第22話 「核ミサイルで月を破壊することです」

 到着とうちゃくしたのは廃墟はいきょと化した山奥のホテルだった。


 いたる所が荒れてボロボロ。

 窓ガラスは半分以上が割られていて、外壁にはカラースプレーでえがかれた下品な落書きが並んでいる。

  夜ならば典型的なホラースポットになるんだろうけど、いまは朝なので『ひどい所』という印象しかない。


「昨夜、捕獲ほかくしたブツをここにかくしたんだよ」

「はあ『捕獲』したのに『ブツ』ですか」


 僕はいまだ車内にいる後部座席のミドリコを見た。


 ――わたくしはこういう『もの』です。


 ものではなく、もの

 頭を胴体どうたいから引っこ抜いたあの時の衝撃は、おそらく一生忘れない。

 緑頭の『もの』さんは、ぼけまなこの葵さんをささえて自動車から出てきた。

 やれやれという迷惑顔もしっかりかさない。


「ふあ~あ、ここどこ、どこの国?」

「四年前の鏡界きょうかいにある日本国です。

 昨日さくじつ、時田悠との出会であがしらに危うく殺害しかけたのをお忘れですか」


 おい、お前のせいで死にかけたんだよ。

 人のせいにすんなミドリコ。


「ああそっか。

 七時にまたあう約束してたんだっけ」


 キョロキョロとあたりを見回みまわす葵さん。

 僕を見つけると、ふやけた笑顔で手を振ってくれた。


「ああ~おはよ~ユウさ~ん」


 まだ寝ぼけているなこりゃ。

 七時どころかもう九時過ぎだよ。


 フラフラと頼りない足取りの葵さんを左右から支えつつ、僕たちは廃ホテルの奥に入っていった。

 案内されたのは一階の最奥の部屋。

 その部屋の中央に、金属で作られた動物のようなものが横たわっている。


「あ、昨日の……」


 一見して、昨夜のテレビニュースで報道された『動物みたいな物』だと想像がついた。


「知っていたか、話が早くて助かる」


 岡持さんが説明してくれる。


「昨夜落下してきたこいつを我々が捕獲したんだ。

 爆発事件というのはこいつが海上に墜落ついらくした衝撃によるものさ」

「えっ、でもどこも壊れていないですよね」


 窓から入ってくるの光にメタリックなボディが輝いている。

 損壊そんかいどころか傷一つない。


「降下ポッド、つまり乗り物に入った状態でこいつらは降ってくるのさ。

 ポッドのほうはあいにくと海の底なので我々には手出しできない。

 たぶん今ごろ海上かいじょう保安ほあんちょうか何かが調査しているんじゃないかな」

「ああ、そうなんですね」


 それにしてもなかなか興味深い形をしているロボットだった。

 全体のイメージとしては大型の猟犬りょうけんに似ているといえる。

 でもあきらかに生き物ではない。デザインが露骨ろこつに機械的だ。


 四本のあしから車輪が出し入れできるようになっていて、ちょっと子供用の乗り物みたいな雰囲気ふんいきもある。


舗装ほそうされている場所は小型車両として。

 そうでない悪路あくろ険路けんろの場合は四足しそくじゅうのように活動できる設計だと、わたくしのデータにあります」


 ミドリコが解説してくれる。


「NABW―NO11、通称『ハウンド』。

 NCAの陸戦用兵器です」

「エ、エヌシーエー?」

「ネオ・コンサバティブ・オブ・アメリカ。

 二十三世紀の北アメリカ大陸に存在する国家の名称です」

「えっ、ネオ? 二十三?」

 

 なんだかよく分らん単語がポンポン飛んできて、頭に入らない。


「NCAの本格的な行動は貴方の時間じかんじくでは約一年半後に開始される予定になっております。

 今回の事件は何らかの実験、またはおろかな失態によるものと推測すいそくされます」

「……ふーん?」

せまりくる危機を未然に察知する機会を得た、という面では今回の事件は貴方がたの鏡界きょうかいにとって非常にさいわいだったといえるでしょう。

 しかし作戦開始の日時が早められる可能性も出てきてしまったことはわざわいであるといえます。

 悠、貴方は早急にわたくしたちの説明を理解し、わたくしたちの協力者となって二つの世界に貢献こうけんするべきです。

 よろしいですか? よろしいですね?」


「いやちょっとちょっと待って!」


 ベラベラベラベラといつもの調子でまくしたてるミドリコを、僕はあわてて止めた。

 このロボット、呼吸を必要としないから放っておくといつまでもセリフが続いてしまう。


 こっちは前提ぜんていとなる知識が全然足りていないんだよ。

 こんな一方的にセリフを並べられても理解が追いつかないって。


「あなたたちは僕に何をさせたいわけ?」

「わたくしたちの協力者となって、作戦成功のために様々なサポートをお願いしたいのです」

「う、うん、まあそうだろうね。

 それで、具体的にどんな作戦なのかな、今ここで聞いちゃってもOKなのかな?」


 まあ言えるわけないだろうなと思いつつも、僕は一応聞いてみる。

 かなり重要な機密きみつ事項じこうだろうから、聞けたとしても表面的な、簡単な部分だけだろうと。

 そう思っていた。

 

 しかしミドリコはぶっちゃけた。

 とんでもないことをぶっちゃけた。



「核ミサイルで月を破壊することです」

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