第26話 脳内コンピューターと完全自動運転車

 僕はゆっくりと立ち上がって、少しずつ周囲をうかがう。

 すぐそばにあおいさん、ミドリコ。

 ちょっと離れたところに捕獲したハウンドをかついでいる岡持おかもちさんの姿。


「ユウさんだいじょうぶ?」

「う、うん、まだちょっと目が」


 だんだん目が慣れてきた。

 僕たちがいるのは、田舎の廃村はいそんのような所だった。

 古臭いちた一軒家いっけんやが点々と立ち並び、他に人の気配もない。


「ここが、四年後の未来……」

「ああ。

 もっともこのあたりは開発も何もされていないから、違いなんて無いけどな」

「だからこそ我々の行動には適しているのです。

 OMTを使用した際の騒音を他者に聞きとがめられずに済みますので」

「なるほどね」


 周囲の地面を探したけれど、ガラス片のようなものは見当たらなかった。

 あれほどダイナミックにブチ割ってきたのだから、割れたかがみが落ちていなければおかしいのだけれど。


「なにしてんのユウさん」

「いや、うちの家でもそうだったんだけど、割っちゃった鏡とか落ちていないのかなーって」

「ああダイジョブダイジョブ。

 よくわんないけどそういうのないの」


 葵さんは笑いながら手をヒラヒラと振った。


「ガッチャンガッチャン割りまくっても、す~ぐもとにもどっちゃうんだって~。

 だから掃除とか片づけとかいらないんだよ」

「自分の部屋は自分で掃除も片付けもするべきですけれどね」


 間髪を入れずに皮肉を言い放つミドリコ。

 おそらく葵さんの発言内容をあらかじめ予想していたに違いない。

 本当に無駄な機能&ハイスペックである。


「い、いいじゃんそんなの!

 あんたがやってくれるもん!」


 ミドリコはフッと鼻で笑う。

 世にも腹立たしい笑顔で。


いとしい男性との生活でも、貴女はそうやって怠惰たいだな暮らしぶりを続けるのですか?

 十代の男子が年上にいだ幻想げんそうというものを、貴女は軽く考えすぎているようですね、葵」

「うっ」

「貴女が過去にどのような生活態度で過ごしていたか、超高画質映像データが残っております。

 日向ひなたあおいがどういう女なのか正しい判断を下していただくためにも、時田悠にデータを公開することにしましょう」

「わーっダメダメダメダメーっ」


 二人がいつものように騒々しい漫才をやっていると、草ぼうぼうの路地裏ろじうらから一台の自動車がゆっくり進んできた。


 しかし、なにか違和感がある。

 見たことも聞いたこともないロゴと名前がついた車。

 おそらく二百年後の車なのだろう。

 デザインもなんだか奇抜というか珍妙ちんみょうというか、理解しがたい。


 まあそれはいい。

 問題なのは運転手が中にいないことだ。

 運転する者がいないのに車はゆっくりとしたいわゆる徐行じょこう運転で僕たちに近づいてくる。


 僕がいぶかしんでいると、岡持さんが何事なにごともないかのように平然と口を開く。


喧嘩けんかはそのくらいにしとけ。

 ミドリコ、運転を頼む」


 彼がハウンドをトランクに押し込みながらそう言うと、車のドアがプシュッと音を立ててたてに開いた。

 前列右側の座席に座ると、ドアは自動で閉じる。

 自動ドアだ。まあ未来ならそのくらいは普通か。


 むしろミドリコに運転しろと言っておいて運転席に座ってしまった彼の思惑おもわくにとまどってしまう。

 もしかしてツッコミ待ちなのか? それとも左ハンドルか?


 僕も恐る恐る車に近づいてみると、ドアは自動で開いた。

 うーん縦開たてびらきのドアって横転した時、脱出できなくなるって聞いたけど、その辺はどうなっているんだろうな。

 まあいいか。


 何となく僕は先ほどと同じく助手席に座る。ハンドルがないから左座席は助手席だと思った。

 ところがとなりにいる岡持さんの前にもハンドルがない。

 

「あれハンドルが無い……?」

「ああこの時代の車って、運転席というものはもう無いんだよ」

「へっ!?」


 岡持さんは指先で自分の頭をツンツンと突いた。


「俺たちは体内にごく小さなコンピューターをっているんだ。

 NPC《エヌピーシー》っていうんだけど、何のりゃくだったかな。

 ナノマシンパーソナルコンピューターだったような、違ったかな。忘れた」

「それで運転するんですか。

 持ってない人はどうするんですか?」

「運転できない。動かない」


 身もふたもないことを言う。


「っていうかな、目的地までは自動運転で勝手に行っちまうんだわこの車。

 ちょっと自分で走らせたいなって時だけ手動で、他は機械まかせでいいんだよ」


 つまり移動手段であり娯楽ごらく用品でもある、そういう自動車の役割が超進化した存在であると。

 いわゆるモータースポーツを楽しみたい人以外にとっては自家用無人タクシー的な使い方もできてしまうって事。


「へえー楽ですね」

「ああ」

 

 そんな会話をしていると、葵さんとミドリコも後部座席に乗り込んだ。


「☆市でよろしいですか?」

「ああ、頼む」


 ミドリコと岡持さんが短く言葉をわすと、四人を乗せた自動車は静かに走り出した。

 ☆市とは僕らの住む町だ。

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