45.オリヴィアとなら、やれる

 

「やるしかないなら、やるしかないのです! やります!」


 ◆◆◆銀狼様


 オリヴィアの口から決意の言葉を聞いた途端、アタイの全身に衝撃が走った。


 はわぁ~! ガル坊にそっくりじゃねえか~。

 オリヴィアとガル坊……性別も大きさも、髪の色や眼の色まで違うのに、やっぱり似てる。

 アタイが出会い、心を奪われ、共に戦い、ヒトの姿になってまで添い遂げたガル坊と!



 神に魔法を消され、人間の魔術も衰退し、人間と魔物の住み分けができて平和になったこの星で、アタイはその住み分けのなされた中間地帯に棲みついた。

 年月を経ると、森には狼や馬や鹿、虎や牛などといった中型の動物が生まれ、増えていった。

 アタイはその中の狼の群れを率いて、中間地帯に入り込んで来る人間と魔物が鉢合わせして新たな争いを生まねえように、それぞれを追い払って暮らしていた。何百、何千年と……


 アタイらが人間と魔物の追っ払いを続け、動物達は何代も世代が移ろい、種類もより多様化していったある時――

 根城にしていた深き森の夕暮れ時に、侵入者が入ってきたと狼どもが騒ぎだした。

 どれ、アタイも狼任せにしてばかりいないで、森の奥にまで侵入はいってきやがるようになった人間に久し振りに恐怖を植え付けてやるかと出張でばったのさ。


 狼の大群を率いてわざわざ出張ってみれば、いたのは年端もいかねえガキ。拍子抜けするぐらいに幼く、そこら辺の草よりも小せえガキがたった一人でいやがった。

 後姿しか見えなかったが、もしやこのガキを囮にしてる人間がいるんじゃねえかと周囲を探らせたけど、違った。


「何しに来やがった! ガキがっ!」


 狼どもを下がらせ、アタイが怒気を含めた声で威嚇すると、ガキはビクッと肩をすくませてゆっくりとアタイの方に振り向く。

 小さな身体に見合わねえ弓と矢筒を地面に引き摺るように背負い、小さなナイフをちっちぇえ両手で重そうに持っていた。

 ゆっくりと振り向いたそのガキの目がアタイを見つけると、ナイフを握り締めた手を下ろして言ったんだ。


「わぁ~! 綺麗」


 濃灰色のぼさぼさな髪で、くりっくりの若葉色の瞳を輝かせて、このアタイを綺麗だと……

 その純真な眼差しを見た途端、走ったねぇ……全身を抜ける衝撃が。

 アンタの方が可愛いよぉーっ! とっても可愛いよぉ~!

 ちょっとぼさっとした髪の間から覗くクリクリのおめめに、ツギハギだらけのダボダボの服から垣間見える小さなおてて。ぶかぶかの靴の下にある足も小せえんだろう……全部が愛おしく思える!


「ぼ、坊や?」

「ぼくはガルフだよ」


 なんだいこの可愛さは! まぶしい!

 聞きゃあガル坊は父親を戦乱で亡くし、貧しいなか女手ひとつで自分を育ててくれる母親に美味い肉を食わせてやりてえと幼い身で森に入ったようで、迷った挙句こんな深いとこまで来ちまったらしい……

 ガキの足で、一日でここまで辿り着くか? それによく無事でいられたな?

 こん時には分からなかったが、後になってガル坊が幼子とは思えねえ身体能力、動物達が逃げ出すほど強い覇気、そして残念な方向感覚の持ち主だっつうことが発覚したっけ。


 とにかく、ガル坊の可愛さにやられちまったアタイは、こんな深い森から一人で帰すわけにはいかねえと、ひと晩面倒を見て、ガル坊がきちんと家に帰れるようについていくことにした。

 アタイを怖がること無くアタイの腹を枕に眠るガル坊も可愛くって、ずっと見ていたくて朝が来るのが怨めしくなるくらいだったなあ。


 翌朝、森を抜ける為にガル坊がまたがれるくらいの大きさにまで縮んでやって、背に乗せてやったら――


「わあっ! すごい! “狼さん”の背中は気持ちいいね?」


 呼び名はともかく……背に乗せているアタイも何故かしっくりきて、道中に交わす会話も楽しくて、大昔に接したことのあるどの人間よりも一緒の時間が心地良かった……別れ難くなるくらいに。


「村に着いたら、狼さんは森に帰っちゃうの?」


 土産の鹿を運ぶ狼を数頭引き連れてもうすぐ森を抜けようかといった時、背中のガル坊がアタイの頭を撫でながら、寂しそうに言う。

 ガル坊と離れ難くなっていたアタイは、どう返事したらいいか分からなくて黙ってしまった。


 アタイがガル坊といたいからって森に連れ帰れば、人間どもはガル坊を取り返しに森に攻め込んで来るかも知れねえ。これまでのように命を奪わずに追い返すことが出来ねえかも知れねえ。

 かつて人間を魔物の手から守る為に創られたアタイは、人間に手を掛けたくねえ……


「ぼく、狼さんと一緒にいたい!」


 返答に困っているアタイに、ガル坊がそう言うと、ぎゅうっとアタイのくびに抱きついてきた。

 そん時に覚悟ができた。

 ガル坊とつがいになる! って。ガル坊がアタイに愛想尽かすまで一緒にいるって。


 ――で、アタイはガル坊と母親と一緒に暮らすことにしたのさ。

 ガル坊が幼いうちは友として、大きくなってきてからは恋人として仲間として、貴族になってからは人間の姿になって夫人として……


 ガル坊は自分やアタイや狼どもの力におごらず、二代の善なるプレアデン王の臣下として、始めて出会った時の瞳を曇らせることなく生涯を終えた。


 今回現れやがった蜘蛛野郎は、神への憎しみから神獣を捨て魔物へと変貌してしまったもの。

 過去に散発したハグレ魔物とは比べ物にならねえ強さだろうし、襲撃されれば被害は桁違いだろう。


 “今の”アタイだけだったら、どれだけ対抗できるかは分からねえ。

 でも、オリヴィアとなら……やれる! 


 ガル坊と離れて数百年、ガル坊と同じ雰囲気を持つ奴に出会えるなんて……

 死にかけで生まれてきたオリヴィアを助けたのも、まるでこの時の為だった様にも思えるな。


 ◆◆◆


「よく言った! それでこそガル坊の子孫ってもんだ」


 銀狼様がわたしの腕から飛び降りて、嬉しそうにそう言って下さった。

 その後、ブッチが満足するまで遊びに付き合ったわたし達は、屋敷に戻る。


 お父様とお兄様から今日は戻れない旨の連絡が入り、二人や執務をしているであろうエドに悪いと思いながらも寝支度を済ませる。ブッチは寝台の脇ですでに夢の中。銀狼様も寝台のわたしの隣に陣取っている。

 わたしも今日は色々起きて疲れているし、明日に備えて早めに休むことにして、アンに天蓋のカーテンを閉じてもらった。

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