42.乾杯しようぜ? ←既視感

 

 エドがワンちゃんになっちゃうのは、“お酒”という不確定要素が介在した不完全な呪術のせいであり、変身にお酒との接触という条件や時間という制限もついたのだろうと推定された。


 一方、わたしが変身してしまう件については――

 なんと、まずわたしの出生時に等直列が起きていて、珠月に命を吸われるところを銀狼様がわたしにその半身を宿すことで救命して下さったということ。

 当初、わたしの身体の主導権は銀狼様にあったけれど、いつしかわたしが取り戻していたらしい。

 よくやった! わたし。


 そして、わたしのやんちゃで身体に掛かってしまったお酒が、なんと銀狼様の大好物で、銀狼様がそれに反応してわたしごと“素”の姿になってしまったと……

 幼い時に調べられて出た牧羊犬という結論とはいったい……?


 銀狼様の姿になる時間は、身体に取り込まれたお酒が抜けるまでの時間だそう。

 銀狼様の片割れとなったわたしが、人間と神に遣わされた神獣の間の存在になってしまったことは、考えないようにしたいわ……


「銀狼様は、いま言葉を発しておられますけど、わたしの赤ん坊の頃に、よくお喋りにならなかったですね?」

「おお、それは所詮生命力を移しただけで、感覚がアタイに繋がっている――というかアタイが感じ取れる程度だからな。オリヴィアの自我が薄い頃は身体を動かせ乳も飲めたりもしたが、言葉を発するまでは出来なんだ」


「それにしても、エドとわたしの変身時間が一緒なのは不思議です」

「む? まあ、アタイにしてみりゃ、人間が関わった“術”で、酒一本で四時間程? も化けさせることができる方が驚きだよ。その爺さんはよっぽど呪術に親和性が高かったか、蜘蛛野郎に深く浸食され操られていたか、おそらく後者だろ」


 キアオラさん……


 しんみりしてしまったけれど、ここまでお話しさせてもらってわたし達は、理解したしないは置いておいて、大体の情報を共有することはできたわね。

 ここで冷めたお茶に口をつけ、ひと息つく。

 銀狼様は、言うべきことを言い終えたからなのか、何処となく落ち着きが無くなったようで、執務室内をチラチラと目移りさせている。目移りさせていたが、その目をわたしに向けて言い聞かせるように言った。


「だからオリヴィア、アンタはアタイのやること――蜘蛛野郎を止めることだな、それに力を貸す義務があんだ。責任? 責務だな」


 そんな……


「それに……この『涜神とくしんの並び』で“他の奴ら”がどうなったのか知りてえしな……」


 銀狼様の最後の呟きは、わたしの耳には届かなかった。


 執務室から見える外は、完全に日が落ちていた。

 銀狼様がまたソワソワと落ち着きがなくなったので、どうしたのかお聞きする。


「アタイに……こせ」

「え? すみません聞き取れませんでした」

 ―――チィッ!

「アタイに酒を寄越せって言ったんだ!」

「お酒……ですか……」

「ああ、アンタに酒の話をしたら久し振りに飲みたくなっちまった」


 どうせならということで、みんなで食事をすることにして、その場にお酒を用意することになった。

 エドもお父様も、この後お城に戻ってまだお仕事をするそうだけれど、腹拵えでお付き合いしてくれるそう。

 部屋を出て、執事長にその旨を告げると、既にエドの分も含めて夕食の手配は済んでいた。

 さすがに銀狼様のことは知らないし、まだ使用人達には伝えないことにしているから、銀狼様は“ワンちゃん”だと伝えておく。



 メインのダイニングルームには、わたし達の他に執事長、メイド長、それにアンの“秘密の誓”をたてた三人だけに給仕に入ってもらう。すでに夕食を食べ終えていたブッチもわたしの足下でうつらうつらしている。


 いつもはお父様が就く席――と言っても、そのテーブル上に銀狼様がお座りし、普段は季節の果物を載せているトロフィー型のガラス製フルーツ皿がその目の前に鎮座している。


「銀狼様、これ……お父様が隠していた秘蔵のお酒です」


 我が屋敷にある未開封の最高かつ入手困難な長期熟成蒸留酒を、お父様の隠し棚から拝借してお示しする。


「オ、オオ、オリヴィア! どこからそれをっ!?」


 誰にも見つからないだろうと高を括っていたお父様は慌てて“秘密の誓”の同志を見回すけれど、みんな目を逸らす。お父様の隠し場所なんてみんな知っているんですからね? お酒もヘソクリも。 


「おおっ! 美味そうな酒じゃねえか。アタイが飲んじまって良いのか? 御当主様よぉ」

「も、もちろんですとも。銀狼様にお飲み頂けるなんて、光栄です」


 心では泣いているのでしょうね、お父様……


「まっ、アタイも独り占めする気はねえ。ちょっと分けてやるからよ、乾杯しようぜ? ちょっとだぞ!」


 アンが皆のグラスに“ちょっと”注いで、残りを全て銀狼様のフルーツ皿に注ぎきる。

 その時のお父様の顔ったら……まるで宝物を取り上げられた子供のよう。

 その姿が可哀そうなので、わたしの分をお父様にあげようとすると、銀狼様が――


「オリヴィアも飲めばいいじゃねえか。アタイが目を覚ましたことで、アンタは変身しなくなったんじゃねえかな?」

「だ、大丈夫なのでしょうか?」


 不安なんですけど……

 でも、改めてエドと乾杯してみたい気もするし……


「あん? それくらいの量なら大丈夫じゃねえか?」


 不安なんですけど……

 ―――いいから早く乾杯しようぜ?


 ……結局、銀狼様に押し切られる形で、わたしもお酒を頂くことに。不安ですけど。


「では、銀狼様のお目覚めを祝しましてグラスを掲げましょう。乾杯!」


 お父様の発声で、みんながグラスを掲げ、それぞれのグラスに口をつける。


 恐る恐る葡萄酒を蒸留したというお酒を口に含む。

 口に入れた途端、強いお酒特有の熱いスープを含んだかのような、舌や粘膜が熱くなるような感じがくる。

 でも、とても強いお酒なのに雑味がなく、まろやかなのだけれどフレッシュというか……爽やかさもあるとても飲み口のいいお酒だわ……


 みんなも目を閉じて最高のお酒の余韻に浸っている。

 コクンと飲み込むと、喉に食道に熱の線を引きながらお酒が通り抜けていく……


「おいし――」


 ヒュウ!


 あ、やっぱりぃ!


 フワー!


 案の定、変身しちゃった……

 不安だったのに、銀狼様の口車に乗せられて、エドの時の二の舞じゃないっ!


(……やっぱり変身しちゃったじゃないですか! 銀狼様ぁっ!)


 わたしのワンちゃ――狼の吠え声に、みんな我に返ってわたしに駆け寄ってくるけれど、銀狼様はお酒を周りにびちゃびちゃと撥ね散らしながら、無我夢中になってお酒を飲んでいる!


「オリヴィア!」

「オリヴィアちゃん?」

「オリヴィー!」

「お嬢様ぁ!」


 ―――うめっ、うめっ、うめっ、うっめえー! 


(…………)

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