第28話 未来は僕らを搾取する

「うわぁ……」


 僕は思わず顔をしかめた。


「『ブラックアウト』って言うんだ。俺もやられたことがある。

 いきなり意識が真っ暗闇の中に放りこまれて、考えること以外なにもできなくなるんだ。

 キツかったぜ、それに怖かった。

 たぶん殺されたって全然わからない。突然スイッチを切られたみたいに意識が飛んでゲームオーバーさ」


 自分の身体がどんな状態かわからないってことは、しばられようがされようがわからない。

 目が覚めたら拷問ごうもん部屋のイスや処刑台に縛られていて、どうにもならない状態になっているかもしれないってことだ。


「うわ、それは嫌だ」


 葵さんたちの見えている景色に興味はあるけれど、そんなひどい機能があるんじゃ怖すぎる。


「でも超べんりなんだけどなあ」


 葵さんが、今度はNPCの良いところを語ってくれる。


「頭の中にめっちゃいいスマホが入っているかんじ?

 空に画面がうかんで、寝ながらなんでも見れるし?

 買い物だって3D映像をさわってぜんぶチェックできるし?

 おやつだって3D映像を食べればカロリーゼロで、ダイエットも超楽勝だし?」


「それ映像っていわないんじゃ……」


「でも映像なんだよ?

 さわっている感じがするだけでぜーんぶニセモノなの」


 ミドリコが横から口をはさむ。


「補足情報をお伝えします。

 脳内のNPCが電気信号を発し、人の意識に高度な錯覚さっかくを与えるということです」

「ふーん……」


 まあこれはSF物ではよくある設定なので、わりと想像の範囲内だったよ。

 葵さんはまだ僕に言いたりないらしく、何かを操作してから右手のひらを僕の前に出した。


「ここにね、いまシュークリームがあるの。

 おっきくて甘くていいにおいがするの。

 食べたらおなかがいっぱいになるの。

 でもそれはぜんぶ気のせいなの。

 気のせいだからどれだけ食べても太らないんだよ。いいでしょ!」


「それは確かに」

「でしょ!」


 食べ物の乱れで太ったり病気になったりする例なんていくらでもある。

 今の話だと酒やタバコ、もしかしたら麻薬なんかも同じように飲んだ気、吸った気になれるかもしれない。

 それはすごく便利だ。

 お金もかからない、健康に害もない。


「そうやって人の弱みにつけこんで搾取さくしゅするんだよ」


 岡持さんの声色は氷の刃ように冷たく、そして刺々とげとげしいものだった。


「奴らが持ってきたものはそりゃ便利さ、楽しいよ。

 俺たちの時代のものなんてまるで勝負にならない。

 当たり前だよなあ、二百年も先の技術だぜ。

 比べものになるかっての」

「……なんか、すごく良くない事みたいに言うんですね」


 僕には岡持さんの気持ちがよく分らない。

 新しい技術、新しい道具が手に入れば、人生はどんどん便利で良くなっていくんじゃないのかな。


「良くねえよ、物それ自体はともかく、押し付け方がとにかく良くねえ。

 奴ら、口では奇麗きれいなことしか言わねえが、俺たちの事なんてなんにも考えちゃあいねえ」


 ……僕にはまだ彼の言葉がピンとこない。

 いったいどんな目にあったら、文明の利器にたいしてこれほど敵対的になってしまうのだろう。

 そりゃ突然真っ暗闇の世界に閉じ込められたりするのは、嫌だけどさ。


「ユウ」

「はい?」

「お前、今使っている携帯はスマートホンか?」

「ええ、そうですけど」


 僕は何気なくふところからスマホを取り出した。


「スマホをやめてガラケーに戻す気はあるか?」

「いやあ、それは無いですよ」


 昔の携帯電話がスマートホンに勝る点なんて、頑丈がんじょうさくらいしかないんじゃないかな。

 今さら旧型に戻るなんてイヤだ。


「じゃあもっと古く、電話ボックスにテレホンカード差し込んで通話するとか、ポケットベルでアラーム鳴らすだけとかっていう環境になってみたいと思うか」

「いやいやあり得ないです」


 何を言っているんだろうこの人。わけがわからないよ。


「そうだな、あり得ないよ」


 うんうん。


「あり得ないから俺の働いていた会社はつぶれて、俺は無職になっちまった」


 ……えっ。


「典型的な町工場の中小企業だったよ。

 でも以外と良い技術もっててさ、うちでしか作れない部品が最新式のスマホやデジカメに組み込まれているんだ。

 っていうのが小さな自慢だった」


 えっと、それはつまり、NPCのせいでスマホが売れなくなっちゃったってこと?


「勝負になんてなるわけねえんだ。どうにもならねえ。

 性能のすべてにおいて向こうが上で、しかも九百八十円なんてバカみたいな金額でコンビニに売っているんだぜ、ハハッ!」

「えーっ、千円しないの!?」

「しないの! すっげえよな、ハッハッハッハ!」


 岡持さんは軽い表情で笑っていた。でも心の中では泣いているような気がした。


「本当はよ、政府の連中が関税やらセーフティーネットやらで国民を保護しなきゃならねえんだ。これ社会の常識な。

 でも今の政府にゃそんなこと出来やしねえ、いわゆる傀儡かいらい政権だからよ」


 つまり操り人形。相手の命令に従うだけの存在。


「俺たち二十一世紀の人間は、やつら未来人に搾取さくしゅされるだけの存在なんだ。

 やつらは俺たちからしぼれるだけしぼり取って、あとはシカトこいて次の鏡界へGOだ。

 そして次の鏡界っていうのが……」


 岡持さんはきびしい表情で僕を指さした。


「お前の住む鏡界なんだぜ、ユウ」


 岡持さんの目が怖くて。

 そして彼が怖い目になっている理由がもっと怖くて。

 僕は心臓がギュッと苦しくなった。


「な、何もそうと決まったわけじゃ」

「いや決まっている。

 次じゃなかったとしても、次の次だ。

 捕獲した『ハウンド』を見たろ、もうすでに『奴らは』お前たちの鏡界に『いる』んだよ」

「……はい」


 こっちの鏡界からまぎれ込んできたのではないか、とかいう理屈をのべることはできた。

 でもそんなことを言ってみてもはじまらない。

 危険な可能性を無視して手遅れになったのでは、あまりにも酷いことになる。


「もうすぐ町につく。俺たちが住む町で、お前たちが住んでいた町だったところだ。まあ、あまり期待しないでいてくれ」


 完全に嫌なものに対する言い草だった。

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