41.同じだった理由

 

 いろいろ……本当に色々とありすぎて聞く暇がなかったこと――

 エドとわたしが、原因が違うのにどうして“お酒”という同じ物で“同じ時間”変身してしまうのか?

 わたしに至っては、まだ理由すら分かっていない。今、犬では無く銀狼様のお姿になる的なことは判明したけれど……

 銀狼様はどうせわたしの考えている事を読めていると思うけれど、ちゃんと聞くわ。


 姿勢を正して銀狼様に向き合い、お伺いする。


「ああ、それか。まず、そこの『ガル坊には及ばないが、可愛い坊や』――」

「――エドッ、エドワード殿下です! わたしの婚約者の」

「いや、知ってるけど……エド坊な」


 エド坊……


「エド坊の場合が呪術。アタイは蜘蛛野郎じゃねえから、呪術の細けえことは知らねえが――」


 銀狼様が仰るには、大前提として呪術でも他の魔術でも、その難易度や規模によって行使方法が変わってくるという。

 ごく軽度の呪術ならば、呪言じゅごんだけで発動するらしい。


「他に人なんかいねえのに、な~んか触られた感触があったり、蜘蛛の糸みてえなモンに引っ掛かったような気がするとかだな。そういった嫌がらせ程度のモンは、何か一言唱えるだけで発動させられる」


 少し難度が高いものは、呪言に加えて軽い儀式で発動させる。


「一言唱えながら指を鳴らすとか、枝をパキっと折るとかだな」


 更に難度が上がる――つまり大きな被害を与えるには、一言で済んだ呪言が呪文になり、儀式は大掛かりな呪術陣を使うようになるとのこと。

 陣の紋様も、簡素なものから複雑なものまで様々あって、それにも当然ながら精密さが求められるそう。


「そんな呪術陣を酒の浸み込んだ地面に描きゃあ、そりゃ影響が出るに決まってるさ。特に人間を別モンに変えるなんてのは、超高度な呪術だろうからな」


 そうね。呪いを移す時も、キアオラさんが床の木目や隙間にすごく気を配っていたものね……


「地面に酒が浸み込むったって、均等じゃなかったはずだしな。陣の紋様に影響したのか、生贄いけにえに影響したのか、はたまた媒介に影響したのか、今となっちゃあ誰にも分かるまいよ。まっ、他に移せたんだから良かったじゃねえか」


「では銀狼様? この場合――変身に制限時間が付いたとしても、その時間はどのように……?」

「それなんだよなあ……これもやっぱり酒っていう不確定要素があんだろうな、としか言えねえな。オリヴィアの変身時間についちゃあなんとなく心当たりはあるけどな……」


「何ですかっ? 教えて下さい!」


 わたしは食い付くけれど、銀狼様は「そう慌てんな。順を追って喋るから」と、いなされてしまった。


「まず、アンタ――オリヴィアの場合は、アタイが半身をくれてやった。で、命拾いしたってのは納得したな?」

「い、いちおう……」

「アタイの半身が入ったことで、オリヴィアが赤ん坊の頃はアタイが主導権を持った? てか“表”に出てたんだ」


 そうなの? 大丈夫だったのかしら? 

 ……まあ、赤ん坊の頃の記憶なんて無いから分からないけれど。


「つっても、所詮人間の赤子の身体だ。何も出来ることは無かったけど、久し振りに違う景色が見れたし、身体も少し動かせたり外にも出られたから良かったな」


 それを聞いたお母様が、「そう言えばぁ!」とパチンと両手を合わせた。


「そうそう! オリヴィアちゃんがああいう形で生まれて、とってもとっても心配だったから、乳母に貴女の様子を細かく報告してもらっていたのぉ。そうしたらぁ、乳母の母乳をむさぼるように飲むとか、這い這いハイハイが元気過ぎて男の子以上だったそうよ~?」

「えぇぇ……」

「嬉しかったわぁ~」


 何も出来ない割には印象に残っているそうですよ、銀狼様?


「まっ、まあ、そんなこともあったな。最初はアタイがそんな感じで楽しんでたんだけどよ……」

「どうしたのですか?」

「オリヴィアの魂っつうか心根? 的な物がガル坊にそっくりでな、それが心地よくて油断してたら……思いの外オリヴィアの生命力が強くて、逆に乗っ取られちまった――あ、取り返されちまった、か。クルッとな」

「そ、それで?」

「そっからはしばらく不貞寝ふてねさ」

「…………」


 ここでまたお母様が「あれぇ~?」と、人差し指を頬に立てながら首をひねる。


「いつだったか……そうよ七、八年前! 確か殿下との婚約が纏まった頃に乳母と思い出話をしていたんだけどぉ、『オリヴィアは赤ん坊の時のまま変わらずにやんちゃに大きくなったわ。婚約で大人しくなってくれればなぁ』ってお話してたんだけどな?」

「…………」


 わたしと銀狼様が切り替わっても周りが分からないわたしの幼少期って……


「それで、変身しちゃう理由って……?」

「それがよー! しばらく不貞寝してただろ? そしたらある時、ふと大好物がオリヴィアの身体に染み込んだじゃねえか。で、嬉しくって動転してよぉ……出ちまったんだよ“素”が」

「素?」

「おうっ!」


 おうって……


「昔っからそうだったんだよ。ガル坊と一緒の時な? アタイは酒が大好物になって、酒を飲むと何故か気持ち良くなって……たがが外れる的な?」

「それって、酔ってるだけです!」

「酔う? それがどういうことか分かんねえけど、それで遂には大勢の集まるパーティーに出るなって言われたっけなぁ。懐かしいや」


 だからそれ、酔っ払うからですって! しかも少人数のパーティーなら許されるの? 大らかというかなんというか……

 なんか、この流れでわたしの変身時間の理由が分かった気がする。


「まさか変身の長さって、身体からお酒が抜けるまでの時間じゃないですか?」

「おう! そうさ。なかなか鋭いじゃねえかオリヴィアも」


 あっけらかんと答える銀狼様に唖然としていると、今度はお父様が物申してきた。


「いや! 人間は通常そんなに早く酒は分解しないはずだっ」


 お父様……

 お父様は二日酔いの常習ですからね……


「だから言っただじゃねえか! オリヴィアはここだって!」


 銀狼様がさっきのようにテーブルの上で尻尾を水平に振る。

 ……人外っ!

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