24.乾杯しましょ?

 

「乾杯って……お酒で?」

「うん。父上――陛下との初めての飲酒は散々な目に遭ったけど、それが解決した今、オリヴィーと二人で乾杯したい」


 翁の儀式がきちんと成功したのか確認はすべきだけれど……心の準備が……

 でも、エドがわたしとの乾杯を望んでくれている。


 ちょっと怖い……でも、エドとなら大丈夫。


「わかったわ。乾杯しましょ?」

「よかった! 実は、密かに葡萄酒を持って来たのだけど、それを開けよう」


 お忍びの馬車に葡萄酒を持って来ているそう。

 それならばと、アンにグラスの用意を頼むと、エドはシドに向かってアンと葡萄酒・グラスの警護を命じた。


「シド、僕とオリヴィーの初めての乾杯だ。アンも葡萄酒もグラスも、しっかり護るように」

「はっ!」


 エドったら、アンとシドを二人にする作戦ね?


 わたしとエドも二人きり――ブッチもいるけれどね? ――になり、屋敷の茶会用のドローイングルームに腕を組んで向かう。

 本当はこの時間帯だと、お日様が地平線に向かって高度を下げ始め、斜めに日差しが差し込んで、自らの影を伸ばしつつもキラキラと光りをたたえる庭園内のガゼボがよかったのだけれど……このお天気では無理ね。

 反面、エドは晴れやかな表情で腕を組んでわたしをエスコートしてくれる。


 ブッチは窓際に寝そべり、わたしとエドはティーテーブルにではなく、ソファに並んで座る。その方が二人の距離が近いですものね。

 しばらくすると、アンとシドが揃って入って来た。

 グラスを入れたバスケットを持つアンを、シドが葡萄酒を小脇に抱えてエスコートしていた。

 どことなく二人の頬が赤らんでいるような……


 後でアンに聞いたら、この時シドの方からアンに――


「今度、お食事でもいかがですか?」


 だって! 良かったわね? アン。


 シドが手際よくアテンドを始めてくれる。そういったことも出来るのね?

 本来はエドがテイスティングするところを、シドが代理で行い、エドに頷く。


「いいみたいだね。これは僕とオリヴィーの生まれ年に作られた物だよ」


 グラスに注がれた葡萄酒と、エドを交互に見やる。

 緊張する……

 エドもそうみたい。


 アンもいてくれたらいいのだけれど、今はちょっとしたアミューズを手配しに外している。

 緊張は解れず、それを紛らわそうとつい口が動いてしまう。


「エド……。実はわたし、結婚が不安だったの」

「オリヴィー……」


「もちろんエドのことを愛しているわ。将来の為に王太子妃教育も施してもらい、王太子妃の役割の大きさや重要さも分かっていたし……。でも、結婚によって“オリヴィア”という自分が薄れて行きそうで怖くなったの」

「オリヴィー……」

「王妃様のなさっていたように出来るか、エドの評判に泥を塗る様な事にならないか……不安だった。このままエドと結婚していいのだろうかとも考えていたわ」


 エドはグラスを置いて、わたしの手を包んでくれる。


「オリヴィー。君がどことなく元気が無くなっていっていたのは気付いていた。でも、僕も秘密を抱えてしまって、一杯になっていた。その時に何もしてあげられなくてごめん」

「エド……」


「オリヴィーが王太子妃になることに不安を覚える気持ちはよくわかるよ。僕もそうなんだ。王太子として、そしていずれは国王として、国を、民を率いて行く事の重圧に押しつぶされる思いだ。僕では失敗するのではないかとさえ思った」

「そんなことない! エドはいい王様になるわ」

「君もだよ、オリヴィー。今回の騒動で分かった事がある」


 エドはわたしを包む手に力を込める。わたしの目を彼の青い宝石のような瞳が捉えて離さない。

 手からも瞳からも、言葉からも、彼の温かさが直接伝わってくる……


「オリヴィーの思慮深さや、心の強さ、行動力だよ」

「そんなもの、ありません」

「ある。……君はパーティーで僕が犬になってしまった時、オリヴィーの姿のまま僕を抱えて逃げることができたはずだ。でもしなかった。僕を――王太子としての僕を護るために、自分に注目を集めるつもりだったのだろ?」


 わ、分かっていらしたの?


「それに……呪術にかかっている事に悲観せず、前向きに解決の道を見つけてくれた。僕や陛下を引っ張ってくれたんだ。オリヴィーがいなければ、こうまで迅速に解決に向かっていたかどうか……」


「お。大袈裟です……」

「大袈裟なものか。僕はオリヴィーが婚約者として側にいてくれたことを、本当に感謝している」


 そして、王太子妃としてのことも――


「王太子妃の公務や付き合い、慈善活動も、オリヴィーひとりでする必要は無いんだよ。補佐をつけたり、委任できる者を就ければいい。そしてオリヴィーは、自分のやりたい事を見つけてくれていい。僕の仕事も手伝って欲しい。気付いたことがあれば僕に言ってくれ。僕もオリヴィーのしたい事を手伝いたい」


「エド……」

「僕達は、二人でひとつだ。何かあればお互いに相談しよう。お互いに支え合おう。オリヴィーとエドで、一緒に歩んで行こう」


 彼の目は真剣で、でも愛情のこもった目で、わたしを包んでくれる……


「エド……ありがとう。よろしくお願い致します」


 わたしも同じくらい――いいえ、それ以上の愛でエドを包んであげたい。


「……乾杯、しようか」


 胸がいっぱいのわたしは、エドの問いかけに無言で頷く。


 グラスを手に取り、お互いのグラスを合わせて綺麗な誓いの音を立てる。

 お互いに目を合わせながら、エドが先にグラスを口に運ぶ。


 彼の喉仏が動き、コクリと軽く音を立てて葡萄酒を飲み込んだのが分かった。


「ふぅ。美味しい!」


 ……変身しない! ワンちゃんにならない!


「エド!」

「うん。オリヴィーもどうぞ? 美味しいよ」


「う、うん」


 恐る恐る葡萄酒を口に含む。

 味は……緊張でよく分からない。


 コクン


 葡萄酒が口から無くなり、喉を抜けていく……

 鼻には上質な果物を食べた時のような甘みや酸味、最高級の紅茶を飲んだ時のような芳醇な香り……


「エ――」


 ヒュウ!


 えっ?

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