり、緋翠にとっても葵竜は理想の存在だった。


緋翠は時々、彼に対して妙な気持ちを感じるも‥‥しかしそれは姉さんと居るから‥‥

優しい月と太陽のような存在の二人が一緒だから、葵竜は色んな人の心を包み込む存在でいるのかもしれない。

それを決して壊したくは無く、姉とその恋人の妹である自分は二人を守る為に戦うと決めていた。



天聳える燈台へと向かう異凶徒の群れ、

誰が建てたのかは不明だが、神聖な空気を漂わせている輝きを背に、‥‥彼らは、戦いに向かった。


戦場の空は炎が飛び舞い、街には戦火が燃え広がるが、グリームの星の太陽とも言える《スタルオ》へと通ずる燈には及ばず。


それでも彼らは闘い続ける‥‥


緋翠の話はそこで終わった。

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