第35話 ミドリコは誰のもの?

 僕はアパートの外に出て、ちょっと一人にしてもらった。

 ここは小高こだかおかの上。

 見晴みはらしの良い景色をながめてみる。


 近くは広々とした農村風景。

 はるか遠くには荒廃した街並みが見えて、その中央に例の巨大ガラスケースみたいな未来人の特別区が自己主張している。


 絶賛ぜっさんしたら岡持さんに怒られそうだけど、美しい景色ではあった。


「あれが僕たちの敵ね……」


 もちろんあんな街ひとつ壊したって何にもならない。あれは単なる象徴だ。

 本当の敵は世界中、どころか合計十個もの地球上にいる。


 NCA本国がある二十三世紀の地球。

 そして二十一世紀の地球が九個。


「んー? っていうことは一つ一つの国には、そんなに大勢おおぜいの兵隊はいないのかな?」

「その通りですよ」

「うわビックリした!」


 いつの間にか背後にミドリコが立っていた。

 全然気配を感じなかった。まさか隠密能力まであるのか?


「NCA軍の主力は人間ではなく軍用の殺人キラーロボットです。

 ロボットは食事も排便はいべんもなく、娯楽ごらくも必要としません。

 恐怖心もなく、怠惰たいだも知らず、不平不満も言いません。

 損傷しても部品交換すれば済み、完全破壊されたとしても遺族年金などの負担金が発生しません。

 圧倒的に安上がりで、管理も容易よういなのです。

 このように解説されると、人間とは何のために存在しているのかと疑問がわいてきませんか、ああ人類よ、おろかなる人類よ?」


 いちいちうるさいよ。

 でもちょっと人間って不便だなー、とは思っちゃうかも。


「つまり二十三世紀には末端まったんの兵士というものが存在しません。

 将校以上の軍人たちも基本は上空からの監視ロボットによる映像越しに指示を下すのが一般的で、血の一滴も存在しない清潔な戦場が珍しくもありません」

「は、ははっ。そりゃ安全でいいね……」


 もはや笑うしかない。

 完全にゲームの世界だ。


「そういう状況ですので、一つ一つの国に多くの軍人はいない、というあなたの推論すいろんは珍しく正解です」

「ひと言多いんだよ。でもさ、そんな連中相手にどうやって勝つつもりなの」


 ミドリコはわざとらしく目を細めてフー、とため息をつく。


「ですから月面基地を破壊すると先ほど……」

「そこにいくまでの過程の話だよ。

 僕が住んでいる方の地球、まあ一応ナインツって呼ぶけど、ナインツの人たちは核なんて使わないと思うよ?」


 おそらくそんなことは不可能だ。

 使おうと言えるのは侵略されてしまったエイツだからで、『核ダメ、絶対ダメ!』と叫ぶのが良識になっている現段階のナインツでその理屈は通用しない。


 唯一ゆいいつ使っても許されるのは正当防衛の時だけだ。

 ナインツの世界各国が未来人に侵略された時。

 それしかない。でもそれだと手遅れなんだよなあ……。


「本当に不可能でしょうか」

「だと思う」


 エイツのためにあえて核兵器を使う、と決断する国が現れるとしたらそうとう環境が変わらないといけない。

 たとえば僕が思いついてしまった最悪の展開にならないと……。

 でも葵さんがそんな事するとはとても。


「葵さんは、賛成しているの?」

「ユウ、質問が曖昧あいまいなため返答が困難です。

 内容を具体的にお願いいたします」

「だからえっと、なんて言ったらいいのかな。

 核ミサイルとか、戦争とか……、そう、そもそも戦争することを葵さんは望んでいるのかな!?」


 思わず声が高くなった。ちょっと興奮しすぎている。


「そんな人だと思えないんだ、エイツの彼女も、ナインツの彼女も」


 数秒、沈黙ちんもくするミドリコ。

 何らかの情報処理をしている様子だが。


「悩んでいる表情を見せることはありますが、戦争、あるいは反政府的行為を否定する発言をしたことはありません」

「……そうなんだ」


 もしかしたら僕のかたきちをするつもりなのかな。

 エイツの僕もそんなことは望まないと思うんだけど。


「ミドリコはずっと葵さんを守ってくれているんだよね。

 君ってすごく高そうだけど、葵さんの家って金持ちなのかな」


 ミドリコは首を横にふった。

 そして誇らしげに右手を胸に当てる。


「わたくしがオーダーメイドの超高級品であることは事実です。

 そして日向ひなたあおいの実家はわたくしを購入できるほど裕福ゆうふくではありません」


 ん? じゃあどうやって手に入れたんだ?


「そもそも貴方は前提から間違えているようです。

 わたくしは日向葵の所有物ではありません」

「えっ? じゃあ岡持さんたちの、チームの物だってこと?」

「それも違います」


 僕は混乱した。じゃあ誰の物なんだ。

 ごく自然に葵さんのそばにいるから、葵さんの物だとばかり思っていた。

 だからあえて確認しようとも思わなかった。


「わたくしが葵に奉仕ほうししているのは、所有者の命令によるものです。

『彼』は自分が死亡、あるいは植物状態になった際に日向葵を守るよう命じ、後日事故死いたしました」


 おいちょっと待て。

 それってまさか。


「わたくしは、時田悠、貴方の所有物です」


 得体のしれない衝動に胸が高鳴った。


「欲情しましたか?」

「なんでだよ!

 こっちの僕は本当に葵さんが好きだったんだなって、そう思ったの!」


 戦争が日常のすぐそばにある世界だ。だれがいつ死んでもおかしくない。

 だからこっちの世界の僕は、自分が死んでも葵さんが生きられる道を考えていたんだ。

 愛する者への心づくしってやつだ。

 胸にしみるなあ、そういうの。


「僕が、ミドリコの所有者だって言ったね」

「聴覚に異常でも発生しましたか?」

「混ぜっかえすなよ。ここにいる僕でも、ナインツの僕でもいいの?」

「認証システム上、問題はありません」


 違う意味で胸が高鳴ってきた。

 これは緊張と恐怖。


「……だったら僕の命令にしたがってくれるのか」

「従います。ただし貴方が人生をそこなうようなおろかな選択をした場合、それはもう辛辣しんらつに警告いたします」

「辛辣って……まあ良いか。それじゃあ頼むよ」


 僕はミドリコにはじめての命令を下した。

 ミドリコは可能ですと言ってくれたので、やってもらうことにした。


 これは保険だ。無意味なことであってほしい。

 だが僕の妄想が的中してしまった時は。


 その時は僕自身が戦わなくてはいけない……かもしれない。

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