18.キアオラさんの家名

 

 別班が捕縛した連中の取り調べはかんばしくないみたい。

 捕まえたのは全員、下請けの下請け――要は末端の人間だった模様で、有益な情報は得られていない。

 だからキアオラ翁からの情報は、より一層重要度が増してくる。


 キアオラの聴取には、エドとシドが来ている。

 それについては、わたしもアンも嬉しいのだけれど……

 翁は、この二人のことも怖がっていて、口をつぐんでいる。


 なら、わたしの出番ねっ!


 公爵家の敷地にある小屋は、キアオラを迎える為に二つある小部屋のうちひとつを翁の寝室に、もうひとつを聴取室に改装していた。

 聴取室と言っても、犯罪人に対する無機質なものではなく、寛げるように一対のひとり掛けソファとテーブルが持ち込まれている。



「お話をしませんか? キアオラさん」


 わたしはブッチを伴って、キアオラ翁を訪ねる。

 アンに頼んで、暖かいお茶も用意してもらった。


 もちろん小屋の広いスペースには、エドもシドも控えていて、聞き耳を立てている。

 まあ、部屋を仕切る壁は天井まで繋がっていないので、普通に話していることは筒抜けになるから、聞き耳すら立てる必要は無いのだけれど……万が一の時にわたしを助けに来られるように構えている。


 翁は、伸び放題だった白髪頭を肩にかかる程度まで切り揃え、同じく伸びていた髭は綺麗さっぱり剃っていた。

 救出当初より幾分ふっくらとしてきたとは言え、未だに頬はこけ、手足も骨立っている。

 でも、黒い瞳には生気が戻っているみたい。


 わたしもキアオラさんの向かいに座り、お天気のこととか、当たり障りのない話題を向けるけれど……


「…………」


 翁は本を抱えて盾としていて、言葉も帰ってこない。


 わたしは、ソファの傍で退屈そうに伏せているブッチに手を伸ばし、頭を撫でであげる。

 ブッチの尻尾がソファにパタパタと音を立てて当たる。


「この子もあの小屋にいたのよ?」

「……あのやかましい犬か」


 おっ! しゃべってくれたわ。


「あら? やっぱりうるさかったの? この子……元気いっぱいだし、おしゃべりですものね!」


 しばらくブッチの話をすることで、少しずつ口を開いてくれるようになってきた。

 すぐに核心にはいかずに、遠回りに遠回りに話を進める。


「キアオラさんは、どのくらいあそこにいたの?」

「……ここ三年ほどか?」


 こう言っては失礼だけれど、思ったよりは短いわね……

 その前はどこにいたのか気になるけれど、焦らないでいきましょう。


「それにしても地下なんて……暗くなかった?」

「……暗い。いつも昼頃に“蓋”が開けられて、夕暮れまでの数時間は明かりが取れたが、忘れられる日も多かった」

「まあ! 酷い! よくお心を保っていられましたね……」


 すると、本を盾にしていた翁は、いつの間にか、本を膝の上に寝かせ、わたしの目も見られるようになってきた。


「あっ! わたしったら……名乗りもせずにごめんなさい! わたしはオリヴィア。オリヴィア・カークランドです」

「カークランド? 貴族……公爵家でいらしたか」

「そう改まることは無いわ。ちなみに、ここは公爵家の敷地だから安全ですよ」

「……とっくの昔に捨てたのじゃが、ワシも“家名持ち”じゃった」


 家名? 姓を持つということは……貴族? 商会規模の商いを行う商人などそれなりの経済基盤を持つ庶民?


「そうでしたのね? ちなみに、何という家名でしたの?」

「デュルケームじゃったかの?」

「どうしてお捨てになったのですか?」

「物心が付いた時には、もう無くなっておったらしい……」


 まず、身元を特定できそうな情報は得られた。

 今日のところは、ここまでにしましょう。


「今日はありがとう。明日またお茶でも飲みましょう」


 キアオラ翁には要望があるなら何でも言うように伝え、今日のところは小屋を後にする。

 話を聞いていたエドやシドとも、情報を得られたと頷きあって一緒に出て行く。


 陛下への報告はエドにお願いし、わたしはお父様にお伝えする。


「デュルケーム? ……聞き憶えはない……な。私の方でも調べてみよう」


 それからも毎日一緒にお茶の時間を過ごし――

 確かに十年ほど前に何者かに攫われた事や、あの小屋に行く前はもう少しまともな家に閉じ込められていた事、もっと以前のお弟子さん達との隠遁生活の事などを、ゆっくりと聞き出していった。


 そろそろ軽くつついてみようかと、帰り際に聞いてみる。


「ところで、キアオラさんが大事そうにしていらっしゃるその御本は、何の御本ですの?」


「……分からん」


 へっ? 分からん? じゅ、呪じゅちゅ――呪術の本ではないの?


「えっ? 分からないとは?」

「分からないとは、分からないじゃ。ワシでは開くことができないのだ」


 ええ? 開くことができない? 確かに頑丈そうな鍵付きみたいだけれど……


「ひ、開けないって……鍵を失くしたとか?」

「鍵? 鍵など付いておらん。現に、これには鍵穴など無いのだから」


 ええー!? お弟子さんは確かに『鍵付き』って言ってたのに? ……見せてもらうと、金具のような物で閉じられているのに、確かに鍵穴がない!

 王室で機密文書をまとめている鍵付きの本をチラッと見たことがあるけれど、それには鍵穴があった。


 ……期待していたのとは違うけれど、怒涛の情報量!

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