52.戦い②――オリヴィアの一撃――
谷から飛び出してきた蜘蛛に銀狼様が頭突きを喰らわせて、両者着地して体制を整えてから今度は銀狼様が仕掛けた。
ここからは一瞬の出来事だった。
蜘蛛の呪術を銀狼様が吐息――魔術で相殺する。そこに生まれた銀狼様の隙に蜘蛛が前脚四本で掴みにかかった。掴まれてしまうかと思われたけど、シドが反応良く飛び出して、逆に蜘蛛の“右腕”に一太刀。
しかし、剣が抜けないシドにもう一本の右腕が迫り、シドは森に弾き飛ばされてしまう。
わたしもエドも、シドの行方に視線を集中させてしまっていたら、戻ってきた銀狼様に蜘蛛から眼を離すなと怒られた。
それで……蜘蛛に目を移したら、蜘蛛の“左手”が二本とも千切れて無くなっていたの。
◆◆◆
「よくやったシド坊とやら! おかげで脚二本頂いたぞ」
銀狼様が、前方で左腕を二本失って地面につんのめっている蜘蛛から目を逸らさずに、森に向けて呼び掛ける。
わたしもその森に――シドに目を遣りたいけど、目は蜘蛛に集中して森側の気配だけを窺う。
……何も返答が無い。
蜘蛛も右側の腕だけで姿勢を戻そうとしていて、すぐに動く気配はない。千切れた腕の根元からは、見たことのある
「……シドは大丈夫なのでしょうか?」
わたしの前のエドの更に前方にいる銀狼様に問いかける。
「あ? ぶっ叩かれる前に盾で防御はとっていたみたいだから死にはしてねえだろ」
死んではいないだろうって……それに……
「どうして蜘蛛は腕が無くなっているのですか?」
「そりゃあ、そのシド坊が完璧な頃合いで斬りかかってくれたからな。アタイは左脚に集中出来て、二本とも爪で引き裂いてやったのさ」
あの一瞬に、そんなことが……
「まっ、それが無くても脚の一本は引き裂けたがな。二本行けたのはシド坊のおかげってトコか」
シドが心配だけれど、それ以上に気になること……
姿勢を制御しようと足掻く蜘蛛から……ずっと呻き声のようなものが漏れている。
「ぎゃぁ……イ……イダ……イ」
――ッ!? 今度は言葉? い、痛いって……気のせい?
蜘蛛に注目する。
右側の腕、それも一番目の腕はシドの剣が刺さったままだから、二番目の腕一本だけで持ち上げている蜘蛛の頭部、その正面ど真ん中にある一対の眼――
その中には生気が無いのに苦痛に歪む人間の顔が! 長い髪の毛が水中のようにユラユラ逆立っている!
……お、女の……ひと?
――ひぇっ! 眼に女性の顔ですって?!
わたし……動けない! こんな異常なこと……怖くて竦んでしまって動けない……
「オリヴィア! エド坊! しっかりしろっ!」
銀狼様がわたし達に一喝して、蜘蛛に飛びかかっていた。
エドも気圧されていた? 無理もないわ、人の手足に加えて顔まであるんだもの……
「オリヴィー! 大丈夫かい?」
エドが銀狼様の言いつけ通り、後ろにいるわたしに振り返らずに声を掛けてくれる。
「ええ! 大丈夫」
「良かった。じゃあ、あれが見えているかい?」
盾を構えながらエドが蜘蛛を指差す。
蜘蛛と銀狼様が呪術と魔術で互いを牽制し合いながら、物理攻撃と防御を繰り広げている。
左手――左前脚――二本を失っている蜘蛛は、銀狼様の誘導と姿勢の制御が出来ないせいで少しずつ身体が左、左へと向いていく。
「うん! こっちから気が逸れていくわ」
銀狼様が突っ掛かっていった!
でも、蜘蛛が右手――右前脚――と口元にある牙のような二本の角で銀狼様を跳ね返す。
その反動で蜘蛛が横向きになって、わたし達に横腹を晒した。
そして、蜘蛛の意識は完全に銀狼様に向いている。
「エド? 今だったらわたしの槍が刺さるかも!」
「そ、そうだけど、行く気かい?」
「ええ。好機なのもあるけど、あの蜘蛛……動物たちを食べて銀狼様以上に回復しているんだわ。相性が良いって言っていたし手負いなのに拮抗しているもの!」
長引けば危ないかもしれない……
「わかった! タイミングを見計らって僕が先に行くから、オリヴィーは盾の陰に入ってついて来て!」
「うん!」
銀狼様と蜘蛛が、睨み合いから両者攻撃体勢に入った!
「今だっ!」
エドが重い盾を両手で持ちあげて構えつつ、蜘蛛に向かって駆ける。
わたしもいつでも跳びかかれる様に穂先を蜘蛛に向けてついていく。
もう少し……あと一歩……よし、届く!
行く!
わたしがエドを右から追い越して蜘蛛の頭部と腹部のつなぎ目に向かって跳びかかったその時――
踏ん張っているはずの蜘蛛の後ろ足の一本が、地面を離れてわたしの方に伸びてきた!
「なっ、なんで!?」
見えてた? 誘われた? ――そんなことより、わたしは槍を突き出していて無防備! 避けられない! ダメッ、当たる!
向かってくるのは黒く巨大な人間の足。わたしを蹴ろうとする甲が迫る。
槍は突き立てられても、わたしは蹴り飛ばされる?!
それでもいい、少しのダメージと隙を作れれば……あとは銀狼様にお願いする。
そう覚悟したその時――
「オリヴィーーーッ!! そのまま刺せぇー!」
ドガン!
盾を構えたエドが、わたしと足の間に飛び込んできて、盾ごと蹴られた。
エドの身体が地面を水きりのように跳ねながら森に消えていく。
わたしの槍が狙い所――銀狼様の最初の頭突きでひしゃげていた部位に突き刺さる。
「「ぎゃあああ!」」
「エドォォオオオ!」
蜘蛛の悲鳴とわたしの叫びが重なる。
すぐ後にもう一度「「キャァアア!」」と蜘蛛の悲鳴が響いた。
蜘蛛は後ろ脚で立ち上がり、のけ反るような姿勢で後ずさり、そのまま後方に倒れ込む。しかし、そこに地面は無く、谷に背中から落ちていく。
蜘蛛は銀狼様の爪の攻撃によって大きな眼を含む顔面を切り裂かれていて、黒い靄を血のように噴き出しながら落ちていった。
「よくやったオリヴィア。よく“あそこ”に討ち込んだな?」
「刺しやすそうだったので……」
銀狼様がわたしの隣に来て労ってくれる。
でも、すぐにエドの顔が浮かぶ。
「そうだ、エド!」
彼が吹き飛ばされた森を見遣る。でも、途中にひしゃげた盾が樹に刺さっているけれど、その奥に気配は無い。
「エドオオオ!」
心配が頂点に達して、思わず呼び掛ける。
「盾を構えて防御しながら突っ込んだみたいだから、死にはしてねえだろ。あの盾を見りゃあ衝撃もあの盾が結構吸収しただろうしな」
「し、死んでるかどうかの問題じゃないんですっ! エドもシドも無事かどうか……」
その時、森の奥からガサガサと草を踏み歩く音がした。
全身に草が纏わり付いたエドとシドが、お互いを支え合ってこちらに向かっている。
エドは頭部からひと筋流血していて、衣服は所どころ破れているし、シドもボロボロだし丸盾を着けていた左腕を力無く垂らしてなお、右手だけでエドを支えている。
二人とも満身創痍ながら、お互いを支え、その脇をシドの部下たちが補助しながら近づいてくる。
「エドッ! シド!」
姿を、生きている事を確認できたことは嬉しかったけれど、ふたりの様子に居ても立ってもいられなくなって駆け寄って行こうとしたその時――
わたしの背中に、ブォワンっと空気を揺るがすほどの衝撃波がぶつかった。
何? と振り返ると、蜘蛛が呪術を行使した時に出る陽炎みたいな空気の薄ら黒い歪みが、ここまで見たことのない大きさで谷から空へ広がっていた。
「チッ。谷底まで落ちりゃあいいものを、“巣”に引っ掛かかってやがったか」
銀狼様が谷を覗きこんで毒突いた。
蜘蛛も生きていたの?!
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