第10話 ロボットとタイムパラドックス

「よーしまずは駅前に行ってみよ!」

「う、うん」


 あおいさんは超ハイテンションで僕の腕を強く引っ張る。

 ちょっと痛いけど嬉しい。

 なんかもう、本当にこれは恋愛だ。

 わざとらしいくらい恋愛っぽい恋愛だ。

 

 ひなちゃんとこんな風に街を歩くシーンを、僕は何度も妄想もうそうしてきた。

 思いもよらぬ形だけれど僕はついに夢をかなえたんだ。

 最高の気分だ。


「お二人に警告いたします、もう少し常識と恥じらいをもって行動するべきです。

 周囲の人々が貴女方に対して『リア充爆死しろ』『今すぐあの二人の頭上に隕石いんせきが落ちればいいのに』『○ね、○ね、○ね』などの罵詈雑言ばりぞうごんを脳内でくるおしく叫んでいる可能性があります」


 ……このミドリコがいなければ、もっと幸せだったのに。


「それアンタがさけんでいるんじゃないのぉ?」


 葵さんがミドリコに言い返す。

 だがミドリコはクールに反論。


「機械であるわたくしが人間の生殖せいしょく行動および関連する様々な行為に何らかの負荷ふかを感じるはずもありません。

 ただ今の警告はこの時代における男女の嫉妬しっとしん端的たんてきに表現した文言もんごんです」


 いやあの、生殖行動ってそんな。


「ホンっとに口のわるいヤツ!」

「申し訳ありません、製作者の趣味しゅみです」

「フンガー! いやなやつ、いやなやつ!」 

 

 また漫才がはじまった。

 これ以上問題がこじれないよう、僕はなけなしの勇気を振りしぼって口をはさんだ。


「あ、あのっ、ミドリコの言う趣味ってさ、具体的にはどういうものなの?」

 

 僕の問いかけにミドリコは一秒ほど沈黙ちんもく、そして表情ひとつ変えず答える。


「わたくしのような容姿ようしの美しい少女に、おのれの性癖を侮辱ぶじょくされるのが至上の悦楽えつらくである。という趣味です」


生粋きっすいのドMかよ」


「いえ、わたくしの製作者の性癖は肉体的な蛮行ばんこうを好みません。

 あくまで言語、表情、声色、ため息、鼻音などによる文化的な責め苦のみを愛するものです。

 貴方の言う『生粋のドM』という定義には当てはまりません」


 文化ってなんだっけ……。

 僕の知っている日本文化とは絶対にちがう気がする。


「ご希望とあればわたくしの製作者が個性的な性癖を抱くにいたった、みじめな思い出の数々をご説明いたしますが?」

「いいえ結構です、ちっとも聞きたくないです!」


 聞けばスラスラと答えてくれるだろうけれど、頭が痛くなるような内容しか言わないと想像がつく。

 僕はキッパリ断った。


「もう、そんなのほうっておいてはやくいこう、そいつとあんまりマジメにつきあってたら心がくさっちゃうよ!」

「う、うんそうだね」


 葵さんが僕の腕を引っ張る。

 駅前はもうすぐそこだ。


「なっつかしいなあ~、そうそうこんな感じだったよねえ~」


 ものすごく嬉しそうにしゃべりまくる葵さん。

 引きずられるようについていく僕。


 チラッと後ろを見るとミドリコが静かについてくる。

 よく考えたらずいぶん失礼なあつかいをしちゃっているけど、彼女は変わらぬ無表情でふてくされた様子もなくついてくる。


 ロボットなんだよな。

 本当に感情は無いんだよな。


 自分の心にそう言い聞かせないといけないくらい、彼女の外見は人間らしい。

 TVのニュースやコマーシャルで人間みたいに会話のできるロボットを視たことがあるけれど、ミドリコの完成度はそんなものを圧倒的に凌駕りょうがしている。


 たった四年後にこんなものが存在しているわけはないよね。

 僕は少しずつ、葵さんたちが住んでいる世界の状況が想像できてきた。

 彼女たちが住む世界は確かに四年後なのだろう。だけど彼女たちの生活レベルは四年どころか、もっとずーっとずーっと未来のレベル。


 なんでそんなにも時間差がついているかっていうと、やはり二人がこの世界に現れた理由と密接な関係が……。


「あーっ、センパイみーっけ!

 せんぱーい、ユウせんぱーい!」

 

 そんな事を考えていたら、やけに離れた場所から葵さんの声が。


「あれ、葵さんいつの間にあんな所へ」


 ……って待て、そんなはずは無い。

 葵さんはいま僕の腕に抱きついているじゃないか。

 じゃあこの声の主って、現在のあの子しかいないじゃん!?


 ドキドキドキ。


 不思議なもので葵さんが今ここにいるというドキドキと、ひなちゃんに出会ったというドキドキは一緒くたにはならないみたいだ。

 どっちもドキドキ。

 嬉しいんだけど胸が苦しい。


 しかし次の瞬間に、ふと嫌な予感がした。

 はて、未来と現在の同一人物が出会うのって、SF的に超ヤバくなかったっけ。

 このままだとタイムパラドックスで世界がぶっ壊れちゃう!?


「あ、葵さん、やばいです、逃げましょう」


 至近距離にいる葵さんに小声で話しかける僕。

 だが葵さんはそんな僕の配慮に一切まったく毛筋けすじほども気づいてくれなかった。


「うおおおーっ、世界一の超絶美少女はっけーん!!

 グッドイブニングあたしーっ!」


 なんと葵さんは僕から離れてひなちゃんに突撃。


「ちょっとお!?」


 僕の静止も間に合わず、葵さんはひなちゃんに飛びついた!

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