第12話 吸血鬼リリア、高校一年生!(ヒロインではありません)

「とにかく誤解だって。

 二股ふたまたとかそんなんじゃなくって、この人たちは今日はじめてうちをたずねてきて……」

「信じられません!」


 彼女はプイっと横を向いてしまった。

 どうしたらよいのか分からず、オロオロするばかりの僕。

 そんなちょっとした沈黙ちんもくにミドリコが口をはさんだ。


「貴女は高遠たかとおりりあさんでしょうか?」

「は? そうですけどあんた誰?」


 ミドリコは深々と頭を下げた。

 そして両手でガシッと自分の頭をつかむ。


「申し遅れました、わたくしこういう……」

「わーっ! ストップ、ミドリコさんストーップ!」


 僕は必死にミドリコを止めた。

 こんな人込みでしゃべ生首なまくびなんて見せたら大パニック間違いなしだ。


「なぜ止めるのですか、この方法が最も効率の良い自己紹介なのですが」

「目立ちすぎるでしょ、大事な仕事でこっちに来てるんじゃなかったの!」

「この程度の人数に見られたところで任務に支障が発生する確率は低いのですが、そこまでいうのであれば止めておきましょう」


 そう言ってミドリコは姿勢を正した。

 ふーっ、心臓に悪い。


「なんなの、あんた達」


 高遠りりあと呼ばれた少女はこの上もなく不審ふしんそうに僕たちを見ている。

 そんな彼女にミドリコは急接近し、まばたきもせずジーッと凝視しながら確認(?)を始めた。


「高遠りりあ十六歳、日向ひなたあおいと同じ高等学校に通う友人。

 得意スポーツはバスケットボール」


 本人を目の前にして無表情に語るその姿は、なんとも気味が悪い。

 高遠さんも一歩下がって露骨ろこつに顔をしかめた。 


「きっ、キモっ、マジなんなの気持ち悪いんですけど!」


 ミドリコはお構いなしに言葉をつづける。


趣味しゅみは女性の体臭をぐこと。

 特に後ろから抱きついて後頭部や首筋のにおいをぐことを好む。

 その性癖からついた悪名が『吸血鬼リリア』」

「何だそのゲームキャラみたいな名前」

「うるさいっ、何言ってんのよこんな所で!」


 真っ赤になって叫ぶ高遠さん、でも否定はできないんだね。

 マジですか……。

 そういう趣味はちょっとイヤだな。

 彼女はキッとこちらをにらみながら怒鳴る。


「何よその目、男には興味ないんだから関係ないでしょ!」


 いやそういう問題かなあ~?


「アーアーアーッ! そんなことどうでもいいでしょ!」


 高遠さんは奇声をあげてごまかした。


「今はあんたたちの話でしょ、汚れた二股ヤローを処刑するのが先でしょ!」

「だから二股なんてしてないってば!」


 混沌こんとんとした言い争いが激化してく中、騒ぎを聞きつけて二人の日向ひなたあおいが近づいてきた。


「リリアちゃんっ!」


 笑顔で抱きつく葵さん(年上のほうね)。

 表情にも行動にも、まったくためらいが無い。


「ちょ、ちょっと、いきなりなんですかアンタ」


 高遠さんは受け止めつつも不満タラタラ。


「ホラホラ~いいからかいでかいで~、百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかずっていうでしょ」


 そう言って葵さんは自分のかたを彼女の顔にグイグイ押しつける。

 はなでは『聞く』ことも『見る』こともできませんよ~。

 なんて足取あしとりをしたくなったが、まあやめておこう。


「もう、何だってのよ」


 好物(?)を押しつけられた高遠さんは、迷惑そうにしながらも葵さんを『吸った』。


「えっ」


 ほんの一息で高遠さんは顔色を変える。


「そんな、どうして」


 もう一度吸う。

 葵さんは何やら勝ちほこっているようにも見える。


「ひな!?」

「うんっ!」


 高遠さんはもう一度、スーッと音がするほど葵さんを吸った。


「ひなだわ、あなたは間違いなくひなだわ!」

「うん、そうなの!」


 抱き合いながら大騒ぎしている女二人。

 まあ日常的に見かけない事もない風景なので、周囲の人々はチラチラ視線をやりながらも無言で横を素通りしていく。

 吸血鬼の謎な能力に驚愕きょうがくしているのは、僕一人だ。


「なんでこの子、いきなり葵さんの正体に気づくわけ?」

「彼女の嗅覚きゅうかくは常人のそれをはるかに上回るのだそうです」


 ミドリコが僕のとなりでクールに解説。


「中学生時代、修学旅行中の夜。

 高遠りりあは目隠めかくしおよび両手両足をしばられた状態でクラスの女子全員のにおいをぎ、完璧に名前を言い当ててみせたそうです」


「マジでモンスターかよ!」


 っていうかなぜ縛る必要があったのか。

 匂いを当てるだけなら目隠しだけでいいじゃないか。


「そこはホラ、もりあがりすぎて悪ノリしちゃったんですよね~」


 若いほうのひなちゃんが僕の疑問に答えてくれる。


「ユカタのオビで目かくししてー、みんなでキャーキャー言ってるうちにだれかがリリアちゃんを縛りだしちゃってー」

「へ、へえ」


 僕の脳裏に、浴衣ゆかた姿のりりあちゃんが拘束こうそくされて布団に転がされている絵が思い浮かぶ。

 大好きな女の子のにおいを大量にかがされて、すっかりアへ顔だ。


「縛ったのはアンタでしょうが! わたし忘れてないんだからね!

 あと変な妄想もうそうするなこのヘンタイ男!」


 やったのはひなちゃんかい!

 ちなみに僕は変態ではない、たぶん。


「あ、おぼえてたの? えへへへ」


 顔をポリポリかきながら笑うひなちゃん。マジ天使。

 とか言っている場合じゃないな。


「で、センパイ、この人けっきょくだれなんです?」

「あ、えーと、ね……」

「別の世界からやってきた十九歳の日向葵です」


 ミドリコがアッサリ白状はくじょうしてしまった!

 この人たち情報管理が雑すぎ!


「ええっ、そうなんだ!」


 ひなちゃんもそんな簡単に信じないで!?

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