43.お約束?

 

 案の定、わたしが変身してしまって、テーブルの対面にいたお父様とお母様が慌てて回り込んで来る。

 隣のエドは“経験済み”なので、またかという感じでアンやメイド長らとともに対処法に考えを巡らせている。


 一方の銀狼様は、夢中になって『ガル坊の頃は、こんな立派な酒器しゅきなんて無かったぞ』と喜んでいたガラス製フルーツ皿に頭を突っ込んで、お酒を飲み続けている。

 ほぼ丸一瓶分あったお酒が、もう無くなりそうなくらい減っているわ。

 無責任にわたしにお酒を進めたくせに、わたしのことを全く気にする素振りが無い!


「くぅう~~っ! 久々に飲む酒はうんめえなぁーおい! ヒック!」


 お酒を一滴も余さずたいらげて顔を上げた銀狼様が、テーブルの上に座ったまま満足気に前脚で口周りを拭っていると――


「あ、ヤベッ」


 ――むくむくとお身体が大きくなっていき、本当に馬くらい……いいえ、馬よりひと回り大きいくらいにまでなってきた。

 すると、肥大化した銀狼様の重さに耐えられなくなったテーブルの脚がバキンと折れてしまった!

 その拍子にテーブルが一気に跳ね上がるように傾き、銀狼様は「おっ、おろろ~?」と後ろ向きに転げ落ち、テーブルクロスごと食器が一斉に銀狼様の上に振り注ぎ、カシャンガシャンと割れる音が続く。

 テーブルの下でうとうとしていたブッチも飛び起きて、(うわぁー! なに? なに?)と混乱してわたしにも気付かずに、吠えて走り回ったりと、ダイニングルームが凄惨な様相を呈している。


 銀狼様のお体が動く度にパキパキと食器の砕ける音が続く光景に、揃って呆気にとられているけれど……ボーっとしている場合では無かったわ!


(エド? アン? わたしはすぐ元に戻っちゃうわよ! せめて隠れる布をちょうだいっ)


 みんなには鳴き声にしか聞こえないとは分かっていても、せめて気付きつけになればと精一杯吠える。

 ブッチだけはすぐに(あーっ! オリヴィアだぁ!)と反応し、一緒になって吠えてくれた。


 真っ先に我に返ったエドが、アンに布の用意を促してくれて、キャビネットから引っ張り出したテーブルクロスで無事に? 裸を見られることなく人間の姿に戻れた。ブッチはまたしてもぴったりくっ付いてきたけれど……


 状況が少し落ち着いてきたところで、男性連中を部屋から追い出して、お母様が確保しておいてくれたドレスを着付けてもらう。この頃には、銀狼様も元の大きさに戻って惨劇の舞台からは離れていた。


「夕食どころではなくなったわね? お母様」

「そうねぇ……とりあえずこのお部屋はしばらく使えそうにないわねえ?」


 そこ?


 入室を許されて戻ってきたお父様達も、一画の惨状に言葉を失いつつも、王城での残務の為に夕食を諦めるしかなかった。


「殿下も城にお戻りになるのでしたら、一緒に出ますか?」

「そうですね。遅くなって政務を滞らせるわけにもいきませんからね……」

「エド? 少しわたしにお時間を頂けないかしら」


 エドに政務が残っているのは分かるけれど、どうしても聞いておきたいことがあったので、無理は承知で少し帰城を遅らせてもらった。

 ここではなんなので、アンにドローイングルームを準備してもらって、そこへ移動する。

 お父様は先に登城するというので、銀狼様を一人にするわけにはいかないと、結局銀狼様とブッチも連れていくことに。


「アタイを犬なんぞと一緒にいさせる気か?」


 銀狼様は、尻尾をブンブン振りながら自分に興味を示してお尻の匂いを嗅いでくるブッチを、これも尻尾でペシペシあしらいながら不満気に言ってくる。


「ブッチはわたしの家族です。ということは、銀狼様の家族とも言えますよ?」

「なっ!? 狼であることをやめた犬とアタイが家族だとぉ?」

「ガルフ様は、銀狼様の配下の狼たちを家族として迎え入れたと聞きましたけれど……銀狼様は違うみたいですねぇ……」

「ぐぬぅ……」


 銀狼公ガルフの逸話――その中では、若きガルフ様が銀狼様を屈服させたとあるけれど、『その配下の狼達も家族として迎え入れて、後に得た領地の広大な森を彼らの住まいとした』という話を持ち出すと、銀狼様も渋々納得して下さった。

 でも、気を取り直したのか、すぐにわたしの足にお体を押し付けながら新たな要求をしてくる。


「それは仕方ないとして、アタイにもっと酒を寄越さねえか?」

「いけません! また大きくなられても困りますから!」

「なっ、なんだとぉ~」

「どうしてもお飲みになりたいのであれば、厩舎に入って頂かないといけませんよ?」

「おい! アタイを馬小屋に押し込むつもりか? 犬の次は馬……」

「今ならガルフ様がパーティへの出席を禁じた理由がよぉーく分かります。厩舎へ行きますか?」

「ぐぬっ……き、今日のところは我慢してやらあ!」


 銀狼様って……最初の印象と違って、案外聞き分けがいい?

 ガルフ様のお名前を引き合いに出すと、結構引いて下さるみたい……。これは使えそうね。


 ―――心の声が丸聞こえだっつうの!

 ありゃ……



 ドローイングルームに入ると、今日はティーテーブルに向かい合わせに座る。なぜなら部屋に入った途端に、銀狼様がソファを見つけて占領してしまったから。

 ブッチもソファに乗ろうと足掻くのを、容赦なく足蹴にしているし……


 アンがお茶を出してくれて下がると、さっそくエドに切り出す。


「エド……あのね? 聞きたいことってね……?」

「うん。なんだい?」

「その……婚約……の、ことなんだけど……」

「婚約? それがどうしたんだい?」


 ちょっと緊張してきた。エドの顔を見られないから、胸の前で意味も無く指の爪をいじったりして、気を紛らわせる。


「わ、わたしが銀狼様の片割れだって知って……そのぉ、人間じゃないって言われて……」


 ”どう思ってる?”“嫌でしょ?”“もしかして、婚約を……”

 答えが恐くて言葉を続けられない!

 わたしがどうしても言葉を紡げないでいると、エドはもじもじ動かしているわたしの手に片手を伸ばして、触れてくる。


「なんとも思っていないよ」


 考えていなかったパターンの返答に、思わず顔を上げてエドを見ると、彼はすでにわたしに眼差しを向けていた。


「ほ、本当?」

「そうさ」

「どうして?」


 わたしの問いに、エドはもう片方の手も添えてきてわたしの手を包む。


「僕がオリヴィアを想う気持ちが変わらないからさ」

「エド……」

「それに、僕たちよりももっと凄い前例が明らかになったじゃないか?」

「前例?」

「人間のガルフ公と神獣の銀狼様というさ! 僕たちもガルフ公と銀狼様のように手を取り合って、二人で並んで人生を歩もう?」

「エドォ……」


 そうよ! わたしのことは今日聞いたばかりで、そんなに詳しくは分からないけれど……エドの言う通り初代様という良い前例があるじゃない。

 これまで通り、エドとお互い助け合って、支え支えられ、二人で乗り越えていこう! うんっ!


 わたしもエドも席を立ち、抱擁を交わしてお互いに見詰め合う。

 二人の顔が徐々に近づき、唇も……

 いよいよその時が来たと、ドキドキを抑えて瞼を閉じる。本当はうっすら開けているけど……

 エドの唇が今にもわたしの唇に触れるかしらといったその時!


「おお、おいっ!」


 銀狼様の慌てた声に動きが止まる。


「――?」

「盛り上がっている所に水を差す野暮はしたくねえが……コイツが限界みたいだぞ?」


 銀狼様がソファの上から見下ろす先では、垂れ耳で焦ったような表情のブッチが、後脚を千鳥足のように動かしている。


 ……おトイレ!

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