第30話 突然襲われるブラックアウトの恐怖

 僕の鏡界きょうかいでは活気にちていた駅前商店街なのに、すべてシャッターがおりて閉店していた。

 どれも外装がいそう劣化れっかしてボロボロなところを見ると、完全に廃業はいぎょうしてしまっている。


 街をゆく人々も疲れた顔をいたんだ衣服でつつみ、背中を丸めて歩いている。

 ちょっと表通りからはずれた道をのぞいてみると、悪臭ただようホームレスの巣に変わり果てていた。

 これはいわゆる暗黒社会ディストピアだ。

 恐ろしいほど明確に世の中が壊れている。


 ここは日本じゃない、別の国だよ!


 僕は衝動しょうどう的にそう思った。

 そしてこの激情が僕なりの愛国心からくるものだと気づく。


 違うと思ったんじゃない。

 違うと思いたかったんだ。


 日本はもっとましな国だったはずだ。

 こんなしぼりカスの廃棄はいきゴミみたいな状況、とても受け入れられないよ。

 つらい気分にひたりながら街を見ていると、通りの奥からなにやら騒がしい声が近づいてきた。


「不平等を是正ぜせいしろ!」

「政府は国民主権の原則を守れ!」

「WE WANT TO JOB(私たちに職を)!」


 楽園のような特別エリアの外側で、大勢おおぜいの大人たちがプラカードをかかげて行進している。

 労働者デモってやつだ。

 実際に見るのははじめてだな。


 彼らはゲート付近を警護している軍服姿の外国人の前で、大声をあげてうったえている。

 無言無表情で直立している軍人さんたちは、見た目も服も日本人とは思えない。

 彼らの足元でせているハウンドの群れを見てもわかるとおり、例のNCAという国の人たちなのだろう。


『ミナサン解散してクダサーイ』


 ハウンドの群れから拡大音声が流れてくる。

 無線スピーカー機能なんかも地味にあるようだ。


『ミナサンのしていることは《ゴ近所迷惑》デース、解散してクダサーイ』


「まずいな、離れるぞ」


 岡持さんが僕の手を引いて、急ぎその場を立ち去ろうとし始めた。


「いま巻き込まれるわけにはいかねえんだ!」

「そ、そうですか……?」


 意外なことに岡持さんは少しおびえているようだった。

 グローブみたいにデカくてゴツい彼の手が緊張きんちょうふるえている。

 葵さんとミドリコもまったく異論いろんを言わず、早足はやあしで僕たちの後ろについてきた。


 そんなに危険なのかなあ、あのデモ行進って。

 僕は手を引かれてしかたなく前に進む。


「不平等を是正ぜせいしろー!」


 大人たちは軍の放送を無視してデモを続けている。

 正直、ご近所迷惑だという軍人さんたちの主張も間違ってはいないような。

 だが次の瞬間。

 騒々そうぞうしかった人々の声は突然静まり返った。


 シーン……。

 突然の静寂せいじゃく


「あれっ?」

 

 ふり返った僕が見たものは、糸が切れたあやつり人形のように倒れていく数十人もの日本人たちだった。

 幸か不幸か倒れなかった人たちは、自分の仲間たちが死んだように動かなくなったのをみて、悲鳴を上げながら逃げていく。


 僕は背筋せすじがゾッと冷たくなった。


「あ、あれ、岡持さん、あれ!」

「さっき言っただろ!

 何も見えねえ、何もできねえ、あれがブラックアウトだ!」


 NPCによる五感ごかん遮断しゃだん、強制拘束こうそく


「で、でも!

 あの人たちそんなにひどい事してませんよね!?」


 大勢おおぜいで道をふさいだり大声を出してさわいだりしたのは、たしかにご近所迷惑かもしれない。


 でも人に暴力も振るわない。

 物も壊さない。

 他の国みたいに爆竹ばくちくを投げたり、ペンキをいて汚したりもしていない。


 それなのにいきなりあんな乱暴な手段を使うなんて!


「だから言ったろ!」


 岡持さんは前を向いたまま、獣がうなるように言った。


「あいつらは俺たちなんて人間だと思っちゃいねえんだよ!」


 倒れた人々は別の作業ロボットによって、カーキ色の装甲車みたいなものに運び込まれていく。

 ぐったりと力なく横たわる人々はまるで死体のよう。

 表情は無く、目は半開き、口からはよだれを流したまま。


 見てはいけない恐ろしいものを見てしまったような気がして、僕は目をそらしてしまった。

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