28.わたしじゃなかったら、他に被害者がいたってこと?

 

 抱き合う姿をキアオラ翁に見られていたエドとわたしは、気恥ずかしさを誤魔化すように「いるのは分かっていたのよ?」とか「けっして貴方をないがしろにしていたわけではない」と言い募る。

 そして、外は強風に加え雨まで落ち、小屋の屋根や窓に打ちつける音が響き始める。

 更に、隣の翁の寝台で二度目のお昼寝をしていたブッチまでもがエドの声に起きてきて、(どうしたの? 何?)とでも言っているかのように吠えてくる。


 わたし達の動揺とブッチの吠え声、外の風の音で、小屋の中は一気に騒がしくなった。


 見兼ねたアンが「お茶を淹れ直しますので、一度落ち着きましょう? ね? お嬢様、殿下」と、場を落ち着かせてくれた。


 やはり一人掛けのソファ一対の小部屋では揃って話し難いということで、入ってすぐの広い部屋の作業台と長い腰かけにみんなで着き、アンの淹れてくれたお茶を飲む。

 ブッチはわたしの足元で頭を上げて横たわる姿勢でリラックスしていて、キアオラ翁はこの時でも膝に置いた本の手入れで手を動かしている。


 それにしても――


 長く隠していたことをエドに言うことができて、謝ることができて、ある意味すっきりしたわ。

 エドもひとまず受け入れてくれたし、陛下にも誠意をもって謝罪しよう。


 胸のつかえがり、陛下にお伝えする事やその結果への覚悟ができたことで、気持ちも晴れてきた。



「さて、落ち着いたところで改めて確認しましょう」

「うん。呪いに関しては、僕が無事に解けてオリヴィーが何故か駄目だった」

「そうじゃ。もしかしたらオリヴィア様は“対象者”では無かったのでは? というのがワシの考え……ですじゃ」

「そうね。これが一つ目に陛下に報告すべきこと。そして二つ目――」


 わたしは、少し間を開けてエドとアイコンタクトを取る。


「わたしは陛下に六年間も黙っていたことを謝罪申し上げなければいけない」

「このまま黙っている事だってできると思うよ?」

「いいえ……やはり信義にもとるから、お伝えするわ。お父様と一緒に……」


 少し場がしんみりする中、キアオラ翁が手入れの手を止めて口を開く。


「もしワシの考え通り、オリヴィア様が違うのであれば、数年前に実際に犬になってしまった者がおるのではないか?」


 ――っ!


「そうね……」


 なんだか急に怖くなったわ。キアオラ翁は、これまで『二度呪術を行使した』と言っている。成功したとも……

 そして、呪いを移すという形での解除も成功した。わたしは紋様が光るのも見ているし……エドが実際にお酒を飲んでもワンちゃんにならなかった。

 ということは、わたしの知らない誰かが呪術に掛かっていた……

 完全にワンちゃんになっていたってこと?


 どこで、どの瞬間に、ワンちゃんになってしまったかは分からないけれど、犬になった人間が生きていけるのでしょうか?

 わたしやエドでさえ、肉体はワンちゃん、精神は人間だったし、犬の時に水は飲んでも食事は摂らなかった。

 果たして――


「生き延びられるのかしら……」


 思わず漏れてしまったわたしの言葉に、隣に座るエドがわたしの背中に手を当てて呟く。


「……おそらく無理だろう。狙われたのは十中八九貴族だ。それも高位の。そのような人間が、犬の生活に適応できるはずがない。たとえ誰かに飼われたとしても……ね」


 エドの言葉を聞いているうちに、わたしの頭に稲妻が駆け巡った。現実でも雷が轟き、稲光が小屋に差し込んだ。


「――そうよっ! それだわ!」


 わたし以外のみんなが驚き、わたしに注目した。それに対してわたしは、外の雷鳴とそれを怖がるブッチの吠え声に負けないように声を張り上げる。


「近年を除くこの数年――五、六年――で、行方不明や急な代替わり、死因不明が伏せられた高位貴族がいないか調べれば、首謀者に近づけるかもしれないわ! それに、その首謀者がキアオラさん以外の術者を見つけていて、その人がわたしに呪術を掛けたのかもしれないし……」


 わたしのことについては、望み薄かもしれないけれど、それでも事態は前進するわ。

 エドも納得したよう。座る余地はあるのに、生真面目にエドの斜め後ろに立って控えていたシドに目配せする。


「そうか! シド、その方面での調査もしよう! 父上に進言だ」

「はっ!」



 わたし達は天候が落ち着くのを待って、国王陛下に報告をしに行くことにした。

 キアオラ翁とアンは残して、エドとわたしとシドでお城に上がる準備をする。


「アン。お城への先触れの騎士達に、わたしからお父様への文を持たせて。……陛下への謝罪に同席して頂かなくてはいけないわ」

「はい、お嬢様」


 すると、エドが両手でわたしの手を包んでくれて、瞳を見据えながら――


「オリヴィー……。さっきも言ったように、僕は君の味方だ。心配しないで?」

「エドぉ、ありがとう」


 わたしもエドの宝石のような瞳をしっかりと見つめ返す。

 エドの手に包まれた手を動かして、ぎゅうっと握り返す。

 彼の手からは、わたしを想う気持ちが流れ込んでくるようで、とでも心地いい……エド……この心地よさにずっと包まれていたい……


「若いって、いいのぉ~」

「お嬢様、お見事です」

「…………」(シド)

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