32.飛び出でし怪物

 

「お嬢様。私が見て参ります」


 わたしの部屋からは確認できない屋敷裏手からの轟音の後、アンが部屋から通路へと出て行く。

 アンはドアの外で不安げに左右を窺うと、そのまま二階から裏手を眺められる窓へと姿を消した。


 わたしはこの場にとどまり、空の様子を見る。さっきよりも太陽が月を引き離している。


「おっ、お嬢様!」


 少し離れたところから響くアンの慌てた声に、わたしもそちらへ向かう。


「アン? 大丈夫?」

「お嬢様! あ、あれを……」


 わたしも通路の窓辺について、両手を僅かに震わせながら口元に当てているアンに声をかける。

 アンが左手は口を覆ったまま、震える右手で外を指差した。

 その指の示す先では――


 キアオラ翁がいる小屋が、屋根に大穴が開く等の半壊状態。小屋の周囲に瓦礫が散乱している。

 わたしが翁確保作戦の時に、エド達の馬車に乗り込むべくワンちゃんに変身しようと隠れた大木も、幹が大きく裂けて折れ曲がり、樹冠が地面に横倒しになってしまっていた。


「まあ! 大変! キアオラさんは無事かしら?」


 わたしはアンを連れて屋敷を走り、あの日と同じ使用人通用口を使って外へ。

 お父様にお知らせするにしても、もう少し情報を得なければ……


 わたしとアンは、屋敷で働く執事や従者達よりも早く現場に着いたみたい。


 わたしの見える範囲では、小屋の窓や扉が中から大きな力が加えられたかのように外側に弾き飛ばされ、小屋の周りに破片が散乱していた。小屋は四隅の壁をギリギリ保っていて辛うじて建物としての体面を維持している程度。

 常時五、六人で等間隔に小屋を取り囲んで警備にあたっていた我が家の若い従騎士達が、皆一様に尻もちをいていたり膝から崩れていたりと、地面にへたり込んでいる。


「あなた達大丈夫? 一体何があったの?」

「オ、オリヴィア様!」「お嬢様っ!」


 わたしよりも年下の子もいる中、その中で比較的多く顔を合わせた事のある同年代であろう従騎士に改めて聞く。


「それが……」

「それが?」

「その……」


 どうにも歯切れが悪い。はっきり言いなさいと活を入れると、ようやく口を開いた。


「日蝕が終わった途端、最初に扉や窓がガタガタと震え始めて……それが破裂したように外側に飛び散って……そしたら、今度は屋根が弾けて……出て来たんです! アレがっ!」


 その子は恐怖で視線が定まっておらず、手もブルブルと震わせながら言葉を紡ぐ。

 そして、中から“アレ”なるモノが出て来たということで、中にいるキアオラ翁の事も心配になる。けれど、状況の把握が先決ね。


「アレって何? ゆっくりでいいから、落ち着いてしゃべりなさい」

「は……はい。ひ、光を吸い込むような真っ黒な、おぞましい色の胴体? に……真っ黒な手とか足で……」


 相当混乱しているみたいで、わたしが聞いている限り要領を得ないわね……

 すると、近くにいた別の後輩従騎士も加わってきた。


「手足が黒くて、虫みたいにいっぱい生えていました! 人間みたいなヤツが!」

「そうです! 人間の手足に見えましたが、大きくて色も黒かったんです」

「先輩、僕……アレの目も見たんですけど……」

「お、俺も見た……」

「「人間の顔でした!」」


 虫みたいで、胴体に人間の手足がいっぱいに目が人間の顔ですって?

 どういう事か分からずに、この二人の従騎士にゆっくり詳しく聞いたところ――


 アレとは、全身が黒い怪物で、虫の形をしていて脚が多い。しかもその脚は、人間の手や足のようだった。

 目らしき物は頭部に横並びに少なくとも四つあったけれど、頭部の正面にある一番大きな二つの目は人間の顔のように見えたと……


 そして従騎士は、飛び出て来たソレと視線があったような気がしたけれど、どこかに行ってしまったそう。


 わたしが想像に窮していると、少し離れた裏門の警備に当たっていた騎士や、庭師や小姓達が全身を見ていたと報告してくれた。


「小屋の屋根を突き破って出て来たところを見たのですが、まるで蜘蛛くものようでした」


 ――蜘蛛っ?!


 飛び出て手足を広げたソレの大きさは小屋全体程もあって、飛び出した後は大木の方に滑空と言うか落ちて行って、その木をばねの様に利用して裏門側から敷地外に跳ねて行ったそう。

 逃げたのか、意思を持ってそちらに向かったのかは分からないという。


「そう……分かったわ」


 何も分かっていないし、なんにも理解できていないけれど、わたしが狼狽うろたえていてはこの子達も浮足立ってしまうわ。キアオラさんの身も心配だし……


「とりあえず、小屋の中を確認しましょう!」


 騎士にはこのまま各門の警備に当たってもらうとして、小屋の警備をしていた従騎士達に大人の執事を加えた十人程で小屋を調べよう。

 キアオラ翁の事は、厳密に管理していたので翁の容姿はこの場ではわたしとアンしか知らないからわたしも立ち会わなければ……


 警備の為に簡易の盾と槍を装備している従騎士に隊列を組ませて、安全を確保しながら調査する算段を付けていざ小屋に入らんとするわたしに、今度は正面側にいた使用人から声が掛かった。


「オリヴィアお嬢様ぁ! 執事長殿ぉ! 大変でございまーす!」


 屋敷正面からこちらに向かって必死に走りながら、屋敷の裏側にいるわたし達に叫び掛けてきた。

 まさか?! 蜘蛛みたいな怪物が? 行ったん敷地を出てからまた戻って来たの?


 ようやくこちらに辿り着くと、息を切らしながら――


「お、お嬢様! どうぞ正面へお越しくださいませ」

「今度はどうしたの?」


「ひ、光がっ!」

「ひかり?」

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