16.翁の確保

 

 小屋の中では、シドと手練れの男が一対一の戦いを繰り広げている。

 テーブルや椅子が倒れたりひっくり返ったり、物が散乱していて足場が悪いのに、二人ともそれらを避けながら戦い続けるなんて信じられないわ。


 二人の剣戟けんげきの音に、木の床がきしむ音。

 そこにわたしとワンちゃんの会話の鳴き声。


 丁度ワンちゃんが、わたしの提案に乗ってきた所に、男の一声。


「なんだ犬っコロども! ギャンギャン吠えやがって! ……おい駄犬! とっとと手伝えやぁ」


(今よっ!)

(わかったー!)


 ワンちゃんは、男の大きな太ももにかぶり付いた!


「ぎゃあっ!」


 まさか、自分達がこれまで世話をしてきた犬に噛まれると思っていなかったでしょう?


 男が噛みつかれた太ももに気を取られた。

 シドには、その隙だけで充分だった。


 袈裟斬り一閃! 


 男は膝から崩れ落ち、前のめりに倒れて息絶えた……



「終わったかい?」


 エドもゆっくりと小屋に入って行く。

 入れ替わりにワンちゃんが出てきて、目を輝かせながら声をかけてくる。


(約束だよ! 遊ぼう!)

(わ、分かったけど……もうちょっと待っていてくれない? 一緒にいていいから)

(ええーっ!?)


 男との戦いを終えて呼吸を整えたシドが、エドに謝罪の言葉を向ける。


「殿下。途中の暴言、申し訳ございませんでした」

「大丈夫だよ。僕が狙われないように言ってくれたのは分かったから。それにしても……コイツは強かったな?」


「はい。中途半端な攻撃ですと反撃される恐れがあった為に、命を奪うしかありませんでした。申し訳ありません」

「仕方ないさ。よく無傷で勝ってくれた」



 エドとシドは一旦小屋を出て、傷を負った兵士や生かして捕まえることのできたもう一人の男の様子を確認。

 再び小屋に入ると、手練れの男の身元を探ろうと遺体を調べる。

 わたしも側に寄ると、ワンちゃんもピッタリ付いてくる。


 男は、首に他国の傭兵識別票を下げていた。


「A級……」


 エドが呟く。

 A級とは、傭兵の階級で最上位の実績と実力を持つ事の証。


「識別票を見る限り、だいぶ前に期限が切れているので、流れの傭兵となってここまで流れてきた者でしょう。ですが、腕は確かでした」


 パッと調べた結果では、どうやらこの小屋の見張りは、ベテランと新人の二人一組で行われているようだ。

 確かに、交代で帰って行った二人もそうだったわね。


「よし! 次はキアオラだ」


 小屋の隅っこには不自然に敷物が敷かれた上に、木箱が無造作に重ねられていた。

 それらを寄せると、床が跳ね上げられるようになっていて、その下に地下へと続く急な階段があった。


 うわー! 床をはね上げた瞬間に、凄い臭いが立ち込めてきた!

 エドがワンちゃん姿だったら、確実に気絶しているわね。


「うっ!」


 人間の姿のエドが、口を手で押さえて外に逃げて行った……


 シドは今開けた床板からしか照らす光の無い地下を、目を凝らしてじっくりと安全を確認し、一人でギィギィと軋む階段を下りて行く。

 わたしは、ニオイを我慢しつつ上から様子を窺う。ワンちゃんもわたしのすぐ横に顔を持って来て、一緒に覗き込んでくる。


 階段を下りた先には酒樽のような物がいくつか見え、奥には動物用の檻みたいな物があり、汚れた格好の人間がいるのが分かった。老人だ。


 老人は、檻の中で大きな本を抱えて座っていたが、光が眩しいのか初めて見るシドが怖いのか、その本の陰に頭を隠して震えている。


「お前……名は何と言う?」


 シドが声をかける。

 老人は、その質問には答えずに、身体をシドから遠ざけるように狭い折の中を座ったまま後ずさりしながら、言葉を返す。


「……わ、ワシはとうとう殺されるのか?」


 かすれたその声は、はっきりと震えていた。


「私達は上にいた見張りとは違う。殺さない。ここから出してやる」


 シドはそう言うと、剣の柄頭で檻の鍵を壊して、老人に出るように促す。


 老人はゆっくりと立ち上がり、恐る恐る檻から出てくる。

 それにつれて、わたしの目にも彼の姿がはっきりと確認できた。

 ボロボロになったローブから、棒のように細くなった手足が覗いているが、その両腕は自分の上半身と同じくらいの大きさの本をきつく抱きしめていた。


 シドの助けを借りながら、急な階段を一段一段ゆっくりと上って来る。

 同時に、犬の嗅覚を持つわたしには耐えがたいニオイも昇って来る。


(うっへぇー! クサッ!)

(は、離れましょう)


 老人は小屋の中でしばらく明るさに目を慣れさせてから、外に連れ出す。

 その間、わたしとワンちゃん、それにエドちゃ――エドは、外の風上にいて、綺麗な空気を吸う。


「確認は後ほどになりますが、キアオラと名乗りました」


 シドがエドに報告に来て「それと――」、わたしの変身限界時間を告げた。


 わたしは小屋の中に入り、シドの敷いてくれた布に乗り、もう一枚の布をかけて貰って待機。


 新しいお酒は丸々ひと瓶、足下にある。

 小屋のドアは……蹴破られたまま! 全開!

 だけど、シドとエドが背中を向けて立ち塞がってくれている。


 そして、布の中にはわたし……と、ワンちゃん! ワンちゃんっ!?


(近いんですけど?)

(遊んでくれるまで、離れないよ? てか、これはもう何かの遊びなの?)


 わたしがこれから人間に戻るなんて、この子には関係ないけれど、わたし淑女なのですけど? ……関係ないか。

 それよりも、尻尾をフリフリするの……やめて下さらない? 布がズレちゃうのよ。


 ヒュウ!

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