34.什宝〈じゅうほう〉室へ
「お父様、あの窓があるのは……“あの”部屋ですよね?」
「……うむ」
「あの部屋とは? 何の部屋です? カークランド卿」
お父様はエドの問いに躊躇いを見せたものの、彼に正対して答える。
「あの部屋は、当主のみが扱う事を許された我がカークランド家の
「いわゆる家宝かい?」
「それ以上……です」
我が屋敷には、別に武器庫も宝物庫もあって、王家から
王家から賜った物よりも大切などと、差をつけている事は不敬に当たりそうなのでお父様は
「ここで話していても進まないわ。行きましょう。あそこへ」
「……そうだな。殿下もお出で下さい」
「分かりました」
お父様が、執事長にわたし達以外の三階への立ち入り禁止を申しつけて、エドとわたしだけを連れて三階に向かう。
その前に従騎士から腕に固定するタイプの小型丸盾を借りて、それにカーテン生地を被せ、頭上に盾を構えた時に上半身を隠せるくらい垂れる長さに調整する。見た目は不格好だけれど、これで光源の直視は避けられる……と思う。
お父様の先導で階段を上りきり、当主執務室へ。お父様は終始無言。
執務室の扉の前に着いた。
通路は突き当り――屋敷の端――まで、数部屋分続いているけれど……この扉以降、出入り口は無い。
通路を挟んだ向かい側には扉の付いた部屋が並んでいるのに……
お父様は執務室の鍵を開けてから、わたしとエドの方に振り返って、真剣な表情で告げてくる。
「殿下。申し訳ありませんが、什宝室を開けるところはお見せすることができません。ただ、これだけは申し上げておきます。悪意を持って殿下に隠すわけではございません。開けた後は殿下にもご覧頂きますので、何卒ご了承くださいませ。オリヴィア、お前もだよ?」
エドも了承しわたしも頷くと、お父様は一人で執務室へ入っていく。
「お父様! 開ける際は、先に盾での遮光をお忘れなく!」
閉ざされた扉の奥からはしばらく何か仕掛けが動く音が続き、その音の収束とともに扉が開いて、光源方向に盾を構えたお父様がわたし達を招き入れる。
既に什宝室への通路? が出来ていて、物凄い光が執務室にも差し込んでいた。
「うわぁ……強烈な光だね」
「エド、気をつけましょう」
三人とも、まるで太陽に手を
どうやら最奥の書棚が移動して、更に奥の什宝室に繋がっているみたいね。
執務室のソファや執務机などの備品を避けるように歩きながら、お父様に尋ねる。
「お父様? そもそも光源に心当たりはあるのですか?」
「……ない」
ない?
父の返答に思わずエドを顔を見合わせる。
ない?!
「――ことも無い」
どっち!?
「我が家の什宝は、ほとんどが初代様のお使いになった装備品などだが……初代様の『奥方様』――言うなればカークランド公爵家の母――の
◆◆◆
カークランド家が代々『銀狼公』と呼ばれるのは、初代様の示された武勇による。と、王国内では言われている。
現在みたいな王権の強い封建制度となる以前……。土地を支配する者が王を名乗り、専制君主として領土の拡大を目指して争っていた乱世。
小さな領地を収め、王に君臨していたプレアデン国の一介の狩人、すなわち一領民がカークランド家の始祖とされる。その名をガルフ。
成人前の幼きガルフは、父親のいない家庭の糧を得る為の狩猟で入った深い森の中で、群れの長だった銀色の狼を屈服させて群れごと支配し、それらとの狩りで名を轟かせていった。
その名声を耳にした善なるプレアデン王がガルフを母親ごと厚く遇し、ガルフもまたその恩に報いるべく戦場に参じた。
銀狼とその群れを率いて戦うガルフに敵は無く、“銀狼ガルフ”と言う名が諸外国に轟き恐れられた。
ガルフが、母親に何不自由なく生活させられる基盤を作ってくれたプレアデン王に恩義を感じ、武功を重ねて忠誠を示せば、プレアデン王はガルフを正当に評価し
プレアデン王国が版図を広げるほど、ガルフは
銀狼を筆頭に多くの狼を率いて戦場を駆ける姿は晩年まで見られ、いつしか『銀狼公』と言う名が定着した。
これが、王国内のみならず近隣諸国に広まっている、カークランド家が『銀狼公』と呼ばれる理由。
一部で「ガルフが銀狼と子を設けたから、カークランド家の子孫は銀髪なのだ」なんて、とんでもない理論を振りかざす物好きも未だにいるらしい……
◆◆◆
「「御遺体?」――ですって?」
お父様の言葉にわたしとエドは、見合わせた顔を今度は同時にお父様へ向ける。
「ご遺体って! 領地の丘を
しかも、御遺骨ではなくて御遺体? 死体?
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