━━passage(通路)1

緋翠は湖の方へと歩くと、その岸辺からこの世界を感じた。

ここは初めて私が来た場所だ。姉の彗祥の様々な想いの世界━━


姉さん‥‥私、行かなきゃならない。


蜃気楼の彼方に揺らめくを見つめながら想いに馳せていると、緋翠を追ってきたヒョウが隣に立つ。


「緋翠‥‥ここには沙夜は居ないのかな?」


「ヒョウ」


寂しそうに呟くヒョウに緋翠は心配そうに声を掛ける。


「沙夜はここには居なかった。‥‥けど、私たちはこの場所を通って来たのだから、どこかに繋がってる。必ず会える筈よ」


「そうだね。‥‥でも、沙夜はあの時も‥‥に襲わそうになっていたんだ。今頃、こんな綺麗な場所じゃなくて化け物だらけの所に居るんじゃ‥‥」


スタルオの欠片を手にしながら不安な顔のヒョウに、緋翠はいくら何でも葵竜がそんな事はしないだろう‥‥と思いつつ、不安に苛まれる。すると光紫と碧娥も現れると、


「それは言い切れなくもない」


「えっ」


いきなり否定的な光紫にヒョウが驚く。


「どういう事だ?光紫よ、解るように言ってくれ」


碧娥が気難しい顔をしながら尋ねると、彼は説明を始めた。


「沙夜が消えた時を思い出せ。彼女は学校で緋翠にスタルオを手放したのを期に仄暗い者グリームから狙われるようになったであろう」


「‥‥あの時、葵竜は沙夜を彗祥の変わりだと言っていたけど」


仄暗い者グリームは、沙夜が葵竜から《スタルオ》の欠片を渡され、その力を彗祥から継承した《スタルオ》だと意味している。その為に沙夜を襲い、奪う事でその《スタルオ》の力を手に入れるつもりなのだ」


「そんな‥‥仄暗い者アイツら、葵竜のお陰でヒョウの星に来たんだから、しもべみたいなものでしょ?」


「化け物だけに理性は無いからな。放った野犬にも噛まれる不安とはこのことか」


緋翠は怪訝な顔で言い返すも、碧娥の意味のよく解らない例えにあえて無視して話を続ける。


「それで葵竜は‥‥スタルオの力を持つ沙夜を、違う場所へ移したっていう事なの?」


「そうかもしれない」


「‥‥じゃあ、葵竜は沙夜を何処へ連れて行ったのだろう?」


問いかけるヒョウの疑問に光紫は静かに答えた。


「多分、にだろう」


「それって‥‥まさか」


思い当たる節がある三人は思わず顔を見合わせた。

何かを考えた緋翠は果てしなく続く幻想の森を見渡した後、ヒョウにこう言った。


「ヒョウ‥‥一緒に行こう」


ヒョウの顔を見つめる緋翠の顔はあくまでも優しかった。


「私は沙夜を見つける為に場所に戻る。‥‥姉さんにも、街の人にも何も出来ず守れなかった私の星グリームに」


「いや、それは皆んなそうだよ‥‥そんな状況だったなら」


ヒョウは苦笑いしつつ、三人を見るとあっけらかんとした顔で言う。


「でも、俺達の星が、緋翠達のもう一つの故郷になればいいと思っている。葵竜に会ったら‥‥帰ろう」


「ヒョウ‥‥」


緋翠は、ヒョウの顔を見たまま胸が詰まると、彼と沙夜は無事で生きて欲しいと思った。

そんな彼に緋翠は更に何かに気づいたように、言葉を言う。


「ひょっとすると‥‥何か出来るのって、ヒョウと沙夜かもしれないけどね」


「えっ!?」


「沙夜を見つけたら、ヒョウが助けてあげて」


「で、でも、どうやって?」


ヒョウは全く意味が解らなかったが手に持っていたスタルオの欠片を握ると眼を閉じた。



『お願い、姉さん‥‥葵竜に会わせて』



そう願った緋翠は一瞬で表情が変わると彼の腕を掴み、辺りは急に白く輝く。


「緋翠、また会おう」


「へっ!?」


光の霧の中にぼやけていく中で、緋翠と呆然としたヒョウに碧娥と光紫が背を向けながら笑うと、彼らの姿は彗祥の夢と共に消えていった━━。





その視界は一瞬何も見えなくなると、一点に集中するように遥か遠くに離れていき━━、


一気に白い世界は闇へ変わっていく‥‥。


そして足元から一気に落ちるような感覚から‥‥ヒョウは自分が生きているように感じられない無重力に、恐怖と苦しさで思わず絶叫した。


「うあぁああああーー!!」


「黙れ!!」


彼らはまるで、人間業ではない速さで一直線に流れる。

緋翠の後からヒョウがついていき、その先に光紫と碧娥がいる。



「こ‥‥これは宇宙ではない?」


「ここは、異次元の道‥‥‥。ここから私はヒョウの星に来たの」


そんな空間を突き抜けていたその時、ヒョウは何かに気づいた。


「な‥‥何だ?闇から‥‥‥‥!」


遥か先、暗闇から何かが光ると、何かが息もつかないスピードで向かってくる。


「あぁーーっ!!」


それは化け物の如き発狂する亡霊の魂だった。彗祥の夢の、この世界自体何かが水瓶が溢れ出すように広がっていくと、異界に降り注ぐ不気味な星のように無数の魂は巨大化していく。


死してなお、不滅の魂を持つ腐敗の仄暗い者グリームは彼ら同様、蘇えろうとしている。


「ど、どうする、緋翠!?」


必死の表情でそう聞いたヒョウに、緋翠は鞭竿ウィップ・ロッドを引き抜いた。


「当然、葵竜の世界を壊すわよ」


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