36.口調の落差が激しいって!

 

 なになに? 何これ!

 わたし……頭がどうかしてしまったのかしら……

 わたしの頭の中に女性の声が響いたと思ったら、銀狼様の御遺体から?


 ―――だからぁ、アタシを勝手に死んだことにすんなって。

 ―――あとオリヴィア、アンタの頭は正常だよ。


「……死んで、ない?」

 ―――ああ。さっきからそう言ってんじゃん?


 わたしの囁きに、銀狼様だけでなくエドとお父様も反応した。


「死んでないとは?」

「オリヴィー? さっきからどうしたんだい? 様子が変だよ」


 本当に二人には聞こえていないのね……

 上手く説明出来る気がしないわ。


 ―――なんだ? オリヴィアはこの男どもに狂ってると思われたくないんだな?

 ―――よし。ちょっと待ってな。その二人にも動くなって忠告しときなよ!


 わたしの反応を待つこと無く、銀狼様は話を進めていく。

 動くなって、どういう事かしら? 


「お父様、エド、銀狼様が動くなって仰っているわ」


 わたしが手で制しながら伝えると、二人とも怪訝な顔をしたけれど一応「ああ」と頷く。


 少し待つと、銀狼様の身体が仄かに光を帯びてきた。さっきまでの猛烈な光量とは違って、温かみのある優しい白光。

 そして、かなり固そうに見えていた身体がふわっと膨らむ。そんなに大きくなく、軽くほっぺを膨らませたくらいかな?


 ピキ! ――ピキピキッ……パキッ! ピシシッ!


 銀狼様の陶磁器のようなお身体が膨らむにつれて、次々と亀裂が走って砕けていく。

 どうやら薄皮のような表面だけが硬く覆われていたようで、白くて薄い破片がポロポロと落ちる。

 とてもじゃないけれど壊せそうにない質感だったのに、こんなに薄かったの? 何で出来ているのかしら……


 大きめの破片があらかた剥がれ落ちると、その下には――

 見るからに柔らかそうで艶やかな銀色の毛が、たおやかに揺らめいていた。

 お父様やお兄様、わたしと同じ銀色……


「う、美しい……」


 エドの口から感嘆の声が漏れる。


「あら? 解かってしまいますか? わたくしの美しさが」


 銀狼様の片目が開き、エドに流し目をくれて言葉まで発した!

 反面エド達は、驚きのあまり言葉が出なかった……

 わたしも驚いているけれど……それは銀狼様の口調! 優しげな声色! さっきと全然違うんですけど!?


「もう少しお待ち下さる?」


 銀狼様はそう言うと、もぞもぞと起き上がって、まるでワンちゃんのようにブルンブルンと頭から尻尾の先まで身をよじり、震わせ、薄く小さな破片を撥ね飛ばす。

 その破片は見事にわたし達を避けて、一片も当たらなかった。そのぶん全部散らばったけれど……


 そしてふかふかのクッションの上で幾度か足踏みをした後、ぴょこんとクッションから棚板に飛び降りて、更に前脚を前方に突き出して伸びの姿勢。

 初代様と戦場を駆けたという割に、起き上がった銀狼様は、ワンちゃんに変身したエドより少し大きい位。

 わたしやブッチよりも全然小さいわ……


 ―――んあー! くぅ~! あ~すっきりした。身体を動かすなんて何百年振りだあ? それとな? アタイは大きさを自在にんだよ。でけえ図体で寝てても迷惑だろうが。


 あ、口調が戻ってる。


「皆様、お待たせ致しました。なにぶん長らく眠っておりましたので……」


 あ、戻った。


 ―――いちいち心の声がっさいよ! 一応アタイとの子孫の現当主と、ガル坊の足元にも及ばないけど可愛い男の前だ。繕うくらいはするってぇの! 


 ガ、ガル坊?


 ―――いいからアンタは黙ってな! 余計なことを言うんじゃないよ?

 は、はい!


「あなた方子孫の間でどのように伝わったかは存じませんが、わたくしは死んではいないのですよ?」


 銀狼様は慈愛に満ちた声色で、初代様――ガルフ様――がお亡くなりになった後、自分の子である二代目様にいくつかの言伝を遺して、自らの意思で眠りについたそう。

 眠った銀狼様を、外の景色が見えるように窓辺に安置するようにとも言いつけてあったそうだけれど、いつしか“眠った体”が“遺体”に変わってしまったようね……


「どうやら我が子以降の伝承に齟齬そごがあったようですね」


 ―――チッ、我が子孫ながら使えねえ連中だな!


 舌打ち?!

 口から出る言葉遣いと頭に伝わってくる口調の差が凄いわ……


 それに、銀狼様の衝撃で忘れかけていたけれど、いくつも大事なことがあるわ! 確認しないと……


「ぎ、銀狼様。先程の強烈な光は、貴女様から発せられたのですか?」



「……そうです。『涜神とくしんの並び』が起こりましたから……」


 涜神とくしんの並び? 日蝕と関係があるのかしら?

 聞き慣れない言葉に戸惑っていると、銀狼様も「ふむ」と首を捻って何やら考え込むと――


「それを説明する前に、そこなオリヴィアと二人で少々話をしたいのですが、どこかい部屋はありませんか?」


 銀狼様の急な提案だったけれど、お父様はすぐに隣の執務室を提案し、自分とエドはこの什宝室を閉鎖した上で外の通路で待つという。


「お話が終わりましたらお呼びしますので、そう致しましょう。さっ! 移動しましょう?」


 銀狼様は棚板からひとっ飛びして、先頭に立って四足の足取りも軽く執務室に向かう。

 お父様やエドも、驚きつつも黙って銀狼様の後に続く。

 わたしも遅れてはいられないと足を速めると――


 パキンッ!


 銀狼様が飛ばした“抜け殻”を踏んでしまった。

 すると、銀狼様が振り返り、思い出したかのように言う。


「ああ! オリヴィアが踏んでしまったけれども、それは“聖浄殻せいじょうかく”と言いまして、砕いた粉を煎じて飲めばに効く薬となりますの。差し上げますから、後で拾ってご自由にお使い下さいね?」


 …………

 そういうのって、先に言って下さいません? わたしが踏んじゃってから言わなくてもいいじゃないんですかね?

 それに、そんなに貴重な物をブルンブルン振り落としてましたよねぇ?


 ―――うっさい!

 ええぇ……


 それを聞いたお父様もエドも、「有難く使わせて頂きます」とお礼を言うとともに、より慎重な足取りになって執務室に抜けて行った。

 お父様が約束通り、仕掛けを動かして什宝室を閉じると、エドと二人で執務室を出て行く。


 執務室のソファに陣取った銀狼様は、二人の背を見送って扉がバタンと閉じた瞬間、もう一回ブルブルと身体を震わせる。


「ふぁあーあ! 久し振りの“お貴族様”口調は堪えるぜー」


 そのお口からもその口調が出るんだ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る