4.上書きするわ!
エドの衝撃を打ち消すために、わたしもワンちゃんになる覚悟を決めました。
そして、わたしは心の中で家族に謝りながら、近くで何が何やらと茫然としている方々の手からグラスを奪い取る。
一杯では変身時間が不安なので、グラスはふたつ。
よし! と、心の中で気合を入れてパシャパシャと自分にかける。
「あ! オリヴィア嬢!」
「何をなさる?」
周りから声がかかるけれど、もう遅いわ!
……わたしはエドの側にいられなくなるかもしれないけど、エドは助ける!
お酒のかかったわたしは、ドレスもコルセットもペチコートも、下着も! 脱げて大きな白い犬になった。
ワンちゃんになったわたしに、オペラグローブがふわりとかかるけれど、ブルブルと身震いして振り払う。
「えっ?」
「きゃー」
「オリヴィア嬢?」
「犬に……なった?」
わたしは周囲の事など気にせず、急いで自分の下着とペチコートを咥えて、エドのテールコートに顔を突っ込む。
ああ! エドの匂いが満ちている……
キャン!?
(犬!?)
バウ?
(えっ?)
子犬の甲高い鳴き声……のはずなのに、何を言っているのか理解できる!
エドがしゃべったの?
ううん。今はそれどころではないわ! 一刻も早くこの場を抜け出さなくては!
わたしは自分の下着を咥えた上で、エドの首根っこにかぶり付いて咥え込む。
勢いよく立ちあがると、エドの上着も飛んで行き、視界が開ける。
わたし達の服の周りには、一定の距離を置いて、人集りができている。
どうやって逃げよう……
犬になったとはいえ、わたしはレディー。まさか男性方の股をくぐっては行けない。
通り抜けしやすそうな場所を見つけて、一気に突っ込んで行く。
「うわー! こっちに来た!」
身構える人々を尻目に、フットワークを効かせてするすると間を抜けて行く。
「何か咥えていなかったか?」
「え? 見えなかったわ」
「ペチコートみたいでしたわ」
人々の間を抜けながら聞こえてくる声を効く限り、わたしがエド――子犬――を咥えている事には気付かれていないみたい……
参列者の間を縫い、時には女性のドレスの裾を踏んでしまって脚を取られて転びそうになりながら、目的地に繋がる出口に向かう。
王城の中でエドが自由に使える部屋で、且つ施錠されていなさそうな部屋の内、一番近いのが“第一王子応接室”の待機室!
……転びそうになったけど、手(前脚)も使えるって、安定するわね。
こんなに機敏に動けるなんて、思わなかったわ……ちょっと気持ちいい!
ホールの出口は扉の無いアーチだけれど、常に衛兵二人が脇を固めている。
けれど、今のわたしなら抜けられると思う! 大きいけど犬だし!
わたしとエドがいた辺りには、未だに人集りができているけど殿下の従者や陛下の執事達が慌てた様子で向かっている……
礼服やドレスは彼らが回収してくれるでしょう。
速度を上げて姿勢も低く保って無事に衛兵の間を巧みに抜けると、直角に曲がって待機室に向かう。
すると……わたしの口元から、キャンキャンクーンと子犬殿下の声。
(オリヴィー! オリヴィー! き、聞こえるかい?)
バア? ア、アウ!
(へっ? は、はい!)
エドと下着を咥えながらだから、上手く発声できない……
(よかった! 聞こえていたら、僕の執務室に向かってくれ! 鍵は空けてあるし、衛兵にも扉を少し開けたままにしてもらっているんだ)
執務室! わたしもお伺いした事があるけれど、ここからだとちょっと遠いし階段も登る……。でも、エドは自分が犬になる事を知っていた? 今聞く限り、万が一の時に逃げ込む準備をしていたみたいね。
アウ! ウオン!
(はい! 行きます!)
王城の通路を駆け抜ける。
時折出会う王城の使用人や文官達は、わたしを見ると「どうしてここに犬が?」といった顔でたじろいだり後ずさったりしたので、邪魔にはならなかった。
息を切らしながら階段を上り、曲がった先からエド専用のフロアとなっていて、その奥にエドの執務室かある。
それぞれの扉前には衛兵が立っているが、エドが前もって「たとえ犬が来ようが動揺するな」と言っていた? ようで、みんな一瞥する程度で、すぐに視線を前方に戻していました。
エドの言う通り、執務室の扉は少し開かれています!
わたしの乏しい経験上、エドが浴びたお酒の量では、そろそろ変身が解ける可能性がある!
スムーズに扉から執務室に駆け込めるように、走るルートを調整。
心の中で、「扉か壁にぶつけちゃったらごめんなさい!」とエドに謝りつつ、自分の頭を扉の隙間にねじ込む!
シュルッと抜ける事ができた! その安堵感で口からエドを離してしまい、彼もわたしの下着も床に落ちてしまう。
けれど、エドはパッと起きて、とてとてヨタヨタと今入って来たばかりの扉に向かう。
かわいいっ!
ひょこひょこ揺れるお尻も小さな尻尾もかわいいっ!
(エド? どうしたの?)
発声の良くなったわたしが聞くと、エドが甲高い鳴き声で答える。
(扉を閉めたいんだ)
扉? ――おおっ! 扉の取っ手に縄が括りつけられている!
エドが縄のところまで行くけれど、彼では少し届きにくい高さに縄の端があるので、後ろ足で立って懸命に咥えようとしている。
かわいいっ!
やっと咥えることができたけれど、体重の軽い子犬のエドは、ただぶら下がるだけになってしまう。
……かわいいっ!
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