第32話 自慢じゃないよ? そんな事してないよ?

 岡持さんの部屋は最寄り駅から徒歩だと40分くらい。

 しかも大きな上り坂の先という不便そうな場所にあった。

 かなり年季ねんきのいった、ハッキリいうとボロアパートだ。

 今は岡持さん以外誰も住んでいないらしい。


「静かだし人の目を気にしなくていいから都合がいいんだよ」

 

 とは本人のべん

 ミドリコに物は言いようですねと皮肉られて、彼は不満そうだった。


 幸い室内は広く、四人で会話するくらいは余裕よゆうだった。

 男の一人暮らしにしては意外にも清潔な部屋だ。きれい好きなんだね。

 家具も少なく、小さなテーブルとベッド、洋服ダンスがわりのカラーボックスに、あとは小型のテレビが置いてあるくらい。


「前の部屋を出た時にあらかた処分しちまってな。

 本とかPCはコッチにおさまっているし」


 そういって岡持さんは自分のおでこをツンツンと指でつつく。

 記憶しているという意味ではなく、脳内のNPCに保存してあるという意味だろう。


「テレビはあるんですね」


 ちょっと意外。テレビなんかもNPCで視れそうなもんだけど。


「ああ、なんとなく惰性だせいでな。

 これも数年後には使えなくなるらしいけど」

「テレビが無くなってしまうんですか?」

「今の地上デジタルよりもさらに高度なシステムに対応するための処置なんだってよ。

 その高度なモンが見たければNPCを買えっていう、毎度おなじみの話だ」

「うわー、嫌味なくらい徹底してますね」

「ぶっちゃけ便利だぞー、チャンネル数も一千以上あるし、追加で金を払えば最新の映画も見放題。

 同時通訳なんかも当然ある。

 ど迫力の特大スクリーンで観れる上、温度とか匂いまで再現できるときたもんだ」

「むむむ」


 葵さんが僕の腕にしがみつき、追撃してくる。


「コーラとポップコーンも飲みほーだいの食べほーだいだよ!

 もちろんゼロカロリーのCGね!」

いたれりくせりじゃないですかそんなの!」


 さすがにうらやましいぞ。二十三世紀の基本装備。


「ゲームなんかもな、もはやアニメ世界の主人公よ。

 身長十メートルくらいある巨人を魔法の光剣で一刀両断ってなもんさ。

 危険だからお前にはさせられないけど」


 なんか悪意があるように聞こえるのは気のせいだろうか。

 自慢されているみたいにしか思えない。


「おっと」


 僕がしぶい顔をしているのを理解しているのかいないのか、岡持さんは顔をそむけてテレビの電源をいれた。


「ちょうどお前に見せたい顔がうつってらあ、この女の顔をよーく覚えてくれ。

 俺たちの目下もっかの敵だ」


 岡持さんと葵さんが同時に空中で指を動かす。

 おそらく同じ番組を見るための操作かなにかだろう。

 画面内に登場したのは、なんとも地味なカーキ色の軍服を着た美人の女軍人だった。

 彼女の名が字幕で表示されている。


『NCAFJ(在日新米軍)司令官マルガレーテ・スウ中将』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る