第15話 万能家電ミドリコさん

 緑髪のロボット、ミドリコは分類的には家庭用電化製品、つまり家電かでんである。

 悪口あっこう雑言ぞうごんをまき散らす漫才ロボではない、たぶん。


 彼女が真の力を発揮したのは、あおいさんのすすめで夕食の支度したくをさせてからだった。


 古臭ふるくさ不衛生ふえいせいなキッチンだーとか、設備や器具が貧弱ひんじゃくだーとか、あい変わらず口の悪いことこの上ない奴ではあったが、完成した料理は絶品であった。

 すごくうまい、そしてめずらしい。

 これどこの国の料理なんだろう?


 一応ご飯とみそ汁はあるんだけれど、みそ汁はダシが和風のそれとは違う。

 ご飯にも味がつけられているんだけど、何の味なのか僕の味覚では分析ぶんせきできなかった。


 そしておかずは帰り道のスーパーで買ってきた肉、魚、野菜と果物が材料。

 これはもう全く理解を超えている。

『肉と魚と数種類の果物でできた煮込み料理』……。

 こういうとグロ画像のイメージがわくかもしれない。

 でも不思議と見た目もきれいですごく美味しかった。


 ジャンル的には創作料理とか多国籍料理というのが近い気がする。

 けどそれともなにか印象が違う。

 すごく発想が斬新ざんしんで未来的な――そう未来的と表現するのが一番しっくりくる料理だった。


「そういえばミドリコのエネルギーってなに?

 充電とかしなくて大丈夫?」


 調理器具を洗い終えて台所の掃除そうじをはじめたミドリコの背中に、ふと思いついた質問を投げかけてみる。

 当然というかなんというか、彼女は何も食べないんだ。

 ロボットだからね。


「光発電によって常時充電しておりますので、この時代の家電のようにバッテリーが尽きるということはまず起こりません」

「え、そうなの?」


 常時充電とは言うけど、部屋の明かりなんかで光量は足りるのだろうか。

 それに電卓なんかについているようなパネルも彼女の体には見当たらない。


「この疑似ぎじ毛髪が、わたくしの電池モジュールですよ」


 そういってミドリコは特徴的すぎる緑色の髪をかきわけた。

 なるほど、一番光が当たりやすい頭部に充電器が付いているのか(しかも取り外し可能だし)。


「OYO―MEⅢ型は宇宙空間での使用も想定されておりますので、0.1ルクス、星明ほしあかりほどの光量でも実用レベルでの充電が可能です」

「星? 月光げっこうですらないの?」

「はい、この時代の製品はなにもかもコストパフォーマンスが悪くて非常に滑稽こっけいですね。

 人間の生命力も経済力も有限だというのに無駄の多いことで」


 ……この程度の皮肉は気にならなくなってきたな、良いことなのか悪いことなのか。


 しかしすごいことを聞いた。

 おそらく今の話はロボットだけにかぎった話ではないだろう。

 家にあるすべての電化製品、街にあるすべての電飾でんしょく街路灯がいろとうが自身の発する光で充電できるということだ。

 もしかしたら自動車や電車、大型船や飛行機まで動かせてしまうかもしれない。


 それはもう完全に別世界だ。

 なにかと悪い話題になりがちな原子力発電所はもういらない。

 それどころか火力も風力も水力も、発電所はみんないらない。

 景観をそこなう電柱も電線もいらない。

 燃えて二酸化炭素をまき散らす石油もいらない。

 高いお金をかけて太陽光発電システムを設置する必要もない。


 それは究極のエコロジーであり、エコノミーでもある。

 地球にもお財布にも優しい。


「すごいねー、良いなあ」


 まったく正直な感想を口にする僕。

 ミドリコはもちろん無表情。

 だけどただ一人、葵さんの表情だけは暗くなった。


「え、僕なにか悪いこと言った?」


 葵さんは僕の視線を受けてハッ、と笑顔に戻った。


「ううん、なんにもー。

 ホントマジすっごいよねー」

「うん」


 なんで暗い顔になったんだ、良いことずくめのすごい技術じゃないか。

 僕の言葉のどこに嫌がる要素があったというんだろう。


 気になるけど、やっぱりまだ聞いちゃいけない話なんだよな。


 ちょっと気まずい沈黙ちんもくがおとずれた。

 僕は何をしたらよいのか困って、掃除をしているミドリコの後ろ姿をながめた。

 彼女はシュババババババーッ――と人の領域を超えたスピードで流し台をみがいている。


 次の瞬間、ミドリコは首だけをグルン! と半回転させてジロリと僕をにらんだ。


「ギャッ!?」

「入浴の準備が整いました。

 ただちに全身をきよめることをおすすめします」

「そうやって首だけ動かすのやめてくんない!?

 心臓に悪いんだけど!」

「申し訳ありません。

 清掃効率を落とさず、なおかつ礼儀を失しないためにあえてこのように行動いたしました」


 首だけ回転させるのもじゅうぶん失礼だと思うけどな。


 そんなことを考えていると風呂場の給湯器きゅうとうきがピピピッ、ピピピッ、と電子音を鳴らした。

 お湯がまりましたよ、という知らせだ。


「失礼ながらお宅の浴場設備は時間設定が不完全ですね。

 わたくしの計算より八秒も誤差ごさがありました」

「あ、そう」

 

 自分の時間設定がずれている可能性は考えないらしい。

 傲慢ごうまんというか機械的というか。


「湯には十分かって発汗をうながしてください。

 全身の毛穴という毛穴から老廃物ろうはいぶつと雑菌を排出することができます」


「ふーん」


はだを洗浄する際は毛穴の汚れを落とす意識をもって、丁寧に多くの回数をかけて洗うべきです。

 そうすることで体臭の元を大きく減少させることができます」


「うっせえわ! 僕そんなにくさいか!?」


「申し訳ありません、製作者の趣味です。

 しかしながら新陳代謝しんちんたいしゃの活発な十代の人間は、知らず知らずのうち全身に多量の汚物をため込んでいる可能性があります。

 初夏しょかという季節きせつがらあせ皮膚ひふ、体毛および衣類に吸着きゅうちゃくされたまま放置されやすく、周辺の人間に多大なる嗅覚きゅうかく的苦痛をあたえ、さらには貴方自身の社会生活にも損害を与えるという危険性が考慮こうりょされるためご忠告申し上げたのですよ」


「あっ……ハイ……」


 一つ言えば十倍になって返ってくる。

 言い争うのもしんどい作業だと思えたので、僕は素直に着替えを用意して風呂場に向かう。

 礼儀上、お客様の葵さんが優先じゃないかと気づいたのは服を脱ぎすててしまったあとで、まあ仕方ないかとあきらめて僕は風呂場へ入った。

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