第8話 四年後のパラレルワールド?

「にげないで、ちゃんとみて!」


 彼女は両手で僕の顔をつかまえて、グイッと自分のほうに向き直らせた。


「ホラ、ひなだよ、日向ひなたあおいだよ?」

「うわ、わ……!」


 はなはながくっつきそうなほどの超至近距離で向かい合う僕たち。

 興奮しすぎて頭がパンクしそうだ。

 ちなみにホラと言われても近すぎて、かえってよく見えなかった。


「話が進みません離れてください葵。

 発情するのは夜だけで十分でしょう」


 ミドリコが無礼千万なことを言いながら僕たちを引きはがした。

 そして僕に話を向ける。


融通ゆうづうのきかない貴方にもご理解いただけるよう、段階的に情報を開示いたしますのでご静聴せいちょうください。

 よろしいですか? よろしいですね?」


 まばたき一つせずにジーッと見つめられる。怖い。


「ど、どうぞ」


 なんだか背筋が寒くなってきたので素直にうなずいてしまった。


「このメス猿はまぎれもなく日向葵です。

 こちらの世界の日向葵と『ほぼ』同一の存在だと断定してしまっても、『実質的に』問題はないものと思われます」

「ほぼ?」

「はい。

 現在この場は貴方にとっては『現在』でありましょうが、我々にとっては『四年前の世界』なのです。

 それは理解できますか?」


 僕はうなずく。

 もちろんそのくらいの『設定』は察している。


「しかしこの世界に存在する葵と、ここにいる葵の四年前の姿が、完全無欠な意味で同じとは断言できないのです。

 もしかしたら体脂肪が十キログラム多かったかもしれません。

 胸囲が五センチ小さかったかもしれません」


「なんで体重がおもいのに胸がちいさいのよ!」


 四年後のひなちゃん(仮)が激しくツッコミをいれた。

 しかし緑髪は動じない。


「例えば、の話です。

 身長が一メートルだったかもしれません、二メートルだったかもしれません。

 体重が二十キロだったかもしれません、百キロだったかもしれません。

 貯金がゼロ円だったかもしれません、百万円あったかもしれません。

 すべてが仮定の話であるからにはどのような条件であったとしてもそれは……」

「わかった、わるかったごめん、話をつづけて」


 四年後のひなちゃん(仮)は相手の口数の多さにうんざりして、あっさり降参した。

 それにしても嫌味たっぷりでよくしゃべるロボットだ、首だけの姿を見ていなければ人間だとしか思えない。

 それはさておき、緑髪の人型ロボットが語る話は、ちょっと予想していなかった方向へ走りだした。


「葵は頭が悪いので先ほど『未来からきた』と不正確な説明をしました。

 正確にはこの世界の四年後ではありません。

『時間が約四年ずれている別の世界』からまいりました」


「……なんか違うのそれ?」


「パラレルワールドです。

 合わせ鏡の向こう側に存在する別次元の世界です。

 こちらの世界にもよく似た別世界を冒険する物語が存在しているでしょう。

 男が女に入れ替わっていたり、魔法や超能力を使う世界になっていたりする物語が存在しているのではありませんか?」


 ……なんだか別方向のうさん臭さがただよってきたな。


「同じような世界なのに環境が違う。

 これらはいわば『横』にならんだパラレルワールドなのです。

 このわたくしと葵は、時間が約四年ずれている『縦』にならんだパラレルワールドから参りました」


 SFだと思っていたらファンタジーみたいなことも言いだした。


「こちらの世界に着いてすぐ確認しましたが、我々の世界の四年前とほぼ変わりありません。

 深刻な差異はない可能性が高いという計算結果が出ましたので、予定通り貴方のお宅を訪問したというわけです」

「へ、へええ」


 訪問って、僕が家の中に入れたわけじゃないんだけどね。

 この人たちが勝手に入っただけなんだけどね。


「というわけで、これからよろしくねユウさん!」


 四年後のひなちゃん(仮)が僕の右腕に抱きついてきた。

 む、胸が……、温もりが……、匂いが……!

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