25.なんでわたしだけワンちゃんになっちゃうの!

 

 えっ? ちょ――


 フワー!


「オリヴィー!」


 ちょっと! どうなっているの?

 なっちゃったんですけど? ワンちゃんにっ!

 ドレスもシュミーズもパニエも脱げちゃって、なっちゃったんですけど? ワンちゃんにっ!


「お嬢様!」


 ちょうど戻って来たアンも、驚いて駆け寄ってくる。

 お昼寝に入らんとしていたブッチも、何ごとかとひょいっと首を持ち上げてこちらを見る。

 犬の姿のわたしを見つけると、急に尻尾をバタバタと振り(オリヴィアが!)と喜んで向かってくる。


 シドだけは驚きながらも、周囲を見回して恐らく布を探してくれたのだろう。使っていないティーテーブルのクロスを取ってアンに渡し、誰も入室しないようにと、部屋の外に扉番として立ちに行った。


 ドローイングルームの窓が強さを増す風に煽られて、カタカタと音を鳴らす。


「……一体どうなっているんだ?」

「お嬢様……どうして……」


 アンは涙を浮かべながら、カーテンを閉じ、ソファや床に落ちた肌着類をまとめてくれ、ドレスもソファに掛け、テーブルクロスを犬の姿のわたしに掛けてくれようとしている。


(ボクも入る!)


 ブッチも入りに来ちゃった!


 エドが変身しないのを見たのになんで?

 さっきまでエドとお話をしていて、お互いに想いを深めたところなのに……

 なんでわたしだけワンちゃんになっちゃうの?


 ――ッ! そうよ! キアオラさんに聞かなきゃ!


 布を抜け出てドアに向かおうとするわたしの背中に、エドから声がかかる。


「待ってオリヴィー! すぐ元の姿に戻ってしまうよ! 裸で元に戻るわけにはいかないだろう?」


 ……そ、そうね。

 わたしが飲んだのは、ほんのひと口。すぐに人間の姿に戻ってしまうわね……


 エドも「もうすぐ戻るだろうから、僕も外で待っているよ」と、この場をアンに任せて部屋を出た。

 アンがクロスを掛け直してくれたけれて、不安を和らげようと私を抱いてくれるけれど、ブッチもいるので狭い!


(ねえブッチ……ちょっとの間、出ていてくれない?)

(え~! オリヴィアがせっかく戻ったのに? お話しできるのに?)

(戻ってないの! なっちゃったの!)


 この子との初対面がワンちゃん姿だったから、これが素の姿だと思っているのよね……


(お願い! ねっ? 後で遊んであげるから)

(散歩以外で?)

(散歩以外で!)

(しょうがないなぁ。わかったよ)


 ブッチが渋々布から出て行ってくれたところで変身が解けたので、アンの手を借りて急いでドレスを着た。

 姿見が無いので、アンに頑張ってもらう。

 なんとか気を取り直して、外に控えてくれていたエドとシドを迎え入れる。


「エド、ありがとう! シドも、貴方のおかげで恥ずかしい思いをしなくて済んだわ」

「無事に隠せてよかったよ」

「……間に合ってよかったです」


「ブッチも協力してくれてありがとう。後で遊ぼうね」

「ウオンッ!」



 一旦落ち着いて整理しようと、エドに促されてティーテーブルに座り直す。

 アンは膝立ちになって、椅子に座る私の手を握っていてくれているけれど、彼女の手も微かに震えている。

 まるで自分の事のように心配してくれて……ありがとうね? アン。


「しかし……どういうことだろう? キアオラの儀式が失敗したのか?」

「いいえ。エドは変身しなかったのですもの、そんなことは無いと思います。それに悲嘆に暮れてはいられないわ」


「オリヴィー、どうするんだい?」

「どうするもなにも、キアオラさんに聞いてみましょう! 彼が一番詳しいのですから」


 日の傾きも深くなり、曇天が荒天に変わりつつある中、小屋に向かう。雨は無いけれど、湿気を帯びた温い風が身体に纏わり付いてくる。

 ブッチも不満げに吠えて訴えてくる。


「ブッチ? 後で屋敷内をお散歩もするし必ず遊んであげるから、もうちょっと待っていてね? わたしは約束を守らなかったことは無いでしょう?」

「ウオンッ!」


 想いが通じたのか、ブッチも大人しくなってくれた。


 エドが小屋周囲の警護を少し遠ざけてくれて、中にはわたし達四人だけが入る。

 奥の小部屋では、キアオラ翁が寝台に腰かけて鼻歌交じりに本の手入れをしていた。


「キアオラさん?」

「おお! お嬢様? どうなさった」

「どうしたもこうしたも無いのよ、キアオラさん!」


 翁の狭い小部屋にわたしとエドが入り、アンとシドも近くに控えている。

 わたしが先程の出来事を説明する。


「そ、そんなハズはないぞ? 手応えもあったし……」

「エドの分だけ上手くいったとかは無いの?」

「う~む。掛けたり解いたりは、一人ずつ行う必要があるが、“移す”のは一緒で良いのじゃがな?」


 そう? わたしも――わたしだけ、光りも見たものね……

 キアオラ翁も「何故じゃろうか?」と、考えを巡らせているようだったけれど、ふとわたしを見た。


「もしや……オリヴィア様は元から対象者ではなかったのでは?」

「えっ!?」「え?」


 わたしもエドも、同時に同じ反応をしてしまった。


 でも! 掛かった時期が違うとはいえ、二人ともお酒を契機にワンちゃんに変身しちゃうのよ?

 それに……こんなことを研究・実践しているのって、キアオラさんくらいじゃないの?

 そんなことを話していると――


「先程も言ったが、酒の件は『あの小屋』の『あの地下』だから、そうなったのでは? と考えたのじゃ」

「そ、その前も似たような環境だったのではないの?」

「三年以上前の場所は、マシな場所じゃった。一応、光の差す地上じゃったし、木の床の部屋じゃった」


「ろ、六年くらい前は?」


 エドの手前、ずっと隠していたけれど仕方ない。エドには聞こえていないでと願いながら、翁の耳元に“六年”という数字を出して小声で聞く。


「年月の感覚がマヒしていたから分からぬが……一回目の成功は、そんなに前じゃったかのぉ?」

「そんな……」


 翁の答えに、まるで雷にでも打たれたような気持ちになる。

 時期については詳しく確認しなければならないけれど、わたしの変身問題については、確実に振り出しに戻ってしまったようね……


 どうしましょう……

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