その5

 ――――沈黙を破ったのは、


「……な、なによそれ……!」


 かすれたリセの声でした。


「なんなのよ、それ!

 あ、あたしが話したのは、花柄のエプロン着けたおばさんよ!」


「……オレが見たのは、水色のワンピース着た女の子だ」


 と続く、顔を引き攣らせたアキラさん。


 僕とシグレさんは顔を見合わせ、


「白いシャツにジーパンの、20代前半の男」

「髪の毛が、真っ白で――……、」

「ぎゃーっ! ぎゃーっ!」

「わぁーっ! わぁーっ!」


 僕の言葉は、二人の悲鳴で掻き消されました。


「わ、忘れることにするわ、あたし…!

 …うん! 何も見なかった!」

「てか、おまえら!」


 青い顔のアキラさんは、イヤな汗かきながら、僕たち2人をびしっと指差します。


「あれが『男』って、色んな意味で一番怖ぇーだろうがっ!」


 そう言われましても……。


 足早に家の中へと戻って行くリセとアキラさんの背中を見て、僕とシグレさんは顔を見合わせたのでした。


 その日の夕食。


『…………』


 ちゃぶ台に並んだモノを見て、僕とシグレさんは絶句しました。


「あの……」


 恐る恐るといった様子で、シグレさんが口を開きます。


「何ですか、これ……?」


 指差す先には、黒くて丸い、握り拳大の――……えーと……ホントに何ですか、コレ?


「ハンバーグです!」


 顔に笑みを張り付けて、アキラさんが断言しました。


「お嬢さんが手伝ってくれました!」


『!』


 ビシリと。


 音を立てて、空気が凍りつきました。


「そうか……はは……なるほど、リセが……」


 シグレさんの、渇いた笑い声が食卓に響きます。


 これは、下手なことは言えませんね……。


 この黒いボールに、色んな所の色んなプライドが、かかっているのでしょうから……。


 ……それにしても、先生。


 なぜこんな時に、まるで予知していたかのように、昼寝から起きて来ないのですか。


 リセ・エディションの、ハンバーグのインパクトが大きすぎて、僕らはその反対側に置かれていた小皿の中身に気付きませんでした。


 さらには、アキラさんとリセが、さっさとそれを食べてしまっていようとは。


「ふあぁ~あ……!」


 僕の背後でふすまが開いて、大きな欠伸とともに先生が起きてきました。


 目をショボショボさせながら、彼女が問います。


「……なんだね。それは?」

「ハンバーグです!」


 またもや無理矢理笑顔を作り、即答するアキラさん。


「いや、それは分かる」


 わ、


「分かるんですか!?」


「すげー……」


 僕とアキラさんの失言に、


「ちょっと!」


 リセが、犬歯を見せて怒ります。


 しまった……。


 それには構わず、先生。


「そっちじゃなくてな。

 ほら、その――……、」


 と指差す先には、小皿に入った、


「桃だろ」


 今度はアキラさんが、首を傾げました。


 これがどうかしたのか、といった表情です。


「桃ぉ? それがぁ?」


 今だかつてないくらい眉間にシワを寄せて、怪訝な顔をする先生。


 というか、桃ってまさか――……、


「それって、さっきもらったヤツですか?」


 僕が顔を引き攣らせれば、


「ああ!!」


 隣で、シグレさんが腰を浮かせました。


「リセもアキラさんも、食べちゃってるじゃないですか!」

「え゛。

 これって、さっきの桃なの!?」


 さすがに気持ち悪げな様子のリセ。


 一方アキラさんは、


「だいじょぶっスよ~。

 見た目も味も普通だったし。

 確かに種は無かっスけど、そんだけ。

 毒ってわけじゃないでしょう~」


 ……ああ、そうか。


 アキラさんの見た『シロ』さんは、若くて綺麗なお姉さんだったから……。


 あの、白髪怖い目のシロさんを見ていたら、また違った対応をしたでしょうに……。


 先生は、そんな僕らのやり取りを見て事情を悟ったのかどうなのか、無言で僕とシグレさんの間に座ります。


――ぼそりと。


「………食べるなよ」


 隣にだけ聞こえるような、本当に小さな声で言うので、


「!」


 僕はびっくりしてそちらを見ました。


 すると先生は、あの苦手な猫の目でじっと小皿の方を見つめていましたので、僕は慌ててコクコクと首を縦に振りました。

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