校下編

1−1 休息

緋翠の星の話を聞き終わったばかりのヒョウは、彼女達と自分が見た彼らとの相違を感じていた。


緋翠たちの住んでいた場所が悪い奴らに狙われて戦っていたのは解った。だが、あの化け物といつから成り変わったんだ?


それに‥‥光紫と碧娥の二人は敵でも無いのに再会した途端狂気のようなバトルを繰り広げたし、その上彗祥という優しかった緋翠の姉さんが魂の化け物と共闘して緋翠を殺そうとした。

その印象が強過ぎて‥‥ではなかったと言われても些か信じがたいし‥‥


更にあの葵竜が‥‥その化け物や緋翠達を使い地球を占領しに来たくせに、そんなに悪い人間でもないらしく‥‥‥何だかよく解らない。


「そういえば、緋翠達って蘇ったと言ってたけど‥‥」


ヒョウは思い出したように後ろの緋翠に声をかけると、当たり障り無い軽い感じで尋ねた。


「あの碧娥って人、土の中から出てきたんだよ」


「‥‥‥」


「まるで化け物みたいでさ、最初見た時は死ぬ程驚いたなぁ」


「そう、化け物ね」


愛想笑いのヒョウに緋翠はしれっと返す。


「だって同じようなものだもん」


‥‥えっ!?


ヒョウは思わず振り返って緋翠の顔を見る。


「葵竜はどうなのか知らないけど」


「‥‥それって、緋翠も‥‥‥‥」


ヘルメットごしに目が合う緋翠の顔が、妖しく笑う。


‥‥化け物‥‥!?ヒョウの顔が引きつった。


あの時見た彼らは末恐ろしい感じはしたけど、化け物と同格って‥‥

宇宙人(自分から見たら)だから、良いのか!?


焦りながら前方に向き直るヒョウは必死で平常心を保とうとする。


会ったばかりの自分に全てを話すことは無いのは解っているけど‥‥彼らはこの星に来るまでに何かあったのは丸解りだ。


でも‥‥


ヒョウは後ろの緋翠に意識しながら思った。


これまで自分の住む場所のために戦ってきた彼女だけど、目の前の緋翠は俺にも明るく接してくれて、どこか前向きなように感じる‥‥それは何故だろう?

‥‥‥ヒョウの謎がもう一つ増えた。



あの化け物グリーム達は緋翠達が倒してからは今のところ見なかったので、取り敢えず帰宅する。


ヒョウの家は普通の一軒家で、そこに緋翠を招き入れた。

傷だらけの緋翠の姿に父は最初驚いたけど、緋翠の性格で快く迎え入れ、ヒョウの母が彼女の傷の手当てをした後、風呂も沸かしてくれた。


緋翠は浴室に入り、シャワーで全身を洗い流す。

熱いお湯が陶器のような、張りのある滑らかな体を伝うのを感じ‥‥髪と体を洗った後湯気が上がる温かいお風呂に足を入れる。

湯船に浸かりながら、両手で何度も掬っては掌からこぼれ落ちるお湯をぼんやりと見つめる。

束の間の安堵と共に‥違う世界の中に居るという状況に複雑な気持ちでそれまでの経緯を思い浮かべ‥‥目の下まで沈むのだった。



「緋翠、終わったらご飯たべよう」


風呂から上がり脱衣所で着替えた緋翠。家にあった大きめのTシャツとスェットを借りて身につけている。髪を乾かし、髪を梳いている途中にヒョウに声をかけられ、夕飯もご馳走になる。


食卓に並べられたのは、皿に盛られた二色の料理。食欲を誘う芳香なスパイスの匂いが漂い、トッピングは唐揚げ、サラダもついている。


「ヒョウ、これは何?」


「これはカレーだよ」


初めて見る料理に最初は驚いていたけど、ヒョウの母が作った家庭ならではのカレーを美味しそうに食べる緋翠。


「少し辛いけど美味しいわ。幾らでもいける」


「そうなんだよ。化け物に占領されたら、これが食べれなくなるから‥」


「そうね。ごめんねヒョウ」


緋翠の顔が微笑みながらも神妙になると、逆にヒョウの方が悪いことをしたように慌てる。


「緋翠は何も悪くないじゃない‥‥あ、明日学校が終わったあと、沙夜に会わせるから。今日はゆっくり休んでよ」


そう言いつつヒョウはカレーを食べながら思案する。

あの葵竜という男とスタルオという石‥昨日は宇宙人が出たと学校内で騒いでいたけど、実際そういう話をしたらまともに取り合ってくれないどころか挙句の果てにまた噂される可能性が高い。

だけど沙夜だったら‥‥あの日二人は一緒だったのでその話や緋翠の事を話しても大丈夫だろう。


その後彼女は母親の部屋で眠ったらしい。

学校の皆んなと沙夜が無事だったらいいのだけど‥‥

ヒョウはそう願いつつ、ひょっとしたらこれは夢落ちで、明日になれば普通の日常に戻るかもしれない‥‥と淡い期待を込めて眠りについた。



次の日、起床したヒョウ。窓から朝の空を寝ぼけまなこで見ながら平凡な朝を迎える。

すると部屋の襖が開いた。


「ヒョウ」


現れた緋翠にヒョウは思わず布団で体を覆い隠す。


「‥おはよう。早いんだね」


「ええ、武器の手入れをしてたの。お母さんがまだ起きてこないから呼びに来たのよ」


溌剌とした笑みにヒョウは狼狽えながら言う。


「解った。今行くよ」


緋翠が出ていくと、布団を被りながらやっぱり夢じゃなかったんだ、と一人呟いた。

姉のような緋翠の事は好きだけど‥‥家に居る彼女を目にし、やっぱり葵竜あの男や化け物は現実に居たのだと実感する。


学校に行く身支度を済ませ、朝食を食べながら緋翠に午後から学校で会う約束をすると、家を出た。


「ヒョーウ!」


学校へ行く途中、通学路でヒョウの友達の大一と信二がやって来る。


「ヒョウ、聞いたか?」


「何があったんだ?」


追いつくなり話題を振ってくる二人にヒョウは取り敢えず聞いてみると、信二はいつもより高いテンションで話しだす。


「なんか、世間では怪しい事件が広まってるんだぜ」


話によると、街では喰い荒らされた変死体がそこらじゅうに出たという。

予想通りの内容だったが、それでも星のように降り注いだ魂や仄暗い者グリームの事は聞かず、謎の出来事となっていた。


それは緋翠達が喰い止めたからなのか?と思ったヒョウは、二人とも何事もなくて良かったと安心すると、素知らぬ顔で聞いてみた。


「沙夜ちゃんを見なかった?」


「えっ?まだ見てないよ」


「学校行ったら会えるんじゃない?」


顔を見合わせた二人を置いて早足で向かうヒョウ。玄関から校舎へ、大勢の生徒達を見渡しながら歩いていく。

その中から教室へと向かう沙夜を見つけると、ヒョウは叫んだ。


「おーい!」


ヒョウの声で振り返る沙夜は、向かってくる人の波から手を振るヒョウの姿を目にし、後ろに結んだ髪を揺らしながら人の流れを逆走する。


「ヒョウ君、無事だったのね!」


飛び込むようにヒョウに接近して来た沙夜は安心したように微笑む。


「君こそ家に帰れたのか心配だったんだよ‥‥ところで」


ヒョウは内心嬉しくも顔には出さず、真顔で尋ねる。


「‥‥男から貰った石、どうした?」


「持ってるけど、何か解ったの?」


ぱっと沙夜の表情が変わると授業のチャイムが鳴り、皆んなが教室に入っていく。それにつられ駆け込むヒョウは去り際に伝えた。


「それなら放課後、話出来る?「信念」で」




普通に授業は終わり放課後、ヒョウは沙夜との待ち合わせ場所に向かう。


「何でお前らも来るんだよ」


何故か野次馬根性全開でヒョウの後を追う信二と大全。ヒョウは追い払うそぶりで手を振ると、ニヤつきながらついて来る。


「だって‥‥二人でドライブに行ったなんて初耳だよ。いつからなんだ?」


「そんなんじゃないって‥ていうか、二人で会う訳じゃ無いし、邪魔するなよ」


「解ってるって!俺たちずっと昔からの仲だからさ、色んな事教えてやろうと思ってるんだぜ‥昔三人で自転車乗ってた時、かっ飛ばし過ぎて一人田んぼに突っ込んだ事とか」


「やめろ!」


騒ぎながら校舎を出ると玄関脇の小庭のような場所に銅像が建っていた。見上げながら右手を天に掲げ、左手を胸に当てた彫刻の裸像は台座のプレートに「信念」と書かれ、由緒正しいものである。

その横で沙夜が待っていた。


「ヒョウ君、話って何?」


「実は‥‥」


すると、どこで待っていたかヒョウの隣りに緋翠が突然現れる。


「こんにちは」


愛想よく微笑む緋翠はどこかで買って着替えたクロックドへそ出しカットソーにデニムのミニスカート。腰には緋い鞭竿ウィップ・ロッドが巻きついている。(お代はヒョウのツケとして彼の両親から頂いたらしい)


気づいた三人は初めて見る女性にちょっと驚いた。


「ヒョウ‥‥その人は?」


緋翠は明るい表情で三人を見つめると、ヒョウは飄々ひょうひょうとした顔で紹介する。


「彼女?俺の姉さん」


「えっ?そうなの?」


びっくりする沙夜に緋翠はにっこりと笑う。


「緋子です。始めまして」


思わず信じかける沙夜に、昔からヒョウを知っている信二はありえないという顔で突っ込んだ。


「聞いた事ないぞ!」


全力で否定する彼らに緋翠は明るく自己紹介する。


「それは冗談だけど、私の名は緋翠、ヒョウの友達よ」


そして緋翠はヒョウの両親にお礼を言って家を出たのだと告げると、沙夜の方を向いて話を切り出した。


「実は沙夜に話があるの」


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