2-3 「手」

土の中から生え出て来た「手」‥‥ヒョウも仄暗い光グリームも思わずその「手」を凝視した。


その手は、なんと動いてる。

掌から痙攣しながら伸ばした指先は当たりを探るように一瞬止まると、今、まさにヒョウを喰おうとしていた仄暗い光グリームの足首を一瞬で掴み、その動きを制止させたのだ。


「ギィィイュァアアァアァ‥‥!」


掴んだ手は軋む音と共にじわじわと締め付け、仄暗い光グリームは何が起きたか解らない状態で叫び声を上げる。

そのお陰で顔を付き合わせていたヒョウの体の束縛が若干緩み、隙を見て離れた彼は仄暗い光グリームから逃げる事が出来た。

だが、苦しむ仄暗い光グリームの呻き声と、同時に別の唸る声が吐くように聞こえるとヒョウの表情まで凍りついていき‥‥


次の瞬間、大きく起伏したその場所から土と体が、一気に這い上がった。


立ち上がったのは「人」だった。

ズボンは履いているが上半身は裸。全身鍛え抜かれた体をし、長身で腰まである長い髪を靡かせるその男は、一見無骨ではあるが躍動的で、仄暗い光グリームと同じ位異様な雰囲気を放っている。

まるで死んでいた人間が目を覚ましたように、暗闇の空に立ち上がった男は低い声を吐き、荒く身震いするとヒョウと仄暗い光グリームを凄まじい顔で睨んだ。


「がぁーーーーーーー!!」


野獣のような声を上げるなり空の大気がその男に集まるように旋回し、渾身の「氣」を込めて仄暗い光グリームに拳を打ち込んだ。


「うゎあぁーーー!」


爆音が響いたと同時に仄暗い光グリームは一撃で破裂し、ヒョウは砂埃で視界が見えないままにその風圧で数十メートル吹き飛ばされた。


‥‥暫くし、視界が見えるようになった辺りは静けさを取り戻す。興奮状態だった男は、心なしか落ち着きを取り戻した様子で、視線を化け物グリームの死骸から周囲に向けた。


「‥‥ここはどこだ‥‥」


我に帰ったように呟くと、彼の前にあの「青年」が姿を現した。


半透明な姿は闇の中で、滴のように響く声を出した。


「久しぶりだな、碧娥へきが


「お前は‥‥葵竜きろう!」


二人はお互いを名前で呼んだ。異形の目をし、どこか人間離れした二人だったが、葵竜という青年は殊更ことさら幻影のように妖しかった。


碧娥という男は葵竜という男に聞いた。


「あの時、俺たちは皆死んだ筈だ。どうせお前の仕業だろう」


「魔法だよ。《スタルオ》に我が故郷を滅ぼされた思いを念じ、我々はこの星に来た。

‥‥新しい世界を作る為、お前もこの化け物グリームを従えてこの世界を死滅させるか」


葵竜にそう言われて碧娥はぶっきらぼうに答えた。


「勝手に決めるな。ということは、あの二人はどうなった‥‥それに彗祥すいしょうは‥‥?」


「彗祥は眠り続けている」


彼の眼はあくまで変わらなかった。


「彼女の夢は、体の中を蛇が通り、虫の死骸の道を歩いている」


━━彼は何を思ってそう言ったのか?‥‥碧娥は内心そう思いつつ、何か言おうとしたが、


「せめて、一緒に夜の道を歩こうと思う‥‥」


と言うと、葵竜は闇の中にまた姿を消した。


一方、爆風に飛ばされたヒョウは意識を取り戻すと体を起こし、擦り切れたジャンパーを眺めつつ、自分の状態を確認した。

ヘルメットを装備していたお陰で体は若干痛むものの、体は動く事ができる。

辺りを見渡し、とりあえずバイクを見つける事が出来た。


さっきの男から随分離れているし、今のうちバイクのところまで行ってこの場所から逃げよう。

‥‥そう思ったその時、


「おい、そこのヘルメット‥‥」


と女の声で誰かが呼んだ。

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