9.実験を経て……

 

 あの日、王宮の会議室では実際の捜索に至るまでの工程も、綿密に練られました。

 それ以降はわたしもエドも、人前には極力出ないように念を押されているので、わたしは基本的に屋敷に籠っていたし、彼は非接触で済む公務をこなしていた。


 ただし、捜索に出る為の条件検証の為に、毎日のように例の“王家の隠れ家”に集まって実験をさせら――繰り返した。

 時には泊まり込みでの実験もありましたね……


 まぁ、エドと毎日お会いできたので、ある意味幸せな日々でした。


 実験とは、王国で入手可能な一番強いお酒の瓶一本での変身時間の確定作業。

 一日に可能な変身回数や、回数と時間の相関関係。解除方法の再模索。気象などの周辺条件によって変動するかの調査等々。


 結果は――

 そのお酒の瓶一本で、何回目でも四時間近くは変身したまま。回数制限は特に認められず。

 解除方法も発見に至らず、諸条件下での変化も認められなかった。


 回数制限がないと言っても、ワンちゃんの状態で運動すれば疲れるわけで、結局は一日二~三回、八~十二時間が限度だろうと落ち着いた。

 成犬のわたしと、子犬のエドに時間の大差は無かったけれど、体力差はあって、小さなエドは大変そうだったわ……


 それだけにとどまらず、四時間での大まかな移動可能距離を、実際の犬を使って割り出す試験も重ねられた。

 まあ、散歩や駆け足で検証するくらいでしたけれど。


 それら諸々の結果を纏め、提出した上で、ようやく国王陛下のご裁可が下されました。

 国王陛下も慎重ね……。いいえ、王太子が関わるのだから当然よね。



 そして、ひと月近い検証期間を経て、とうとうこの日がやってきました!



「エド? 今日からキアオラの捜索ですけれど、段取りは大丈夫ですか?」

「ああ、陛下とも入念に打ち合わせたし、僕たちも時間に気をつけつつ頑張ろう」


 これまでは“王家の隠れ家”という、これも王都郊外の大きな山荘風のお家に集まっていましたが、キアオラ捜索は王都中心部から始めることに。

 中心部は、言わば貴族の邸宅が連なる区画なので、カークランド家の屋敷を拠点にする事に。

 敷地にあった小屋を改装して、その中で変身します。


 小屋は殺風景で、入ってすぐの広いスペースと、奥に今回の為にしつらえた小部屋が二つだけ。


 わたしとエドは、小さく区切られた仕立て屋のフィッティングルームのような小部屋に分かれる。

 そこで着用していたドレスを脱いで肌着になり、侍女のアンが手際よくドレスを片付ける。


「よろしいですか? お嬢様。いきますよ?」

「ええ、お願い」


 肌着姿で、低い姿勢になったわたしの背中に、アンが強いお酒をドバドバとかける。

 常温の物をアンが自身の体温で温めていてくれたので、人肌ほどのお酒が背中を伝う。


「何回やっても、やっぱり慣れないものね……」

「申し訳ございません! お嬢様」


 アンは実験の間もわたしにお酒をかける担当だったのだけれど、いつも抵抗感を持っていて、毎度わたしに謝りながらかける。

 こんな事、アンにしか頼めないの。あなたに辛い思いをさせてごめんなさい……


 ドクドクと背中にお酒がかかり続ける。

 お酒がかかり続けている間は変身しないということが分かって、お酒を飲むよりかける方が効率がいいという検証結果に基づいたもの。

 効率って……


 瓶のお酒が全てかかり終わる。


「お嬢様……ご無事で」


 ヒュウ!

 フワッ!


 初めて犬になった時から不思議だったけれど、変身に使われたお酒は、匂い諸共消えて無くなるの。


「お嬢様……」


「ウォン!」

(変身完了!)


 わたしが重い鳴き声で変身完了の合図を送ると、隣の小部屋から「キャンッ」(僕も)と返事。

 アンと小部屋を出て、みんなと合流する。


『みんな』とは、家主のお父様、心配で見に来たお忍び姿の陛下、アン、そしてもうひとり……陛下の手の者の『シド』。偽名でしょうね……


 アンがいるのは当然として、なぜシドなる者がいるか?

 まさか街中を犬だけで歩くわけにはいかないので、散歩を装うのと、護衛も兼ねてのこと。

 アンとシドで、使用人“若夫婦”が主人の犬のお散歩をしているという体裁をとる。

 だから、彼女は普段のメイド服ではなく、シドと一緒に小綺麗な身なりに整えている。


 シドは、わたしやエドよりも年齢が上で、二十二歳のアンと同じかそれ以上に見える。引き締まった身体に中背で、濃いブルーの髪にミントガーネットのような透明感抜群の瞳。しかも物凄いイケメン!

 イケメン過ぎて目立ってしまうからと、長い前髪で目元を隠してもらって、何とか注目は浴びないようにしてもらっている。


「シ、シド様。よろしくお願い致します」


 アンが頬を染めて上目遣いでシドに挨拶すると、彼は黙って頷く。

 彼女ったら、シドのお顔が好みど真ん中なので、舞い上がっちゃってるの!


 アン。あなた……相当な面食いだったのね? でも少し明るい栗毛で、女性の中では長身なアンとシドが並ぶとお似合いなのよねー。

 ま、わたしはエドの方が可愛――かっこいいと思うけれどね!



 さて、それはさておき、次にするのは気の進まない作業なのよねー。

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