第9話 少しずつ、不穏な空気感

 美女のやわらかい身体が僕を混乱させる。 

 冷静でなんていられるわけないよ。


「そ、そそそそんでっ?

 こっつの世界にどんにゃ御用が?」


 セリフかみまくりで動揺しつつ、どうにか会話をつづける。

 もちろん未来から来たなんていうことを簡単に信じられるわけないんだけど。

 でも今すぐ追い出さなきゃってほどでもない感じ。


 色仕掛いろじかけにたぶらかされたわけじゃないぞ、そういうんじゃないぞ。

 冷静な状況判断の結果だからね! 僕は冷静だからね!

 

「あなたに会いにきたんだよ」


 満面の笑みをうかべる四年後のひなちゃん(そろそろ違う呼び方を考えよう……)。

 だが、しかし。

 

アオイ、わたくしたちは遊びに来たのではありません」


 横から緑頭の人型ロボットに冷たく言われて、彼女は急に表情をかたくした。

 おや? なんだか様子が?


「……私は、ユウさんに会いにきたんだもん」

「では引き続きわたくしが説明を」

「やめて!」


 彼女は急に大声をだした。

 かなりシリアスな声色だった。


「まって、もうちょっとだけ時間をちょうだい」

「これは貴女あなたが望んだ任務です、葵」


 緑頭の表情は変わらなかったが、言葉には明らかな非難の色がある。

 しかし彼女は食い下がってあきらめない。


「一日だけ、一日だけこのままでいさせて、一生のおねがい!」

「貴女には重要な任務があるのですよ葵、私情におぼれて男と遊ぶなど言語道断というものでしょう」

「わかってる、けど!」


 血のかよわぬ機械人形はなかなかままを許しはしなかったが、必死に食い下がる彼女のしつこさに、ついに妥協だきょうした。


「まあ、本日はもう日が暮れてしまいました。

 わたくしのような超高性能ロボットと違い、脆弱ぜいじゃくな貴女がた人間には十分な休息が必要です」


「えーっと、つまり?」


「二十四時間の黙秘もくひ、という非常識なままは許容できません。

 ですが明日の朝七時まで……という条件ならば、任務への支障を最小限におさえることが可能です」


「やったーっ!」


 チュッ。


 葵さん(こう呼ぶことにしよう)は僕のほおにキスをした。

 ちょっと湿しめり気をおびたやわらかい感触は、もちろん初めての体験だ。


 なんでこんな関係になっているのかちっとも分からない。

 けれど、四年後の僕たちはどうやら恋人同士になるらしい。


 僕はいったいどんなミラクルを起こしたのだろう?

 どうも四年後の葵さんは複雑なお仕事をかかえているようだけれど、それと関係があるのだろうか?


 わけの分からないことばかりだけれども、それでも彼女の笑顔はやっぱり可愛くて、元気いっぱいで。

 その大輪のヒマワリのような魅力は、僕が恋焦こいこがれたひなちゃんの笑顔だ。


 ちょっと甘いかもしれないけれど僕はその笑顔を見て、葵さんたちの話をとりあえず信じてみることにした。

 この笑顔が別人の物真似ものまねだとは思いたくない。


 そして何より、永遠に失ったと思っていたこの笑顔が僕だけにそそがれているという夢のような出来事が、本当に嬉しくてたまらなかったんだ。





 とりあえずコーヒーでもいれようかと台所に行ったところ、テーブルに現金と母の書いた置き手紙があった。


『お父さんの会社の方が急にお亡くなりになりました。

 いつ帰れるか分からないので、このお金で何か食べておいて下さい』


 二階でさんざん大騒ぎしていたのに親が何も言ってこない理由はこれだった。

 たぶん深夜まで帰ってこないだろう。


 べつにかくすことでもなかったので葵さんたちに告げたところ、彼女は飛び跳ねるように立ち上がった。


「じゃあデートしよう、この街、すっごくひさしぶりなんだもん!」

「そうなの?」

 

 ふーん?

 葵さんは未来で転校でもしたのだろうか? 


 彼女がそんなことを言うので僕はもちろん快諾かいだく

 三人で夜の街にくり出したのだった。

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