第31話 耐えがたい悔しさ

 結局、僕たちは街の中心部から少し離れたエリアまで逃げてきた。

 ここもまだ駅近えきちかで店が多いエリアだったはずだけど、見事みごとにシャッター街と化している。


「どうしてこんな……」


 言うまでもないセリフだったけど、それでも言いたい気分。


「NCAの存在がなくとも常に起こっていることですよ、ゆう


 ミドリコが嬉しくもない話をしてくれた。


「大型スーパーマーケットの台頭たいとうにより個人商店が淘汰とうたされた時代が存在します。

 安価な輸入木材の増大により国内林業りんぎょうが壊滅的打撃を受けた時代も存在します。

 小麦パンの消費増大によって米飯の消費量が三分の二に減少したというデータも存在します。

 時代の勝者と敗者が同時に存在するのが自由経済というものなのですよ。

 未熟な高校生でしかない貴方はまだ学習していない可能性が高い情報ですが、より高度な学部に進めばいずれは……」

「もういいよっ!」


 グダグダと鬱陶うっとうしい解説を聞きたい気分じゃない。


「何だってんだよ」


 僕はちょっとおかしいくらいはらが立っていた。


「未来ってさ、要するにすごい時代なんでしょ。

 エネルギー問題とか無くなってて。

 空中に画面がうつるコンピューターが使えて。

 タイムマシンみたいなモノまで作っちゃったんでしょ。

 なのになんでこんな事するのさ! 

 何が欲しいっていうんだよ、僕たちの持っている物なんて何の価値もないだろ!」


「ユウさん、もうちょっと小さい声で言ってよ、おまわりさんが来ちゃう」


 あおいさんになだめられて、僕はようやくわれかえる。


「……ごめんなさい」


 僕は頭を下げてから、ハッと大事なことに思い当たった。


「僕の家は? それにみんなの家はどうなっているの?」

「あたしの家はそのまま。

 オカモっさんはもともと一人ぐらしだからあんま関係ない。

 でね、ユウさんの家は」


 葵さんは言いにくそうに教えてくれた。


「もうべつの家がたってる。

 ユウさんのお父さんとお母さんは、えーとね?

 ユウさんがいなくなってからね?

 田舎いなかに帰るっていってひっこしちゃったの」

「…………!」

「あ、ユウさん!」


 僕は言いようのない強い感情にかられて走り出した。

 不幸中の幸いだったのは、このあたりはそれほど極端な破壊のあとがなかったことだ。

 十七年生きてきた土地を僕は全力で走り抜ける。


 走って、走って。


 息が続かなくなってきたころに、僕は自分の家があるはずの区画にたどり着く。

 そこはもう見慣れた住宅地ではなくなっていた。

 僕の家も、左右のお隣さんも、さらに裏側の家々も、すべて無くなっていた。


 かわりにあるものは一軒のだい邸宅ていたく

 緑豊かな大庭園と豪華で立派な和風のお屋敷やしきだった。


「ここは僕の家、だったんだぞ」


 胸の奥を冷たい風が吹き抜けていく。


「ふざけんじゃないぞ」


 変わり果てた街。

 跡形あとかたもなくなった我が家。

 殺されてしまったこっち側の僕。


 地球そのものが侵略されてしまったという話に比べれば、こんなのはあまりにも小さくて、取るに足らない出来事だ。

 それはわかっている。

 わかっているけど受け入れがたい。

 胸の奥を激しい不快感が渦巻うずまき、どうしても冷静でいられない。

 

 僕は右手で自分の胸を力いっぱいつかんだ。

 肉をかきむしる痛みもこの心の痛みを打ち消してはくれない。

 この感情は何だろう、そう、くやしさだ。

 知らないところで他人に好き勝手されてしまったことが、とてつもなく悔しいんだ!


「ユウさん」

「ユウ」


 いつの間にかみんなが追いついていた。


「こんな所じゃ話もできない。とりあえず俺のアパートに行こう」

「……はい」


 僕は跡地あとちに建っている立派なお屋敷を、最後にもう一度見上げた。


「こんな家に住める金持ちもいるんだね」

「当然でしょう。

 未来人の好事家こうずかか、時代の流れにじょうじた現代人か。

 いずれにせよ敗者がいれば勝者もいる。

 それが競争社会です」


 ミドリコの言葉に僕はフン、と鼻を鳴らすのだった。

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