その6

 僕と先生と、先生のお目付け役としてシグレさんの3人は、駅を越えて国立病院に向かいました。

 ちなみにミユリさんは、おウチのケーキ屋さんのお手伝いがあるそうで帰られました。


 僕は道すがら先生とシグレさんに、リセと例の『迷ひ家』の関係を話しておくことにしました。


 病院に着いたのは、ちょうど説明を終えた頃でした。


 白い壁が夕日で紅く染まっています。


 受付の人に見つからないようにこっそりと病室の場所を確認して、僕らはエレベーターに乗りました。


 ミユリさんの書いてくれたメモの番号の部屋には、確かにリセのフルネームが書いてありました。


 ノックしてドアノブに手を掛けます。

 僕は小さく深呼吸して、扉を開けました。


「はい……?」


 ドアを開くとそこに居たのは、疲れた顔をした年配の女の人でした。


 僕の母さんと同じくらいの歳に見えます。

 きっとリセのお母さんでしょう。


 そこは個室で、白い部屋に一つだけベッドが置いてありました。


 ベッドの中には小さな影が見えます。


 見慣れぬ僕らに、おばさんが訝しげな顔をしました。


「あの……」

「ああ、すみません。この子はヒカル。

 お宅のお嬢さんと同じ学校に通ってます。

 僕たちは付き添いです」


 言葉の出ない僕に代わって、シグレさんが説明してくれました。


「ああ……リセのお友達ですか……。

 来てくれてありがとう……」


 おばさんは無理に笑顔を作ってくれましたが、僕はその言葉に頭を殴られたみたいな衝撃を受けました。


 ――やっぱり、ここにいるのはリセなんですね。


 ゆっくりとベッドに近づきます。


 夢の中とは違い髪は下ろしたままです。

 ピンクのシュシュもありませんし、服は薄青い手術着のような物です。


 顔色が青いです。

 少し痩せているように見えます。


 でもどんなに違う所を探しても、目の前で呼吸器をつけて瞳を閉じている女の子は――――リセでした。


「良かったわねリセ。

 お友達が来てくれたわよ」


 眠ったままの彼女に、語りかけるおばさんに、


「あの……」


 シグレさんが声を掛けて、逡巡した後、そのまま言葉を途切れさせました。


 その沈黙を読み取ったのでしょう。


 おばさんが目を伏せて首を横に振りました。


「……脳波とか色々診てもらったんだけどね、どうして目が覚めないのか分からないの……。

 ……でも、きっと大丈夫よ!

 おばさんね、毎日お参りしてるの。

 商店街の外れの、ほら狛犬の代わりに狛ネズミがいる神社に!」


 ぴくり。


 先生の片眉が上がったのが、僕の目の端に映りました。


「そのおかげだと思うの。

 五日前にね、この子脈が急に弱くなった事があるの。

 おばさん枕許で必死にお願いしたわ。

『眠り続けたままでもいい。どんな形でも良いから、わたしからこの子を取り上げないで下さい』って。

 そうしたらね本当に持ち直したのよ……!」


 先生が不機嫌そうに眉根を寄せています。


 それに気づいたのでしょう、はっとした表情でシグレさんはおばさんにお礼を言うと、


「あまり長居しちゃ悪いだろ……!」


 僕らの背を押すようにして、慌ただしく病室を後にしました。



       ***



「どうしたんだよ?」


 急に不機嫌になってしまった先生の背中に、シグレさんが問いかけます。


 町は、藍の色にとっぷりと浸かっていました。


 シグレさんの問いには答えずに、先生は一人先頭をずんずん歩いて行きます。


 商店街に入っても、読書ネコの看板の前に来ても、止まる素振りはありません。


「おい!

 どこまで行く気だよっ?」


 シグレさんが再び問うて、先生は前を向いたまま硬い声で答えました。


「犯人の所だ」


 はんにん?


 何のことでしょう?


 シグレさんと顔を見合わせます。


 先生に付いてやって来たのは、商店街の南の突き当たり――――音津ねづ神社でした。

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