第38話 冷やしトマトって料理と呼べるのか?
時計を見ると夕方四時近くになっていた。
紹介してくれる人たちが来るまで、あとどれくらいなのかな。
「そろそろ準備しとくか。お前らで買い出しに行ってきてくれよ。
うちにはいま飲み食いできるような物がなんもないんだ」
NPCで
どれほど物価が
岡本さんにそう言われて、僕、葵さん、ミドリコの三人は自動運転の車で最寄りのスーパーまで買い物に行くこととなった。
運転はミドリコにまかせておけば問題ない。
まだ眠そうにしていた葵さんも、店内で会話しているうちに本来の元気娘に戻ってきた。
「よっしゃー、今夜はユウさんに手料理ごちそうしちゃおうかな!」
「え、料理……」
できるの?
とか言いそうになってしまったがギリギリでこらえる。
ナイスだ僕。
「ご想像通りですよ悠。
葵にできるのはレタスをちぎって市販のドレッシングをかける程度のことです」
「しつれいな、カニカマボコを上にのせることだってできるもんね!」
レタスとカニカマボコ。まあサラダっぽくはあるかな?
「あとはね、うーんと、冷やしトマト!」
それ冷蔵庫に入れるだけなんじゃ……。
「ハーフ冷やしトマト!」
せめて四つに切って欲しいかなー?
「冷やっこは、ちょっとむずかしいかも」
豆腐のパック開けるのって難しい要素あったっけ?
それとも水切りができないのか?
うーん、まあ、その、できると言っておいてできない人より、ハッキリできないと分かるぶん良い人だよ、ね?
「悠、
葵に食事係を一任した場合、貴方は平均寿命の三分の一程度しか生きられません」
「それ三十前に死ぬし!?」
それはもう寿命じゃなくて毒殺だろが!
「あのお客様、他にお客様もいらっしゃいますのでお静かに……」
「あっすいません」
僕が謝罪されられた。なんか理不尽だ。
不平等なあつかいを受けながらも買い物は続く。
そしてドリンク売り場についたとき、葵さんは一本のペットボトルを拾い上げた。
「これ、これ、NPCだよ!」
「えっこれ?」
ラベルには英語でNPCナントカカントカと、確かに書いてはいる。
「この液体を
そこからセットアップが始まることとなります」
「へえ」
ボトル内をよく見ると、すごく細かい
これら一粒一粒が超小型コンピューターなのだろう。
「こりゃあお手軽なんてレベルじゃないね」
興味はあるが手を出さない約束だ。
僕は元の場所にペットボトルを戻した。
月に一回この水を飲めば二百年も先の技術が自分のものになるわけか。
使うよねそりゃ。
それから
ちなみに会計レジは存在しないお店だった。
出入口付近のゲートをくぐった瞬間に商品を持っている客(今回は葵さん)のNPCに商品内容と金額確認の連絡がいく。
そして本人にしか見えない確認ボタンを押せば登録してある政府銀行の口座から自動的にお金が引き落とされる仕組みだ。
最近すっかり定着した『何とかペイ』みたいなのよりもさらに速い。
すごく便利だけどこれは、同時に金の流れを監視されているってことだ。
そして金の流れを監視されているってことは、行動パターンを監視されているって理屈にもなる。
異常な使用
街中に
僕もNPCを飲めばそういう対象にされてしまう。
……ちょっと怖いね、これは。
背筋に寒いものを感じたが、今すぐ何かができるってわけじゃない。
何事もなかったかのように店を出た。
外に出るとすでに陽はかたむき、町は
人は変わっても太陽は変わらない。
こんな言い方をすると、ちょっと哲学的かな。
「そういえばこれからやる集会って、この鏡界に来た時の廃村のほうが良かったんじゃないの?」
「
今回は交通の利便性を優先した結果です」
「なるほど」
雑談しつつ僕らは再び岡持さんの部屋へ向かう。
ミドリコが前の座席、僕と葵さんが後部だ。
「仲間って、どんな人たちが来るのかな?」
「みんないい人たちだよ~」
「そりゃ良かった」
恥ずかしながら僕は人見知りするたちだ。
単に小心者ともいう。
「うふふ」
葵さんはなぜか意味深に笑った。
「ユウさんはいつ変身するのかな~」
「え、なにそれ?」
「やる気スイッチがはいったユウさんに、はやく会いたいな~」
「どういうこと?」
「うふふふん」
葵さんは笑うだけで答えてくれない。
僕の腕に抱きついて楽しそうにしていた。
変身? やる気スイッチ?
何を言いたいのだろう?
未来の道具でヒーローに変身とか。
まさかね、嫌だよそんなの。
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