38.オリヴィアはアタイの……
「よし。廊下の二人を呼べ」
「まっ、待って下さい!」
銀狼様とわたしで、あの怪物を止める?! 冗談ですよねぇ?
「説明……説明して下さ――」
「――だから皆の前で説明するって言ってんだろ? 呼べ」
―――呼べ!
わたしの動揺などお構いなしに、銀狼様はわたしの頭と耳、両方に「呼べ」と休みなく言ってきた。
「わ、わかりました! 呼んで参りますからぁ!」
頭の中と耳の両方から話しかけられてクラクラするのから逃れるように、私は耳を塞いで扉に向かい、お父様とエドを迎え入れる。
廊下には、ご婦人方とのお茶会を優雅に済ませてお戻りになったお母様の姿もあった。
お茶会から帰ったばかりの、シルバーのレースに縁取られた青ベルベットのティードレス姿で「あの外のカーテンはなんなのぉ? 見栄えが悪いから撤去させてぇ?」なんておっとりと言う。
もう光は無いからいいけれど、先ずそれ? 小屋を見ていないのかしら?
そんなお母様に、お父様もエドも気まずそうというか、たじたじな様子で佇んでいた。
お母様も交えて銀狼様のお話を聞こうと、執務室に入ってもらう。
「それじゃあ、せっかくなのでお茶も用意して貰いましょう? ね? オリヴィアちゃん」
仕方なしに階段の踊り場で待機している執事長に「アンかメイド長にお茶を頼んで」と言付ける。
ほんの数秒、みんなと離れて執務室に戻ると――
ソファでお父様の隣に座るお母様の膝に銀狼様ぁっ! しかも片手でがっちりホールドしつつナデナデしてるぅ!
銀狼様は目を点にしたまま、お母様の成すがままにされている。
「お、お母様! なんて事をっ」
「可愛いわねえ、この喋るワンちゃん。ブッチちゃんのお嫁さんにするの?」
ワンちゃん?! それに、喋ることは受け入れているの?
さっきまでの銀狼様の多重音声によるクラクラとはまた違った意味で、立ち眩みしちゃいそう……
―――オリヴィア、早く助けろ。
銀狼様を半ば奪い取るようにしてお母様から切り離し、上座の一人掛けソファへお座り頂く。
「ふぅ」と一息ついてわたしもソファに座ろうとしたら、今度は王太子のエドが一番の下座にいることに気付く。
慌てて変わろうとするけれども、エドは「いいんだよ」と言うように、わたしを制してそのまま隣に座らせた。
なかなか話に辿り着かないわね!
お茶も運び込まれてひと段落つくと、銀狼様が口火を切った。
「皆様落ち着いたようですね。まずは
「まあ! こんなに流暢に」と驚くお母様をお父様が制して、みんなで大人しく聞く姿勢になる。
さっきわたしに話してくれた内容を銀狼様が話す。お貴族様口調で!
自分は眠りについていただけで死んでいないこと。
お伽噺の『光の魔法が上手な狼』であること。
小屋を破壊し、姿をくらましたのが『呪の魔法が上手な蜘蛛』であり、神への怨みから魔獣と化したこと。
日蝕――
整然とお話しになった。
「そこで、
されました! 不安でしかありません!
―――シィ!
わたしと銀狼様で蜘蛛を退治するということに、お父様とエドが驚きの声を上げる。
「何をおっしゃいます銀狼様っ! 我が娘にそのようなことを……」
「――そうです! 魔物であれば、我が国の騎士団で対応しますから」
お母様に至っては、片手の親指と人差し指でクッキーの直径ほどの隙間を作って首をかしげる。
「蜘蛛って……退治するのに騎士団が必要なのですか?」
「…………」
お母様は裏手の小屋を見ていないようね……想像している大きさが全然違うしっ!
その仕草を見て、実際に小屋を見て目撃者の話も聞いているお父様は、そっとお母様を制す。
お母様はふんわりとした性格だけれど、裏腹に高い教養を持ち淑女の嗜みや文化芸術に造詣が深く、多くのご婦人方から慕われている。血なまぐさい話にはとんと近寄らないので、時々お父様やお兄様を唖然とさせることがあるのよね。
でも、そう言うお母様だからこそ、お父様が惚れたのだと思う……
ちょっと微妙な雰囲気になったけれど、お父様やエドが再び銀狼様に
しかし、銀狼様は――
「お気持ちはわかりますが、相手が相手ですからねぇ……」
―――いくら国の騎士だろうと騎士団だろうと、一筋縄じゃいかねえから言ってんだっつうの!
そして「おそらくですが」と断わりを入れた上で、小屋の件に触れる。
「小屋に滞在していた翁は、呪術を行使できたと聞きます。それは何らかの理由で、すでにあの蜘蛛の影響下にあったのだと考えられます。最悪、彼に寄生・潜伏して時期を待っていた可能性すらあります」
―――で、ジジイを丸呑みして飛び出していったってトコだろ。
「そんなっ!」
銀狼様の声を“最後まで”聞いてしまったわたしは、生まれて初めて戦慄した。
キアオラさん……
「それに、このオリヴィアは、あなた方が思う以上に――いいえ、想像もつかないくらい丈夫なのですよ?」
「じょっ、丈夫じゃないですよ!? 確かに病気はしたこと無いですし風邪すら引いたことはありませんけど、力持ちでもないし……気分も落ち込んだりする普通の子女ですよ!」
思わず反論してしまいました。
それには両親も同意する。
しかし、それに対して銀狼様が少しきつい口調になり、両親に問うた。
「オリヴィアが生まれたばかりの時、そう言えたか?」
そう言われた両親は何か思い出したらしく、ふたり顔を見合わせて口ごもってしまう。
わたしが生まれた時に、何かあったの?
「あんだろ? アンタらには、心当たりが」
完全にお貴族様口調をやめた銀狼様が、両親に語気を強めた。
「ど、どういうことですか? お父様! お母様? 銀狼様!」
わたしの問いに両親は顔を伏せて答えなかったけれど、銀狼様は答えてくれた。
「オリヴィア。アンタの中にはアタイの“半身”が入ってんだ。言わばアンタはアタイの片割れってトコだ」
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