その7

「やあ!ヒカル!」


 ずいっと一歩近づいて来られて、僕は本能的に後退りました。


 シロさんは、三日月形の目の奥に赤い光を湛えて呟きます。


「……食べてくれなかったんだね。ボクの贈り物……」


 それってあの桃――……。


 僕が何かを答えるより早く、細い影が前を遮りました。


 先生!


 うってかわってシロさんは、朗らかな口調で話しかけます。


「やあ! 君とは『はじめまして』だよね?

 ――小さな魔女さん」

「あんたが何者かは知らんがな、」


 魔女呼ばわりされたことは、スルーして先生。


「我々と係わりたければ、我々のルールに従ってもらおう」

「るーる?」


 シロさんは、キョトンと首を傾げます。


「そうだ。

 例えば『最初はお友達から』!」


 ……え?


 ちょっと何ですか、そのズレまくってるルール……。

 僕とシグレさんが、半眼で見てるのも気にせずに、先生は自信たっぷり。

 手の中で、いつの間に拾ったのか、赤ん坊の頭ほどの大きさの石をもてあそびつつ。


 ……あれ? ……石?


「例えば『不審者は、問答無用で110番』!

 そして!

 ――『女・子供は大人の男相手に暴力振るっても、正当防衛とかで無罪』!」


 暴りょっ!?


 言うが早いか先生は、持ってた石を振りかぶって――……!


「うわあっ! 先生!」

「ちょっ、ユタカ! 待った待った!!」


 慌てて腰にしがみついた僕と、シロさんとの間に割って入ったシグレさんによって、先生の凶行は阻止されました。


「あははは! 面白いなあ、キミ達」


 狙われた当の本人は平然と笑っています。


「係わるっていうかさ、ちょっと頼まれ事をしてほしいんだよね」


 た、頼まれごと……?


 シロさんの言葉に、団子になっていた三人はぴたりと動きを止めました。


 僕らが隠そうともせずにイヤな顔をしているのに、シロさん気にせず続けます。


「だあ~いじょーぶ!

『そっち』のルールは知ってるよ。

 契約・対価・策略・謀略。あと、罠なんかも得意だよね、キミ達」

「――何が言いたい?」


 先生の射るような視線を、相手は三日月形の瞳で受け止めました。


「ボクはね、渡しただけ。

 その後どうするのか決めたのは、キミ達だ。

 で。食べてくれたみたいだよね」


 瞳の奥に、また赤い光がチラチラと見えて。


「――あの二人は、さ」


 それって……。


 僕が言葉の意味を理解するより早く、


 ダッ!


 先生が砂を蹴って駆け出しました。


 向かうのは今来た道。別荘へと通じる道です。


 二人……。

 ……リセと……アキラさんに……なにか……!


「ヒカル!」


 シグレさんに急かされて、僕ははっと我に返りました。


 追いかけなければ……!

 先生を……リセ……アキラさん……!


 走り出したシグレさんと僕の背中を、シロさんがじっと見つめていました。


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