2.国王主催の夜会
わたしがワンちゃんになるという事は、幸い目撃者が少なく、お父様・お母様・お兄様・執事長・メイド長・わたし付きのアンしか知りませんでした。
合計六名――わたしも含めて七名は、それぞれが胸の内に秘めて、一丸となって秘密を守る誓が立てられました。
行儀見習いとして公爵家に奉公に来た男爵令嬢のアンが、妙齢を迎えても結婚せずにわたしの元にいるのも、わたしの秘密のせい……
秘密厳守の理由は、わたしがエドワード王太子殿下の婚約者、すなわち後に王太子妃、王妃になる人間だから。
そして、カークランド公爵家の為。
なにより、わたしがエドワード殿下をお慕いしているから。
エドワード様とわたしは同い年。
八歳の時に婚約を結んでからは、定期的にお会いし、貴族令息が通う王立学園でも一緒でした。
エドワード様は、金髪にサファイアの深い青い瞳、見目も麗しくお育ちになられましたが、慈愛に満ち、誠実にわたしをお想い下さっています。
そう。どこぞの男爵令嬢と恋に落ち、「真実の愛を見つけた」などと血迷う事も無く、わたしをお想い下さっていました。
話が逸れました……
もし、わたしの秘密が露見すれば――
婚約が続けられてもエドワード殿下の失脚の原因になりかねない。
そうなれば、カークランド公爵家も危うい。
婚約が破棄されれば、当然もっと危うい。
清廉潔白ではないかもしれないけれど、陰謀渦巻く貴族社会において、お父様は道を外れぬ生き方をなさっておいでだと思います。
わたしを診て下さったお医者様や神官様だって、本当に人のいない静かなところで暮らしている……はず!
ですわよね? お父様。
「オリヴィア様、いらしたようですよ」
アンのその声で、たった半日の余暇は終わってしまい、これから後日王城で行われるパーティー用ドレスの最終確認の予定。
「アン。もうそんな時間だったのね?」
パーティーは国王陛下の主催で、エドワード殿下の弟君――バートン第二王子殿下の誕生日を祝うもの。
招待客は同年代の貴族令息も多少はいるものの、国内の主要貴族家当主を招待してのもので、王族と各貴族を結び付ける貴重な場となります。
わたしは当然エドワード殿下の婚約者として、招待側で列席するのですが……少し気になることがあるのです。
最近――ここひと月ほど、エドワード殿下の様子がおかしいの。
もちろん、御心変わりしたとかではないと思うのですけれど……
お元気がないといいますか、お悩み事があるといいますか、物想いに耽るといった感じでした。
お声をかけると、普段の殿下にお戻りになるのだけれど、ふとした時に黙り込んでしまう……
殿下の従者や周りの方にお聞きしても、「政務の事でしょう。決して、オリヴィア様を悲しませるような事ではありませんよ」とのことでした。
確かに、王太子に就任してご政務により高度な判断が求められていますし、ふた月ばかり後の天文現象への対応もおありでしょうし……
でも、以前はそのような事が無かったので、少し心配です。
以降、エドワード殿下とは変わらずお会いしていましたが、普段通りのお姿とふと黙り込むお姿、どちらも変わりませんでした。
パーティーでは、陛下ご夫妻と当日の主役のバートン殿下に先立って、わたしとエドワード殿下がお客様をお出迎えし、ご挨拶する事になっています。
何ごともなければいいのですけれど……
そして、いよいよ陛下主催のパーティー当日。
国王陛下主催の夜会という事で、白い蝶ネクタイと黒いテールコートのエドワード殿下。
隣に並ぶわたしは、殿下の瞳と同じサファイア・ブルーのホルターネックドレスに肘上まであるオペラグローブ、それに殿下の御髪に合わせた金糸入りの極薄ショール。
本当は胸元や背中を、もっと開けた方がいいと言われましたが、なにせわたしには“秘密”がありますから……できるだけ露出は避けるようなデザインにしてもらいました。
わたしとエドワード殿下は、後からいらっしゃる陛下と王妃殿下、本日の主役であるバートン殿下に先立ってお客様達に順番にご挨拶をしてまわる。
ひと息つきましょうか、と飲み物を頼む。けれど、わたしは果実水。当然よね……
「殿下、お飲み物は何になさいますか?」
「えっ? あ、ああ。僕も果実水で……」
おかしいわね? エド――殿下は、成人になってお酒が飲めると喜んでいらしたのに……
わたしが、首を傾げたのに気づいた殿下は、少し焦ったように口が軽くなった。
「き、今日は果実水でいいんだ。酔っ払って君に迷惑をかけたらいけないしね」
エドがハンカチーフで汗を拭う。
あ! それは、わたしが刺繍を施してお贈りした物! ……今日、お持ち下さっていたのね? 嬉しいわぁ。
でも、やっぱり彼の挙動がおかしいわよね?
エドはわたしの方には目を向けずに、運ばれてきた果実水をグイッと飲むと、「さ、次は誰に挨拶するんだったかな?」と歩きだしたので、わたしも慌てて付いていきます。
「あらぁ? オリヴィア様ぁ?」
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