その11
「……あの~シロさん、」
畳の上で足を投げ出して、僕は縁側の向こうに立つ青年に声をかけました。
少し小さな声だったのは、まだシロさんに対する警戒心があるのと、隣の部屋でリセが寝ているからです。
「その……こんなこと、僕らじゃなくて、シロさんのお仲間とかに頼めないんですか……?」
――先生が出て行った後、僕は彼女の出した答えを辿ろうと、思考を巡らせていたのです。
なんといっても、先生と僕の持つ情報量に差は無い訳ですから、正しい道順を辿れば、同じ所へ行けるはずなのです。
まだ先生が出掛けた訳は分かりませんが、シロさんの『正体』については、何となく当たりが付きました。
ですからその答え合わせと、純粋な疑問とを含めたのが、先ほどの質問なのでした。
――彼はこちらを見ると、自嘲するように眉を下げました。
「……助けてなんかくれないよ、誰も」
シロさんは、再び顔を庭の方へ向けました。
夕日に、眩しそうに目を細めます。
オレンジの光りが、きらきらと髪を輝かせました。
「『カラス』って言うくらいだからさ、こんな髪と目の色のヤツ、他にいないんだよね。
……やっぱり、祖母ちゃんのせいなのかな?」
……どうやら、僕の答えは正しかったようです。
ついでに今ので、シロさんとマユさんのお嬢さんとの関係性まで当たりが付いてしまいました。
ですが、知ってしまった以上、ますます放って置けません!
何故なら、僕もシロさんと同じ立場に立ったら、同じ様になりふり構わないでしょうから!
「シロさん、絶対にマユさんの娘さんを連れ戻しますよ!」
すっくと立ち上がって宣言すれば、僕の急な気合いの入り方に、シロさんは目をぱちくりしました。
かと思ったら、
「――#妙__たえ__#、だよ」
目を細め、言います。
「え?」
「た・え。
いつまでも『マユさんの娘さん』じゃね」
その時、前の道から車のエンジン音が聞こえて来ました。
どうやら、先生達が帰って来たようです。
***
「――ゴールはここ。
ヒカルには、この小川までタエを導いてほしい」
カレンダーの裏、マジックで手書きされた地図を指差して、シロさんが言います。
相変わらず彼は家の中に入って来ないので、縁側でのミーティングです。
「小川? そこまでで良いんですか?」
まあ、暗闇の中、山の頂上まで行けと言われるよりは良いのですが。
「というか、小川なんかあったか?」
首を傾げるシグレさんに、シロさんは頷いて、
「跨いで渡れるくらいの小さい川だけどね。
ボクらの里の近くから涌いて、人間に汚されずにここまで流れてる数少ない水なんだ。
この川なら、あのヒトの帰り道の代わりになるよ」
「『代わり』?」
「元々の道は、失くなってしまったからね」
そう言うとシロさんは、地図の一点を、怒りを込めて親指でぐりぐりしました。
そこは、先程先生が出掛けていた、あの建設途中のホテルでした。
「不格好な壁で風の流れは遮るし、無理矢理川を曲げて、水の流れはおかしくするし」
水の流れ――……それって、温泉を引いたことでしょうか?
「ここまでは一本道だが――……、」
先生の白い指が、地図の道をなぞりました。
「ここで、道を外れるんだな。
アキラ、お前は分岐点で待機しろ。
シグレは、私と一緒に別の仕事だ」
「別の仕事?」
眉を寄せるシグレさん。
「……時間が無いよ。
月が出てる間に、往復した方が良い」
シロさんに急かされて先生は頷き、
「ヒカル君は、シロとアキラと先に出ろ」
「は、はいっ!」
「シグレ、行くぞ」
訝しがるシグレさんと共に立ち上がる先生と別れて、僕たちは暗い山道に向かいました。
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