6.王家と公爵家の協議

 

「……これからどうしましょう?」

「そうだね」


 この“ワンちゃんになっちゃう問題”をどうしようかと考えて、二人とも押し黙ってしまっていたら、執務室の扉が荒々しくノックされ、返事を待たずに開かれた。


「エドワード!」

「オリヴィア!」


 駆け込むように入って来たのは国王陛下と私の両親と兄。


「父上!」

「お父様お母様……お兄様まで」


 わたしもエドも驚いて、立ち上がりそれぞれの家族を迎える。


 陛下は飴色の御髪に頬髭を蓄えられ、凛とした格好ながらエドの事を心配し息を切らしておいで。

 我が家の家族はお母様以外は銀髪で、とうとうわたしの秘密が衆目に晒されてしまったと動揺の色が見える。

 お母様だけは夜空のような紺青色こんじょういろの髪を結い上げたドレス姿で、おっとりと「オリヴィアちゃん大丈夫だったぁ?」とバスローブの襟を整えてくれた。



 控えの間で報せを受けた陛下は、パーティーを一時王妃殿下とバートン殿下に任せて駆けつけたそうです。


 私の家族は、兄が私の変身の瞬間を見ていたらしくて、会場が騒然とする中、両親を見つけて一緒に私を探したそう。

 途中で陛下と鉢合わせになって、エドの従者から執務室だろうと聞きつけて、共にこちらにいらしたと……


 陛下は、わたしのバスローブ姿を見て仰天していらしたけれど、それよりもわたしも犬に変身した事を驚いていらした。


「まさかオリヴィア嬢も、犬になるとは……」



 エドが、皆にひとまず座るように促していると、彼の従者がパーティー会場から礼装を回収して持って来てくれた。

 私の分も回収してくれたようで、よかったわ。


「我々王家とカークランド家を含めて、色々と話さねばならないことがあるが……今日のところは招待客に箝口令かんこうれいを敷くしかあるまい」


 国王陛下は「これ以上招待客を待たせる訳にはいかない」と、後日協議の場を設けるとしてパーティー会場に戻る事に。

 エドは陛下から、今日のところはパーティーに戻らなくてもいいと告げられた。

 彼は犬の姿を直接目撃されたわけではないけれど、突如姿を消したことは事実なので、好奇の目に晒されかねないものね……


 まぁ、わたしは自分から進んで犬になっちゃった――それも大型犬にね! ――から、大勢の方に見られているので当然戻るなと言われる。

 エドから部屋を借りてドレスを着た後は、家族と共に招待客の目につかない出入り口から屋敷に戻りました。



 そして数日後、王城の一室に集まって、改めての話し合いが行われることになりました。


 話し合いの議題が議題なので高い秘匿ひとく性が求められるのと、王城はふた月ほど先の天文現象の対策協議も盛んに行われて人の出入りが多いので、それを避ける為に会場は王城の更に奥、王宮内の会議室を使用する。

 国王陛下のお住まいである王宮には誰でも入れるわけではなく、公爵位にある父でさえ一度しか入ったことが無いそうです。厳重に警備され、構造は非公開の建物です。


 その王宮の執務室に隣接する会議室には、陛下とエドとわたしの他に、バートン第二王子殿下とわたしの父と兄の六名。

 長方形のテーブルの両端に半円のテーブルを合わせた突端の席に陛下がお座りになり、王家とカークランド家が分かれて座っています。


 わたしを含むカークランド家の面々は、これまで王家に対してわたしの事を秘密にしていた負い目から、緊張感が半端じゃない! 場所も場所ですし……

 陛下専用の会議室と言ってもそれほど広くないのだけれど、壁に並ぶ歴代国王の大きな肖像画の圧もすごい! まるで睨まれている様に感じてしまう……

 後から入っていらした陛下とエドのお顔も、まともに見ることができない状態でした。


 会議室に訪れるしばしの沈黙に、我々カークランド側はただ俯くしかありません。

 目なんて合わせられません! 恐くって!


 給仕係によって各人の前に紅茶が置かれる――カチャ、カチャという――音だけがして、その給仕も音を立てずに出て行く。


「ウヴンッ」


 しんと静まった中の陛下の咳払いに、わたし達はビクリとする。


「あー、先日のパーティーの件だが……」


 陛下も言いにくそうに話し始めるが、私の父も意を決したようで――


「その件につきましては、オリヴィアのことを黙っていて、申し訳ありませんでした。私どもも自分達で、この摩訶不思議な現象の調査と解決策を模索していたのですが、見い出せませないままでおりした……」


 この際に、わたしが牧羊犬タイプの大型犬の成犬になるのだとお伝えした。


「メスです」


 その情報、要ります?

 お父様はなんでそういうこと言うかなぁ! ムッとしていると、陛下が父を制します。


「カークランド卿よ、よいのだ。こちらもエドワードのことをも黙っておったのだ」


 ひと月黙っていたのと、六年黙っていたのでは、大きく違いますけどね。

 さすがにお父様も六年間とは、言い出せませんよね?


「卿がしたように、我々も侍医や教会関係者などに色々と調査させたのだ」


 やはり王家でも、方々に当たってお調べになったそう。


「しかし、分かった事と言えば、エドが変身してしまう犬は、鳥類の狩猟に適した猟犬のオスの子犬だという事だけであった」


 オスかメスかは結局調べるのですね……


「では、やはり……犯人と言いますか、原因は?」

「分からず終いだ」


 王家もカークランド家と同じで、手掛かりを得られていないのね。


 再び会議室が重い空気に包まれるけれど、エドが口を開いた。


「陛下、“の者”のことは?」

「おお、そうだな」


 エドの言う“彼の者”とは、この件に関して有力な手掛かりを持っていそうな人物だという。


「ど、どなたですか?」


 わたしも思わず身を乗り出して聞いてしまう。

 陛下は、ひとつ頷くと、お教え下さる。


「太古に存在したと魔術。その派生の“呪術”研究の第一人者と、キアオラという男だ」

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