14.いいから始めましょう!

 

 崩れた荷物から顔を覗かせると、エドは口を開いた状態で立っている。


「なっ! な、なぜ来たんだ、オリヴィー……」


(あら? 書いてあるでしょ?)


 顔に続いて手――前脚を抜いて、荷物から抜け出しながら答える。


「そうか、オリヴィーは今、犬の姿……。鳴き声にしか聞こえないのだったな」


 エドは席に腰を戻して頭を抱える。

 わたしもエドの側に行き、彼を見上げるようにお座り。


「……仕方ない。隠れ家に着いたら、僕も少しだけ犬になる」


 エドは、頭を抱えていた手を解き、わたしの頭を撫でた。

 完全に無意識に撫ででいるわよね? 普段されたことなんて無いのに! でも嬉しいわ。尻尾振っちゃお!


「シド、酒の用意はあるかい? あと、犬笛や彼女が人間の姿に戻る時の対策は?」

「ございます。ご安心を」


 優秀! シド、優秀!


 隠れ家に着くと、家の広間には今回の作戦に参加する兵士が二十人程すでに整列していた。

 そのほとんどの兵士には、わたしやエドの事情は伏せられているので、『何故この場に犬が?』と、不思議な顔をする人もいた。


「すまないが、数十分ほど出発を遅らせる。それまでは各上長の指示に従って待つように」


 エドは、兵士に指示を下したシドを連れて一階奥の湯殿へ。当然わたしも付いて行く。

 少量のお酒を肌にかけてワンちゃんになったエドとの話し合い。


(どうして来てしまったんだい? オリヴィー)

(お手紙に書いたわよ?)


(僕のことがそんなに心配かい? 弱く見えるかい?)


 今のワンちゃんの姿はね! 


(そうじゃないの。確かにエドが怪我をしたらどうしようとは思う。けれど、それよりも貴方の側にいてあげられないことが不安なの)

(オリヴィー……)


(わたしがいることによって、わたしの為に人員を割かなければいけなくなるのは申し訳ないけれど、この鼻できっと役に立って見せるから! ね? お願い!)


(……分かったよ。でも! くれぐれも勝手に動かないでくれよ? 君が心配だから)


 エドぉ……


(分かったわ!)


 公爵邸でエド達の出発数十分前に変身した事を伝え、時間管理の件と、人間の姿に戻った時の対応を改めてお願いする。

 仕事を増やしてごめんなさいね、シド。


(もう……。もともと活発な淑女レディーだとは思っていたけど、オリヴィーがこんなに行動的だったなんて……)

(そうよ? さっ! いいから出発しましょう!)

(あ、ああ)



 人間の姿に戻ったエドが、服装を整えていよいよ出発の為に兵士の前へ。

 ――の前に、シドが前回同様わたしの首周りに予備の酒樽をくくりつける。


 えー? またつけるの? なんて思っていたら――


「オリヴィー、唸り声が漏れているよ!」

「申し訳ございません、オリヴィア様」


 自然と唸っちゃうなんて……ごめんあそばせ……



 エドが兵士に激励と鼓舞の言葉をかけて、キアオラ翁の囚われている小屋へ出発。

 途中、街道から岩山の向こうへ抜ける前に、変身のし直しを経て、鬱蒼うっそうとした森へ。


 隊列を組んで進んでいると、見張りに就いていたシドの同僚から報告が。

 なんでも、エドとわたしが小屋を発見した日から、常に監視をしていたそうです。


「小屋の奴等の交代の時間?」

「はっ!」


 何でも、小屋はわたし達が通ってきた深い森の反対側の森を抜けた農村の畦道あぜみちからも繋がっているみたい。

 小屋の中でキアオラを見張っている人間は、この道を使っているそう。

 その見張り要員のチンピラ二人は、二日に一度交代があるようで、それが今日この時間とのこと。


「交代か……。と言うことは、小屋には最低四人はいることになるな」


 エドがシドに確認すると、シドも頷いてみせる。


「交代させてから襲撃をかけるか、交代のタイミングで襲撃するか? ……か」

「戦力的には、どちらも対応できます。交代後を狙って二班に分けることも出来ます」


 戦力的には、こちらに分があるのね?

 でも、『キアオラを無事に確保する』という条件を鑑みると、敵は少ない方がいいし……

 要はタイミングね?

 交代で小屋内に残った二人とキアオラを確保するのと、帰る為に森に入った二人の追跡、これを行う。


 どうやら、エド達もわたしが考えていたような結論に至りそう。


「あっ! でも、中には犬もいるぞ? 大丈夫か?」


 そうね。ワンちゃんもいたわ……

 よし! ワンちゃんはわたしが受け持とう!


 エドの服の裾をハムハムと噛んで自己主張。


「ん? どうした? オリヴィー」

(やるやる! わたしがやるわ)


「ん?」


 エドには、なかなかわたしの思惑が伝わらない……


「まさか……オリヴィア様が犬のお相手を?」


 シド、偉い! やっぱり勘が鋭いわね?

 うんうん! と、大きく頷く。


「オリヴィー! 僕に心配をかけないんじゃなかったの? 相手は“本物の犬”なんだよ?」


 な、何のことー? 相手がワンちゃんだって、話せば分かるわよ話せば……


「オリヴィー!」


 顔を背けてしらばっくれる。口笛でも吹ければよかったんだけれど、ワンちゃんだしね……


 そうこうするうちに、交代の時間も迫り、決断しなければならない限界時間を迎える。


「くっ! 分かったよ。二班に分かれて決行しよう」

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